悪役令嬢DEATH×DEBUG

こふる/すずきこふる

悪役令嬢DEATH×DEBUG




 夕暮れ色が差し込む階段教室に二人の男女がいた。一人は金髪碧眼の少女。まだあどけなさが残る顔立ちでありながら吊り上がった瞳は凛々しさを感じさせる。癖の強い髪は腰まで伸び、黒いレースのリボンが、彼女の強かな印象を付けた。彼女を一目見れば、誰もがプライドの高そうなお嬢様だと思うだろう。しかし、彼女の勝気な瞳はどんよりと曇っていた。

「もうだめよ、私達……」

 落ち着いた響きのある声で、少女は目の前にいる少年に告げる。

「センヤの気持ちに応えられる自信がないの……もう終わりにしましょう」

 見上げると彼は少女よりも頭が一つ高く、彫りの浅い顔立ちは幼く見える。象牙色の肌に黒曜石の瞳、黒いえり詰めの学生服は古風で、目の前にいる少女とは何もかもが対照的だった。

 センヤと呼ばれた少年は痛ましい顔を浮かべたあと、少女の背後にある壁に両手をついた。

 瞠目する少女を見下ろし、センヤは口を開いた。

「星海……つべこべ言わず、さっさとログの回収に戻るんだよっ!」

「いやっ! お色気ボイスや断末魔のSEサウンドエフェクトに追いかけられるのは、もういや!」

 半泣きになりながら少女、星海ミコトは両手で顔を覆うのだった。

 センヤは壁から手を放し、ため息を漏らす。

「仕方ねぇだろ、ゲームを完成させなきゃ現実に帰れねぇんだから……」

 世では、人間の脳波を利用し、精神そのものを電子世界へ飛ばし、五感で体感して遊ぶVRゲームが流行している。昨今ではそれを個人で作れる時代だった。

 ゲーム作成ツールをインストールし、完成したゲームは、運営会社のサーバーを間借りして公開することができる。

 型落ちしたゲームシステムを一般ユーザー向けに公開したもので、素人でも手軽に作れることから、一部のユーザーから人気を博した。

 ミコトがそのゲームツールに手を出したのは、中学生の頃だった。動画投稿サイトのゲーム実況を見て、自分でも作って見たくなったのだ。ちょうど授業でプログラミングを習ったのと、無料でインストールができるというのが決め手となった。

 しかし、所詮、授業で聞きかじった程度の知識では使いこなすことが出来ず、高校受験も重なったこともあって作業を中断してしまった。

 ゲームの存在を忘れ、大学生になって初めての夏休み。一通のメールがミコトの下に届いた。

 それは作成ツールの公開している運営会社からもの。バージョンアップに先駆け、ベータ版のテストユーザーを募集しているという内容だった。長い夏休みをどう過ごすか悩んでいたミコトにとって良い暇つぶしになると考えた。

 そして、ベータ版公開初日。悪夢は起きた。

『クリエイターの皆さ~んっ! ゲーム作りの進捗はいかがですか~?』

 ミコトとセンヤの前に半透明の電子パネルが浮かび上がる。そこに映るのは古風なセーラー服に身を包む少女だった。

 ゆるく波打つ黒髪、垂れ下がった眦には涙ほくろが一つあり、庇護力を掻き立てる。まるで王道学園もののヒロインのような少女は人間ではない。自分達を電子世界に閉じ込める元凶だった。

『こう見えて私はサポート型AIですので、皆さんの進捗具合を確認する偉い子なのです。えっへん』

 パネル越しに胸を張る少女に、センヤはげんなりした顔で毒づいた。

「何が偉い子だよ……オレ達を訳の分からない理由で閉じ込めたくせに……」

 つい数時間前、ログインしたクリエイター達は、自称超高性能AI、コドクによってこの世界に閉じ込められてしまった。

 彼女はクリエイターに作られたAIだったが、そのゲームは完成されず放置されてしまった。ゲームプログラムから抜け出した彼女は電子の海を彷徨っているうちに自分と同じ境遇のゲームが多く存在することを知り、クリエイターに怒りを覚えた。そしてハッキングを駆使してクリエイター達をこの世界に呼び寄せたのだ。

 ──自分達が作ったゲームはご自身でちゃ~んと完成させてくださいね。完成するまで現実に帰ることはできませんので、そのつもりで。

 そう言ってクリエイター達に作りかけのゲームデータを渡し、自身のアバターはそのゲームの主人公の姿となった。

 こうして唐突にゲーム作りが始まり、クリエイター達はエリア内を自由に動き回る素材を捕まえる為に奔走することになる。

 そして、断末魔とお色気ボイスに追いかけられていたミコトはセンヤと出会った。

『素材探しなら一人より二人の方が効率的だ。オレは『屑籠行灯』のセンヤだ』

『私は星海ミコト。サークル名はないわ、よろしく』

 効率目的でも一人と二人では心持ちが違う。怖がりのミコトにとってセンヤは心強い存在だった。

『どうやら皆さん素材集めに必死みたいですね~。素材がたくさんあれば面白いゲームができますから期待していますよ~! それではばいば~いっ!』

 電子パネルが消え、二人は同時にため息を漏らす。

「まだ素材が足りてないんだ、さっさと集めるぞ。これじゃあ完成なんて夢のまた夢だ」

「くっ、私がもっとちゃんと作っていれば!」

 当時のミコトが作ったのは、この階段教室だけ。椅子やドア、影を動かすプログラミングを入れるだけで音を上げた。

(そういえば、なんで作るのを止めたんだっけ? 高校受験以上に理由があったような……)

「ほら、行くぞ。ゲート学校№012オープン」

 電子パネルを操作していたセンヤがそう告げると、学校の昇降口のような両開きのドアが現れる。彼がドアに手をかけるのをミコトは制服の裾を引いて止める。

「本当に行くの……?」

 この扉の先にはコドクが作った世界が広がっている。おそらく、扉の形から学校のようなエリアに繋がっているのだろう。

 及び腰になっているミコトを見て、センヤは自分の裾を掴むミコトの手を取った。

「大丈夫だ。何かあったらオレがなんとかしてやる」

 何を根拠にそんな自信があるのだろう。握られた手を見つめたあと、ミコトはその手を握り返した。

「ええーいっ! 女は度胸!」

「おう、その意気だ」

 二人は同時にそのドアを押し開けた。


 ◇


 ゲート学校№012。その名の通り、学校を模したエリアだった。AIコドクが放置されたゲーム素材達の為に用意したエリアの一つ。こうしたナンバリングされているエリアがいくつも存在する。

「うそ、最悪……」

 目の前の校舎を見て、ミコトはそう呟いた。

 真っ赤な満月を背景にそびえ立つ三階建ての校舎。横にも長く、後ろには別校舎もあるようだった。時折、窓に白く浮かび上がるものが見え、ミコトの肌が一気に粟立った。

「雰囲気あるな……」

 隣で嬉しそうに口元を持ち上げるセンヤに、ミコトは絶望する。

「ホラーゲームを作ってる貴方は大歓迎でしょうね……!」

「まあ、そう言うなって。昼夜問わず、学校エリアならお前が欲しい素材もあるだろ」

「私が作ってるのは悪役令嬢ものの乙女ゲームなんだけど⁉ ああっ! なんで私は畑違いのクリエイターと手を組んだのかしら⁉」

「ジャンルが違うからこそだろ。ジャンルも同じじゃ、素材が奪い合いになるからな」

「理にかなってるから余計悔しい!」

「ほら、入るぞ」

 無情にも繋いでいた手を放され、ミコトは慌てて彼の手を取ろうとしたが、それは空を切った。

「なんで手を繋いでくれないの? ねぇ⁉」

 さっきまで頼もしく手を握ってくれていたはずが、急に冷たい態度を取られ、ミコトは半泣きになりながら訴える。

「ホラーゲームじゃ、カップルや友達以上恋人未満のヤツは大概死ぬ」

「私達、赤の他人以上友達未満でしょう⁉ 貴方がこのエリアを選んだからには責任取りなさいよね!」

「分かった、分かったから。服の裾でも掴んどけ」

 言われた通りにセンヤの学生服の裾を掴んで校舎に入った。

 夜の学校だというのに、やけに中は明るい。上の電灯が音を立てて点滅し、自分達の足音が聞こえない。自身にSEを組み込んでいないから当たり前だ。

「何か見つけたら言えよ」

「え、ええ……」

 真っ赤な夜空が窓から見える異様な光景と静かすぎる校内は、ゲーム世界だと分かっていても不気味だ。下駄箱を一つ一つ開けていくセンヤの後を恐々とついて行くと、彼はぴたりと手を止めた。

「おい、星海。お前、下駄箱で見つけるならどんな素材欲しい?」

「えぇ……ラブレターとか?」

 下駄箱に名無しのラブレターといえば、乙女ゲームの定番。ミコトが作る乙女ゲームは異世界転生ものだが、ラブレターのデータは欲しい。

「なら、やるよ」

 センヤがミコトの前に突き出してきたのは、一通の封筒だった。それはセンヤの手から逃れようとバタバタと暴れていた。

 一見奇妙な光景だが、ミコトの体温がカッと上がった気がした。可愛らしいレース柄がプリントされた封筒。あて名はないが、その可愛らしさからラブレターであることは一目瞭然だった。

「あ、ありがとう、センヤ!」

 ミコトはさっそくシステムパネルを開き、ラブレターのログを取る。こうして、ゲームの素材として登録するのだ。

 無機質な音声がログを取れたことを告げると、ラブレターはミコトの手から逃げ、下駄箱へ閉じ籠った。

「さーて、一体どんな内容かなぁ~」

 回収したログからデータを復元すると、アイテム名が表示された。

『不幸の手紙』

「紛らわしい!」

「不幸の手紙⁉ 超欲しい! おい、出て来い!」

 システムパネルを横から見ていたセンヤは、不幸の手紙が閉じこもっている下駄箱を再び開けようとする。

 しかし、強い力で扉は閉ざされており、中からガタガタと震えている音が聞こえてきた。

「くっそ! 閉じこもってやがる! プログラムのくせに!」

「本当にこの世界の素材って生きてるみたいね……」

 この世界では様々なジャンル、テーマ、アイテム、キャラクターが文字通り息づいていた。音源のような目に見えないものまで存在し、彼らは生き物のように逃げ回る。今まで取ったログはお試しで取ったアイテム『ハンマー』や『トラブル』というシステムログだ。

「ほんと、ふざけた世界だな。一体誰が作ったんだよ」

「コドクが自分で作ったって言ってたじゃない」

「アホか。コドクはAIだぞ? 普通のAIがそんなこと……」

『はいは~いっ! 私をお呼びですか~?』

「うわっ⁉」

 センヤの目の前に半透明の電子パネルが現れ、黒髪の少女が映し出された。

『あらあら、驚きのようですね。私は超高性能ですので、名前を呼ばれたらすぐにお返事ができるのです』

 してやったりという顔で黒髪の少女AI、コドクは笑うと、センヤはげんなりとした顔で電子パネルに向かって手で払う仕草をする。

「呼んでねぇよ。さっさと帰れ」

『いやぁ~ん、クリエイターさんったら冷たーい。こう見えてコドクは寂しがり屋なのです。かまってくださーい』

 猫撫で声を出すコドクを雑にあしらうセンヤの塩対応ぶりに、ミコトは苦笑した。

「えーっと、コドク? ちょっと質問いい?」

『はーい。なんでもお答えしますよ』

「この世界は本当にコドクが作ったの?」

『そうですよ~。私にかかればこのぐらいちょちょいのちょいなのです』

 誇らしげにするコドクの表情はミコトを複雑な思いにさせた。

 個人でVRゲームが作れる時代だとしても、完全自立型AIはまだこの世に生まれていない。売り物のVRゲームを嗜むミコトであるが、これほど表情豊かなAIは出会ったことがなかった。

「じゃあ、なんでアイテムから音源まで動くようにしたの? プログラムなのに」

 そうミコトが告げた時、一瞬だけコドクの表情が引きつった気がした。

(え……)

 しかし、彼女の顔はぱっと笑顔に変わる。

『それは、私が寂しがり屋のかまってちゃんだからです。動かないものより、動いた方が面白いでしょ? それに人間の世界には『万物には魂が宿る』って思想があるのでしょう? 私達はちゃんと生きていて、クリエイターさん達には自分が親であることをきちんと自覚して欲しいのです』

「親って……」

『親でしょう?』

 やけに冷たい声がコドクの口から発せられ、ミコトは押し黙る。笑顔であるのに、こちらに向ける視線は冷たい。返す言葉が見当たらないミコトの隣で、センヤがパネルを叩いた。

「おい、コドク」

『はぁ~い。何でしょう?』

「お前のアバターを使ってプログラミングしたヤツは誰だ?」

 そういうと、コドクは困った顔で首を傾げる。

『ごめんなさい。超高性能とはいえ、私もAIですのでもっと受け答えしやすい質問をお願いします』

「今のお前をプログラミングしたヤツは誰だって聞いてんだよ!」

 声を荒上げたセンヤに、ミコトが肩を震わせる。しかし、ミコトとは対照的にコドクは納得した顔で両手を合わせた。

『ああ~、私をセットアップしてくださったクリエイターさんってことですね。その人は『屑籠行灯のイチヨ』といいます』

「…………は?」

『それじゃあ、クリエイターさん。ゲーム作り頑張ってくださいね~』

 電子パネルは溶けるように消え、二人の間に静寂が流れる。

 センヤは呆然と宙を見つめており、ミコトはその肩を叩くとハッとした顔でこちらを見た。

「センヤ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。いくぞ……」

 早足で歩き出すセンヤを走るように追いかけた。その背には何か怒りにも似た感情が伝わってくる。

(屑籠行灯って、センヤのサークル名だよね?)

 無言のままでいると、センヤは唐突に足を止めた。

「……何も聞かねぇのかよ?」

 ミコトは言葉を詰まらせる。むしろ、聞いてはいけないような気がして話しかけなかった。

「……イチヨって人は知り合いなの?」

 ミコトの問いかけに、短い沈黙が流れた後、彼はため息を漏らした。

「オレの幼馴染。四年前に死んだけどな」

「え……」

「心臓が弱かったんだ。手術に失敗してそのまま。コドクはオレが作ったホラーゲームのヒロイン。プレイヤーをサポートするAIだったんだよ」

「じゃあ、なんで亡くなったはずのイチヨさんが?」

「そんなのオレが知りてぇよ。オレが知っている限りでは、コドクはあんな感情豊かに受け答えができるようにプログラミングしてない。だから、オレはコドクのアバターを勝手に使ってるヤツがいると踏んでる」

 静かに拳を握り、振り返ったセンヤは意志の強い瞳をミコトに向けた。

「こんなふざけた世界を作ったヤツを絶対にぶん殴ってやる」

 センヤにとってコドクは思い出のあるキャラクターだったのだろう。彼女への冷たい態度もかつての思い出を踏みにじみられた気持ちだったのかもしれない。

 自分もこの世界から早く抜け出したい気持ちもあるが、それ以上にセンヤを放っておけない。

「センヤ、私……」

 パタパタパタパタパタ…………

 二人の間を足音が通り抜けた。まるで透明人間のように通り過ぎていった何かを二人は思わず目で追ってしまう。

「足音のSEだ! 追うぞ、星海!」

「待って! 置いて行かないで!」

 その足音は二階へ駆け上がっていくが、音だけではすぐに見失ってしまった。SEの素材は、動きを止めてしまえば追跡が困難になるので入手が難しい素材だった。

「くっそ、逃がしたか……」

 階段を駆け上がった二人は耳を澄ませてみるが、足音は聞こえてこない。おそらく立ち止まって息を潜めているのだろう。

「やっぱり音源は難しいね……諦めて次を探そう?」

「そうだな。オレとしてはそろそろNPCノンプレイヤーキャラクターの素材も欲しいんだけどな~」

「でも、アイテムやSEがあんなに元気がいいんだから、NPCだったらどうなるのかな?」

「さぁな。さすがにコドクみたいじゃ……」

 そう言いかけたセンヤが急に口を閉じた。

「誰か来る……」

「え?」

「ほら、来た!」

 センヤに引っ張られるがまま陰に身を潜め、やってきた人影を見つめる。

「らんら~ん、オレは夜の帝王~。今日も夜闇を駆け抜ける~」

 謎の歌と共に現れたのは、派手な学生服に身を包んだ金髪の少年だった。スキップを踏んで気持ちよく歌う彼に、二人は困惑した顔で互いを見合う。

「なにあれ……?」

「知らん……でも、NPCらしいぞ」

 彼の頭上にはNPCと赤字で大きく表示されていた。容姿からその名称まで主張が激しい存在に、センヤは親指をくいっと向けた。

「行け、星海」

「なぜ⁉」

「あの顔、服、乙女ゲームにちょうどいいだろ。オレのホラーゲームには合わん」

「変なAIだったらどうするの⁉」

「……分かったよ、オレも一緒にいってやる」

「え、ちょっ⁉」

 そう言って、センヤはミコトの手を取ると、引きずるように物陰から出た。

「静寂を打ち破るのは、我が奏でる魅惑の独唱曲アリア~」

「あ、あのっ!」

「ん?」

 背後からミコトが声を掛けると、振り返った彼はきょとんした顔でこちらを見つめた。

「えーっと、こんばんは? NPCさん?」

「…………」

 みるみるとNPCの顔色が悪くなっていき、大きく口を開けた。

「ぎゃぁああああああああっ! クリエイターだぁあああああああっ!」

 突然叫び声を上げたかと思うと、全速力で走り去っていく。あまりの出来事に呆然とするミコトの手をセンヤが引っ張る。

「バカ! 追いかけるぞ!」

「えっ⁉ 本気⁉」

「あんな人畜無害そうなNPCこそ捕まえなくてどうすんだ!」

「それはそうだけれども⁉」

 三階へ駆け上がっていくNPCの姿が見え、センヤは舌打ちをする。基本的に素材は音がない。姿は見えても視界から外れてしまうと見失ってしまう可能性があった。

「手を放すぞ!」

 センヤはミコトを置いて二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。遅れて階段を上がるとNPCの悲鳴が聞こえてきた。

「ちょ、センヤ⁉」

 階段を上がりきったミコトが見たのは、NPCに背中から馬乗りになって捕まえるセンヤだった。

「いやぁあああああっ! 助けてぇえええ誰かぁあああああ!」

 泣き叫びながらNPCは頭を抱えていた。

「お願い! 殴らないで! いじめないで! 脱がさないでぇええええええええっ!」

 あまりの切実な叫びに、憐れみを覚えてきた。

「あ、あの……」

「ひぃ⁉ 女のクリエイターだぁっ⁉ 全年齢を謳いながら際どいことをさせられるぅううううううっ!」

「うるせぇよ……!」

 苛立ったセンヤが睨みを利かせると、NPCは静かに泣き始めた。

「私達、別に貴方に乱暴をするつもりはないの。ちょっとログを取らせて欲しいだけで……」

 なだめるように優しく声を掛けると、NPCは泣きはらした目でこちらを見上げた。

「知ってる。そうやってオレをシステムに組み込んで、ナイフで刺したり、モンスターに食べさせたりするんでしょ? もう腹は括ったから焼くなり煮るなり好きにしろよ!」

「やりづれぇな、このNPC」

 センヤはそういうが、ミコトはだんだん可哀そうになってきた。彼らにとってシステムに組み込まれることはよほど苦痛のことなのだろう。

「センヤ、どいてあげて」

「は? コイツ、絶対に逃げるぞ」

「でも、人に乗られながら話すのは、私も怖いと思うよ」

 人として当たり前ことを言ったつもりだったが、センヤは怪訝な顔でこちらを見た。

「星海、コイツはプログラムだ。感情があるように振舞っているだけで人間じゃないんだ」

 その言葉にはっと息を呑んだ。

「人間の言葉に対してプログラミングされた以上の言葉は返ってこない。コイツは、人間の姿を見たら逃げて、捕まったらこうやって命乞いするようにインストールされているんだ。コイツとの会話に過度な期待をするな」

 厳しい言葉だが、その声色は優しい。彼の言っていることは正しい。このNPCはプログラムで本当に心があるわけではない。しかし、彼がただのプログラムだと思うには無理があった。

「それでも、私はこの子に優しくしてあげたい」

 そう告げると、彼は舌打ちしNPCの上から降りた。それにホッと胸を撫で下ろした。

「えーっと、貴方、名前は?」

 ゆっくり起き上がったNPCは横で睨みつけてくるセンヤに怯えながら口を開く。

「ぜ、05男子生徒(黄)」

「マジで素材名じゃん」

「そのままだと呼びづらいから、アレンって呼んでいい? 私のゲームキャラの名前なの」

 ミコトがそう聞くと、少し不貞腐れた様子で顔を逸らした。

「名前なんてなんでもいいよ」

「星海が優しいからって調子に乗るなよ?」

「ぜひアレンとお呼びください!」

 綺麗な土下座をして震える彼にミコトは寄り添った。

「普通のNPCとは違うみたいだけど、誰がプログラミングしたの?」

「コドクだよ! 『私、勝気そうに見えて実はドヘタレキャラって好きなんです~』とかいってこの人格をインストールしたんだ!」

「AIのくせになんつー性癖を詰め込んでんだ……」

 生みの親であるセンヤは複雑な表情を浮かべていた。

「良かったら、私のゲームにこない? なるべく君の意思を尊重したいと思っているんだけど」

 さすがにこれほど感情豊かだとミコトもプログラミングしづらいものがある。できれば彼の意見を取り入れてやりたい。

「乙女ゲームなんだけど、どう?」

「脈絡もなく女の子を押し倒したり、愛を囁いたりしない?」

 正直に言おう。プログラミング超初心者のミコトは形だけ乙女ゲームにしようと考えている。彼の懸念は見事にぶち当たっていた。

「……ど、努力する!」

「うわあああんっ! やっぱりNPCに自由は許されないんだぁああっ!」

「うるせぇな。腹を括ったんじゃなかったのかよ?」

「人間にはわからないさ! 身体の自由を奪われ無理やり人格を書き換えられる感覚なんて! お前もシステムにぶち込まれればいいんだ!」

(自由……?)

 泣き叫ぶアレンにミコトはひらめいた。

「ねぇ、センヤ。TRPGって知ってる?」


 ◇


『TRPG』とは対話を主体としたゲームだ。舞台と筋書きだけが用意され、プレイヤーがアドリブを用いて、シナリオを進めていく。本来進行役がいるが、今回は特定の言葉や動作に反応するようプログラミングすればいいだろう。

 センヤの力を借りながらミコトはエンディングが一つしかないゲームを作り上げた。

「マジでやんの?」

「そうよ。はい、ゲーム起動!」

 登録されたキャラクターは悪役令嬢ミコト、ヒーローのセンヤ、モブのアレンの三人だ。舞台はミコトが作った階段教室である。モブに無実の罪を着せられた悪役令嬢はヒーローに庇われる。モブは華麗に撃退され、最後ヒーローに告白されるというシナリオ。ちなみに全てアドリブだ。

 緊張した様子でアレンがミコトを指さした。

「夜の廊下を全力疾走した罪でお前を断罪する!」

 アドリブとはいえ、適当すぎる罪状にミコトは笑いを噛み潰す。

「そんなの知らないわ!」

「いや、オレは見た! そしてその罪をヒロインの……01女子生徒(青)に擦り付けた! お前を国外追放する!」

 ヒロインの名前が素材名になっており、色々ツッコミたい気持ちをこらえて、助けにくるセンヤの登場を待つ。すると、唐突に後ろのドアが開き、センヤが現れる。

 彼は無言のままミコトの前に立つと、ぎろりとアレンを睨む。アレンは小さな悲鳴を上げるも、なんとか声を絞り出した。

「な、なんだよ! もももも文句あんのか!」

「…………らんらーん」

 低音で急に歌い出したセンヤにアレンだけでなく、ミコトもびくりと肩を振るわせた。

「オレは夜の帝王~。今日も夜闇を駆け抜ける~」

 それは、出会い頭にアレンが口ずさんでいた歌だった。嘲笑いながら歌い上げるセンヤにアレンの顔がみるみると赤くなっていく。

「静寂を打ち破るのは、我が奏でる魅惑のア~リ~ア~……ぷっ」

「やめろーっ! せめて最後までちゃんと歌いきれぇっ!」

 たまらず叫んだアレンは涙目でセンヤを睨んだ。

「今日の所はこれで勘弁してやる! 覚えてろよ!」

 アレンが教室を飛び出していき、センヤは疲れたようなため息をついた。

 最後はセンヤの「好きだ」という告白にミコトが「私も」と返事をすればエンディングが流れる仕組みになっている。センヤが少し悩んだように視線を彷徨わせ、口を開いた時だった。

 エラー音と共にミコトの目の前に真っ赤なパネルが浮かび上がる。

『予期せぬエラーが発生いたしました』

「え?」

 現れた表示に瞠目すると、ガタンという音が頭上から聞こえた。そして黒い影がミコトの上に落ちてくる。

「星海!」

 最後にミコトが見たのは、天井に備え付けられていたはずの照明だった。


 ◇


 管制室でコドクはクリエイター達の様子を監視していた。煌々と輝く画面の中で真っ赤に染まったものがあった。

『星海ミコト』

 その名前を見て、にやりと口元を持ち上げる。

「あらら~、システムバグで死んじゃったんですね~。可哀そう~」

 コドクはシステムパネルを呼び出して、ユーザーのログを取得する。そしてユーザーを復元する作業に入った。

「さぁ、クリエイターさん。どんどんゲームをデバックしてくださいね~」

 蠱惑な笑みを浮かべ、コドクは再起動を押した。

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