第6話  闇の中の光

 栃木県ひまわり町の中学校、ひまわり第二中学校(通称「ひまわり二中」)では、ある中学2年生、山県亮太(やまがた りょうた)が心の中で孤独を深めていた。山県はおとなしく、勉強が得意な一方で、同級生たちとのコミュニケーションがうまくいかず、クラスではいつも一人ぼっちだった。


 彼がイジメのターゲットになったのは、特別に目立つわけでもなく、むしろ周りに気を使っていたからだ。彼の静かな性格は、無意識のうちにクラスの中で浮いてしまっていた。そして、他の生徒たちはそんな彼を容赦なくいじめるようになった。


「おい、山県、お前何見てんだよ」


 ある昼休み、山県は一人で図書室に向かって歩いている途中、数人のクラスメートに呼び止められた。彼らはいつも通り、山県の体を押し倒し、無理やり笑いながらからかうのだ。


「勉強ばかりして、リアルの世界じゃ全然ダメだな、お前」


 山県は無言で耐えた。もう何度もこのような言葉を受けてきたから、反応することさえしなかった。ただ、心の中で叫び続けていた。


「どうしてこんな目に遭うんだろう。僕が悪いのかな?でも、何もしていないのに…」


 その日も山県は、帰り道を一人で歩きながら、自分の無力さに打ちひしがれていた。イジメが終わることはなく、むしろそれが日常になりつつあった。


 ある日、学校の放課後、山県は街でふと「ひまわり座」の看板を見かけた。劇団の名前を知っていたのは、かつて学校で演劇部が公演を開いていた時、その舞台裏で知ったからだ。彼の目には、ひまわり座という名前が何か特別な意味を持っているように感じられた。


 山県はそのまま劇団の練習場に足を運び、思い切ってドアをノックした。


「失礼します…」


 中から出てきたのは、真琴の目を引くほどに元気そうな女性スタッフだった。彼女は少し驚いたように山県を見つめたが、すぐに優しく微笑んだ。


「こんにちは、何かお困りのことですか?」


 山県は少し躊躇ったが、すぐに言葉を続けた。


「僕、演技とか興味があって…。でも、僕みたいな人間が、ここに入っても大丈夫ですか?」


 真琴の劇団は、どんな人でも受け入れる場所であることが、スタッフにもよく伝えられていた。スタッフはにっこり笑い、手を差し伸べた。


「もちろんです。みんなで支え合ってやっている場所ですから、あなたも気軽に参加してみてください」


 その日から、山県はひまわり座に通うようになった。最初は戸惑いながらも、劇団の仲間たちと共に過ごすうちに、次第に心の中の暗闇が少しずつ晴れていくのを感じた。


 劇団に通う日々が続くうちに、山県は以前のような孤独感を感じることは少なくなった。舞台での練習や役作りを通じて、彼は少しずつ自分の内面と向き合い、成長を実感していた。


 ある日、劇団の公演が近づき、メンバーたちが役決めの話をしていると、真琴が突然言った。


「山県くん、少しあなたに役をお願いしたいんだけど…」


 山県は驚いた表情を浮かべた。自分が舞台に立つことができるなんて考えてもいなかったからだ。


「僕なんかで…大丈夫でしょうか?」


 真琴は優しく微笑みながら答えた。


「もちろんです。あなたが持っている感情や力を、舞台で表現することができるはず。みんなでサポートするから、大丈夫」


 その言葉に背中を押され、山県はついに役を引き受ける決心をした。


 舞台の練習が始まると、山県は初めて「自分らしさ」を表現することができる喜びを感じていた。演技を通じて、彼は周囲とのつながりを感じ、少しずつ自信を取り戻していった。


 しかし、彼の背後には依然として、学校でのいじめという厳しい現実があった。クラスメートたちは相変わらず山県をからかい、陰口を叩いていた。だが、山県はもう以前のように自分を卑下することはなくなっていた。


 ある日、イジメのリーダー格である佐藤が山県に近づき、言った。


「お前、何か変わったな。そんなに劇団が大事なのか?」


 山県は冷静に答えた。


「はい、大事です。自分を変えるチャンスをくれた場所だから」


 佐藤は不敵に笑ったが、その言葉には反応しなかった。山県は無理に何も言わず、ただその場を去った。


 そして、ひまわり座の公演の日がやって来た。山県は、初めて舞台に立つことに緊張しながらも、深呼吸して立ち上がった。幕が上がり、彼は初めて観客の前で演技をし、心の中に渦巻いていた不安や恐怖を乗り越えた。


 その瞬間、山県は初めて自分を解放することができた。舞台上で役を演じることで、彼はイジメの記憶を一時的に忘れ、自分の存在を感じることができた。観客の拍手が彼の胸に響き、涙が溢れそうになった。


 公演が終わった後、劇団員たちは温かく彼を迎え入れた。真琴も笑顔で言った。


「よくやった、山県くん。あなたの演技は本当に素晴らしかった」


 その言葉に、山県は初めて心から笑顔を見せた。


 山県はその後も劇団での活動を続け、イジメが続く学校では、少しずつ周囲との関係を築くようになった。彼は、ひまわり座という場所で新しい自分を見つけ、少しずつ暗い過去から解放されていった。


 そして、劇団の仲間たちと共に、新たな希望を胸に歩み続けた。山県の中で、演技の力がどんどん大きくなっていった。


 彼の心の中で、ひまわり座の明るい光が、今後も彼を照らし続けるのだった。




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