第4話「過去が蘇る顔合わせ」
「…時雨…先輩…」
「…っ…結ちゃん…!?」
神様はどうして、こんな偶然を用意したりするんだろう。
出来ればあたしは、時雨先輩にだけは会いたくなかった。
「え…何なに?お二人さんまさかのお知り合いですか?」
目の前の時雨先輩に思わず驚いていたら、そのうちにそんなあたし達を目の前にした梶さんが興味津々でそう聞いてくる。
その梶さんの言葉が入ってきても、そのまま通り抜けちゃうくらいにあたしは動揺していて何も言えない。
…昔大好きで仕方なかった時雨先輩。
あの頃の制服やユニフォーム姿ではなく、スーツ姿の大人になった時雨先輩。
あの頃と特に見た目は変わらないけど、少し身長は伸びた気がする。
癖のないサラサラな黒髪に、大きな瞳。
前髪から覗かせるその目と真っ直ぐに合ってしまった瞬間、あたしは思わず慌てて目を逸らした。
…ヤバイ。何で?え、これ現実?何で今、再会なんてしちゃうの…。
するとあたしがそんなことを思っている間に、梶さんの隣にいる時雨先輩が言った。
「あ、ああ、高校の時の後輩なんです、結ちゃん」
「ええ!?そうなんですか!いや、凄い偶然!っていうか運命的ですね!」
知り合いなら話が早いわ、と梶さんはそう言って喜ぶけれど、一方のあたしは気の利いた言葉が一切でてこない。
…え、いつもあたし、梶さんとどうやって話をしていたっけ…。
「え、じゃあ同じ部活だったんですか?」
「いえ、部活は…俺バスケ部なんで」
「うん?でもさっき…あ、もしかしてお付き合いしてたとか!」
「!」
そして、時雨先輩の言葉に、勘の鋭い梶さんがそう言ってあたしと時雨先輩を交互に見る。
その言葉に、時雨先輩がちら、とあたしの方に目を遣る。
だけどあたしは今更これ以上目を合わせられないから、時雨先輩がどんな顔をしているかわからない。
だけどそのうちに、時雨先輩が…
「…まぁ、ちょっとだけ、そういう時期もありました」
なんて言うから、あたしは思わずスカートの裾をぎゅっと掴んで、下を向く。
どうして…どうして…。
「えっ、やっぱり!何かこう、そういう感じしました!2人の反応を横で見た時に」
「ああ、気づいちゃいました?」
「なんだ~だったら別にあたしの手助けなんてほとんど要らない感じですね」
…時雨先輩。
あなたはもう今更平気なのかもしれないですけど、あたしは未だにバラしたくないです。
あなたとの過去を、周りには知られたくないです。
だって、だって知られちゃったら…
「…っ」
いきなり時雨先輩を前にして、6年ほど前から塞ぎ込んでいた過去が、荒波のように一気に押し寄せてくる。
先輩は未だに知らない。あたしが突然「別れたい」なんて言った本当の理由を。
あの日起こった30分間の悪夢のような出来事を。
…だけど、あたしがそんなことを考えていると…
「七華さん?」
「!」
「どうか、されましたか?」
不意に目の前の時雨先輩に声をかけられ、あたしはやっと顔を上げる。
だけど顔色が悪かったらしく、あたしの顔を見るなり先輩が言った。
「…あれ、もしかして体調悪いですか?顔色良くないですよ」
「!」
…そう言って、心配そうな顔をしてあたしを見る。
優しくなんてしないでほしい。もう放っておいてほしい。
じゃなきゃ、あの頃のこと全部、今ここで思い出しちゃうじゃない。
「っ…大丈夫です。それより、すみません。別の仕事があるので、そろそろいいですか」
「あっ。すみません。そうですよね、突然お邪魔してしまって」
「…」
あたしの言葉に、梶さんがそう言って謝ってくれる。
だけど、そんなことはない。このあとの仕事なんて別に詰まってない。
そして「また連絡します」と言って、あたしはその場を離れようとする。
が、しかし次の瞬間、そんなあたしを時雨先輩が不意に引き留めた。
「あ、待って下さい!」
「!」
「ラインだけ、交換させて下さい。あれから何年も経ってるし、もう連絡出来ないようになってて」
「…っ、」
その言葉に、無視をするわけにもいかずあたしはピタリと立ち止まる。
少し考えて、クルリと振り向く。
…ここは会社だ。理由を言わず下手に断るわけにもいかない。
あたしはスマホを取り出すと、自分のQRコードを呼び出した。
「…はい。これ読み取って下さい」
「ん、ありがとうございます」
あたしの言葉に、目の前の時雨先輩がサクッとそれを読み取る。
…せっかくブロックしてたのにな。
そう思いながらやがて2人から離れると、あたしは自分の席に戻った。
しかし、戻った時だった。
「…!」
その時、不意にあたしのスマホが短い音を立てる。
その音に再びスマホを見ると、早速きた時雨先輩からのラインの通知だった。
『時雨です。
今日仕事終わるの何時?
話がしたいので1階のロビーで待ってます』
「……」
あまりの唐突なメッセージに、あたしは独りその場で硬直してしまう。
いや……嘘でしょ…?
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