第4話 初バトル VSソウルイーター

 悲鳴は続いていた。


 玄関をあけひろげて、外の様子を確かめると、悲鳴は村の中心地から上がっているらしいのがわかった。


 走りながら、女神が言った。


「初バトルになるかもしれないから、心の準備をしておいて」


 俺の鼓動が高鳴った。


 それが、武者震いなのか、おびえなのか、そのときにはわからなかった。


 走っていると、村の中心の広場に出た。


 ──血まみれ……


 石畳が、血を吸っていた。


 頭部のない人間が横たわっていた。


 そばで、腰を抜かした女の村人がいた。


「ヒィィィ」


 怯えに憑りつかれたまなざしで、この惨事を引き起こした犯人を見上げていた。


 犯と表現していいものかと、俺は戸惑った。


 手足が二本ずつあって、二足歩行で、人間が着る服を着ている。ただし、頭部が人間の形じゃなかった。


 ──食虫植物ハエトリグサ


 それに似てると俺は思った。


 虫をパクリと挟んで捕食する肉食植物だ。 


 人間の胴体に、ちょうどそれと似た物がのっかって、おいしそうにモグモグやっている。 


「ついに、開花しちゃったみたいね」 


 女神が、血まみれの光景を、顔色ひとつ変えずに見ながら言った。


 猟奇的な女神様だ。


「はい。どうぞ」 


 女神は懐から短剣を取り出して俺に差し出した。


 ちょっと待て、こんな小さな得物で、あの人食い獣を殺れってのか。戦闘のチュートリアルもなしに。


 動揺する俺の目を見た女神が、こともなげに言った。


「大丈夫。素早さがカンスト状態のあなたが負ける相手じゃないわ。とりあえず、準備運動だと思って、気軽にやってみて」


 首無し死体を前に「気軽に」と口にできる女神が、もしかしたら対戦相手よりも怖い存在かもしれなかった。


 だが、今は、それどころではなかった。


 ──やるしか……ない。  


 肚をくくった瞬間だった。


 目の前に、突如ウインドウが現れた。


 メッセージが表示された。


〈ソウルイーターが現れた〉


 すると、突然、俺の視界に異変が起きた。


 すべてがスローモーションに見え始めた。 


 女神がゆっくりまばたきをして、髪が、ありえないほどふんわりと風になびいている。


 スーパースローカメラ映像の世界だ。


 その光景を、俺は肉眼で見ている。


 ──そういうことか。


 女神はさっき、あなたは素早さがカンストしていると言った。それの意味はこれだ。


 俺は普通に動ける。そして、周囲はスローになっている。


 つまり、周囲に対して相対的に早く動いていることになる。


 これが素早さがカンストした奴の視覚世界なのかと、俺は少し感動した。


 俺は、化け物の方向に体を向け、短剣を握りしめて一度だけ素振りしてみた。


 すると、驚くべきことが起きた。


 ソウルイーターの体が、突然真っ二つに切り裂かれた。


 ──何が起きた!


 あっけに取られていると、またウインドウが現れて、


〈戦闘に勝利しました〉 


 と伝えてきた。


 スローモーションが解除された。


 俺が茫然としていると、女神が微笑みながら、ほめてくれた。


「みごとなエアスラッシュでしたね」


 待て。俺はそんなスキルを発動した覚えは……。いや、もしかして、


「もしかして、今のは風圧で切り裂いたのか?」


「その通りです」


 超高速状態でやった素振りが、衝撃波を放って、それがモンスターを切り裂いたようだ。


 俺は、この恐るべき能力に、少し恐怖した。


 一歩間違っていれば、女神や村人を切り裂いていたかもしれない。


「こういうことは、先に言っておかないと、あぶないだろ」


 女神に苦言を言わずにいられなかった。


 しかし女神は、微笑むだけで、悪びれる様子はなかった。


 俺は、女神がだんだんと怖くなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る