第3話 毒の花

 女神と一緒に、ある家を尋ねた。


 ノックをすると、若夫婦が出てきた。


 二人ともこわばった表情をしていた。


 困りごとを抱えているのがあきらかだった。


 女神が夫婦に言った。


「毒を制する毒をお持ちしました」


 すると、夫婦の表情がいくぶんか緩んだ。


「中へどうぞ」


 夫が、女神と俺を中に招き入れた。


 通されたリビングには、ベビーベッドがあった。


 部屋の中は、赤ん坊の優しい香りに包まれていた。


 母親がお茶を入れて、俺たちにふるまってくれた。


 夫が、本題を話し始めた。


「もともとこの地域は、土地が肥えていて、おいしい穀物がたくさんとれる場所だったんです。ところが、今はご覧の通り、荒れ放題」


 夫が窓の外を手でさした。


 窓の外を見ると、荒れた畑が広がっているのが見えた。


 畑は、使い続けなければ死んでしまう。


 一度荒れると、元に戻すにはかなりの労力と費用がいる。簡単ではない。


「どうして村人は畑を捨てたんです?」 


 俺が訊ねると、夫が答えた。


「時代が変わったからでしょう。今は、となり街のライプドルフにいけば、安価でおいしい食べ物が簡単に手に入ります。野良仕事などの重労働をせずとも、街に出てちょっと働けば、それなりの給金をもらえて、それで十分生計が成り立つようになったのです」


「なるほど」


 楽に流れる人間のさがは、異世界ここも同じらしい。


 都会の仕事は、野良仕事と違って、きっと楽で綺麗なんだろう。


「それで、そのことと寄生植物となんの関係が?」 


「おそらく、寄生の原因はライプドルフにあります」


「どうして、そう思うんです?」 


「今、この村は、二つの派に分かれているんです。ライプドルフに行き来するグループと、ライプドルフには一切行かないグループと。私たちは後者です」


 夫は、見てくださいと言って、自らの後頭部を見せた。


 ソウルイーターの芽は出ていなかった。ただ、寄生された跡らしき爪痕があった。そこだけ皮膚が瘡蓋かさぶたのように分厚くなっていた。 


「私も最初は、ライプドルフに通っていました。ところがあるとき、私の後頭部に異変があることに、妻が気づいてくれたんです。妻は非常に敏感な人で、以前からライプドルフにはいかない方がいいと私を説得していました。愚かな私は妻のありがたい忠告を無視して、都通いを続けていました。だけど、後頭部の異変に気付き、怖くなってライプドルフに通うのを辞めました。すると、日に日に後頭部の異常は治まりました。そういうことがあって、今は私もライプドルフに行かない派に落ち着いているんです」


 妻が話のバトンを引きついだ。


「ライプドルフに入り浸っている村人のほとんどが、後頭部に変な芽をつけて歩いています。今にも花を咲かせそうなほどに芽が膨らんでいる村人もいます」


 ──花が咲く。


 この言葉に、俺は嫌な予感がした。


 咲けば、何か起きる気がする。よくない何かが。


 妻が続けた。


「私たちは、隣街に通わずに、この村で畑を耕して、それで生計を立てています」


 妻の格好は、年頃にしては、あまりおしゃれではなかった。


 それに比べて、さっき外で見た中年の女は、ずいぶんと綺麗な格好をしていた。

 

 綺麗な格好をした女の後頭部にはソウルイーターの芽が出ていた。


 と、その時だった。


 屋外に、人間の悲鳴が聞こえた。


 死のとりついた、おぞましい悲鳴だった。


 俺と女神は、一目散、玄関に向かって駆け出した。

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