第3話「過去の恋は淡く儚い」



大好きで仕方なかった先輩に、「大好き」と言われたあの日。

あの日から約半年間、あたしの青春は続いていた。


「ごめんね、いつも待たせて」

「いえ、全然平気です!」


高校当時、あたしには大好きな「彼氏」がいた。

あたしが人生で一番最初に付き合った彼氏で、名前は「時雨直矢しぐれなおや」という。


時雨先輩は、校内で最も女子生徒に人気のあった男子生徒。

あたしだけじゃなく、彼に告白する女の子は常にわんさかいて、噂によるとファンクラブなんてものすら存在していたらしい。

いや、それどころか彼には同性の友達も多く、同じバスケ部の後輩君たちにも慕われていて、まさにあたしにとって彼は雲の上のような存在だった。


でも最初は、あたしはそんな時雨先輩を友達の付き合いで見ていただけで、あたし自身、当時は初恋すらまだだった。

それでも離れた場所から先輩の活躍を目にする度、

勝った時の嬉しそうな笑顔を見る度、

同じ部員の仲間とじゃれ合う姿を目にする度、

あたしは気が付けば自分でも驚くくらいに惹かれていた。

だから、時雨先輩にまさかの告白をされたあの日、あたしは夢を見ているんじゃないかというくらいに嬉しかった。


「あ、待って。結ちゃん寒そう」

「!」

「…はい。これで寒くないでしょ?」


そんな彼が、当時はあたしだけを見てくれて、そう言って自身の上着をあたしの肩にかけてくれる。

それだけではなく、デートでいつも行きたいところを聞いてくれたりとか、当たり前のように家まで送ってくれたりとか、あたしのちょっとした用事に付き合ってくれたりとか、あたしは当時そんな彼を独占していた。

とにかく大好きだった。

結局キスすらしなかった幼い恋愛だったけど、大好きだからあたしはいつも時雨先輩の前だと上手く笑えなくて、嫌われたくなくて、先輩と釣り合うように見た目ばかり気にしてた。


…もし、さえなければ、あたし達は今でも一緒にいたんだろうか。


「結ちゃん、お揃いでこのキャップ買わない?」

「あ、待ってそれ俺が払う」

「一緒に夏祭り行こうよ」

「でも、良かったよ。怖がる結ちゃん」

「結ちゃん!ちょっとそこで待ってて!」


あの頃のことを「忘れないように」って思わなくても、「忘れたい」って思っても、あたしの中にはまだ当時の時雨先輩がいる。

あたしの中で「あの時もっとこうしていたら」っていう後悔が、未だに消えない。

だって、時雨先輩と一緒にいたあの半年間は、あたしにとってとても幸せな期間で全部が宝物だったから。


…だから、覚えてるよ。

あの日泣きながら先輩に送ったラインを、今も全部。


『先輩と別れたいです』

『ごめんなさい。本当は最初から好きじゃありませんでした』


そう言って別れた日のことは、まるで昨日のことのように全部覚えてる。

先輩にそんな言葉を送って、だけど結局先輩からの返事は見れずに、そのままあたしはほんの数日後に先輩のアカウントをブロックした。

そして学校に行くと先輩に会ってしまうから、とあたしはそのまま学校には行けずに不登校になった。


だから、あたしは知らない。

先輩があたしと別れてから、どういう学校生活を送っていたのか、

誰と付き合ってどういう恋をしたのか、

最後のバスケ部の試合はどういう結果だったのか、

どういう卒業式をしたのか、全部、何も知らない。


…でも時雨先輩は、別れてからも何度もあたしの家に足を運んでいた。

だけど両親もだいたい仕事でいないから、あたしはずっと居留守を使って、先輩と会うのは拒否していた。

あれから今年で6年も経とうとしているけど、今でも大泣きできちゃうくらいに、淡く儚い恋だったな…。


…しかし、そう思ってお昼休憩から仕事に戻った時だった。


「七華さん、梶さんがお見えです」

「ああ、はい」


同じ部署の同僚にそう声をかけられ、予定していた「挨拶」の時間がやってくる。

ついでに自分のデスクにある鏡で、軽く自分の見た目をチェックした。

そして服のポケットに名刺を用意して、その場に向かうと…


「あ、七華さんこんにちは。お世話になってます」

「!」


部署内の、パーテーションで囲まれた一角の打ち合わせスペース。

そこには、見慣れた梶さんと、もう一人…目を疑うような信じられない人物が立っていた。

あたしはその“彼”と目が合った瞬間、思わずその名前を口にした。


「…時雨…先輩…?」

「…っ…結ちゃん…!?」


…神様は、どうしてこういう再会を用意したりするんだろう。

梶さんと一緒にそこに居たのは、6年前に別れた「時雨先輩」だった…。






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