第2話「今の彼氏が構ってくれない」


******


「ごめん。今日のデート駄目になった」

「えぇっ!?」


会議が終わった良くんを出待ちしていたら、彼は会議室から出てくるなり小声であたしにそう言った。

あたしが持っていた彼への用はそんなことじゃなかったはずが、思わぬ展開にあたしの声は大きくなる。


「だ、ダメってどういうことですか!あたし、りょっ…石里さんに何かしましたか!?」

「ちょ、まじ、落ち着いてくんない」


彼…石里良いしざとりょうくんはあたしの反応にそう言うと、周りを気にしながらとりあえずあたしを会議室の前から数メートルほど移動させて宥める。

…今日の夜は、付き合って2年ほど経つ良くんとの約1ヶ月ぶりのデートが待っているはずだった。

高級ホテルでディナー。

なかなか予約がとれないお店で、他の予定をドタキャンされてもこの今日という日を信じて待っていたのに。


「…あ。わかった浮気だもうそれしかない最悪」

「や、違うって。今夜は大事な取引先との食事が、」

「っ、ホテルのディナーよりも大事な食事なわけ!?」

「声が大きいよっ」


あたしが思わず声を上げてそう言うと、それに慌てた良くんに手で口を塞がれる。


「…あっ。っつか結なんで会議室の前にいたの」

「…狭野商事の金本課長から電話があって、お急ぎのようだったので」

「金本さん!?うわ、やべ!」


あたしがそう言うと、「お前それを早く言えよ!」と言われたけれど、毎回毎回デートを仕事でドタキャンするような誰かさんには言われたくない。

良くんにすぐ逃げられたから、あたしは悔しくて良くんの背後で中指を立ててやった。

彼女を大事にしない彼氏は今すぐ不幸になればいいのに。


良くんとは、あたしがこの会社に高卒で入社してきたのをきっかけに付き合い始めた。

良くんはあたしより3つ年上で、当時はあたしの教育係。

当時は良くんとあたしは仕事中はずっと一緒にいて、たまに2人きりで残業もして、その帰りに何度か食事にも連れて行って貰ううちにお互いの距離がぐっと縮まった。

仕事で失敗したり不安がある度に良くんはあたしの悩みを夜中でも普通に聞いてくれたり、成長したら褒めてくれたり、励ましてくれたり…そんな優しい良くんにあたしは当時周りにいる人たちの中で一番心を許していた。


付き合いだしたのは、良くんがあたしの教育係から離れた時。

もう既に良くんの支えが無くても仕事をこなせるようになっていたあたしは、自分の力を上司に期待され、良くんは他の部署に異動してしまうことになった。

…がその時に良くんに改めて2人きりで食事に誘われ、その際に初めて良くんのあたしへの気持を知り、見事付き合い始めてから2年後の今に至る。


最初は彼もマメで優しかった。

元々良くんがあたしのことを好きでいてくれて付き合いだしたから、最初の数か月くらいは愛されてるのが目に見えるくらいだった。

特に何をするでもなくただただ明け方まで一緒にいたり、

会えない日でもどっちかが寝るまで電話を繋げていたり、

あたしがちょっと不安を口にすると友達と一緒にいたはずの良くんがすぐに会いにきてくれたり…。


…だけど最近の良くんは、何だか変わってしまった。

元々良くんはあまり恋愛豊富な方ではなく、前に彼女は居たらしいが相手の浮気が発覚したとかで約2カ月足らずですぐに別れてしまったらしい。

それは別にいいけれど、それにしたって最近の良くんは、彼女のあたしに対して扱いが雑な気がする。

あたしは別に浮気してないし、付き合いだしてからずっと良くん一筋で想ってきたつもりだけど、何せ最近の彼は彼女より仕事の方が大事らしい。

良くんは仕事が出来る人だから、最近は特に上司に期待をされているのかもしれない。

…それはわかってるし、あたしも多少は我慢してきた。

でもさ、もう少しあたしのことを見てくれてもよくない?なんて。


あたしは会議室を後にすると、仕方なく自分の部署に戻って、いつもの席に着く。

すると隣から1つ年下の後輩に声をかけられて、付箋のメモを渡された。


「七華さん、梶さんから電話ありました。折り返しお願いします」

「ああ、ハイ。どうも」


そう言われて受け取ったメモに書かれてある電話するべき相手は、我社と一番深い繋がりがある大手の取引先だ。

何でも社長同士が古くからの友人だとかで、梶さんとはあたしが仲良くさせてもらっている取引先の女性社員。

きっと、夏前に開催される都内でのイベント出店の話だろう。

そう思って折り返し電話をかけたら、その用事の内容は思っていたのと全く違った。


「…え、今からですか?」

「そうなんです。いきなりで申し訳ないんですけど、実は私、来月で他の部署に異動になったんですよ。それで代わりにまた別の部署から異動してくる社員がいて、今引継ぎ中で、挨拶するのはどうしても今日しか都合がつかなくて」

「あ、あの、それじゃあ5月のあのイベント出店の話は、あのっ…」

「ああ、それは大丈夫です。その新しく異動してくる社員に任せてありますから!」


梶さんはそう言うけれど、正直今まではこういうイベント事とかがあると、毎回梶さんと勤務中も近くのカフェで打ち合わせしたり、何なら休日出勤も在宅勤務としてお互いの家に行き来したりして自由で楽しかったんだけどな。


……だけどあたしはこの後、自分にとって最も辛く切ない「再会」が待っているとも知らずに、その後は一言二言話して電話を切ったのだった…。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る