白鳥 礼子は活殺自在!

ポロロッカ

第1話


 私は眼前に広がる光景に唖然とした。

 倒れ伏す学生服の人々。

 そして血、血、血。

 すでにナイフを持った男が暴れ始めてから数刻が経っており、被害者は片手では数えきれない程だ。

 この凄惨な事件が、公立高校の校門で引き起こされているのだから救いようがない。


 私は腕時計を見て、現在時刻を脳裏に焼き付ける。

 そして胸に手を当て———




   ◆




「警察ですか、校門でナイフを持った男が暴れています」


 俺、矢野 慎平は自分の耳を疑った。

 クラスメイトの白鳥 礼子が、校門の傍らでスマホを耳に当て、そう話していたのだから。


 白鳥は腰まで伸びたロングヘアが特徴的な少女である。

 身長は百六十センチ前半程だろうか。

 服装は登校日のため、学校指定のパッとしない制服だった。


「今すぐ来てください。お願いします」


 その表情や声色は真剣そのもので、ふざけているようにはとても見えない。

 付け加えると白鳥は優等生であり、冗談を言うタイプとは対極の存在だ。


 ………ただ一つ致命的な問題がそこにはあった。

 校門付近にナイフを持った男なんて、いなかったのだ。

 少なくともここから見える校門周りの景色は、平和そのものである。


 白鳥の言葉を信じるならば、彼女は110番をしているのだろう。

 警察への悪質な誤通報は、学生の身分でも冗談では済まされない。


 そうこう考えを巡らせている間にも、白鳥は極めて正確な誤情報を警察へと伝えていった。

 そして要件を伝え終わったのかスマホを耳から離し………こちらへと向かって来た。

 俺の視線に気が付いていたのだろう。

 

「貴方クラスメイトの矢野くん、だったかしら」


「あ、あぁ」


「今見たことを他言しないで欲しいのだけれど、約束できるかしら?」


 有無を言わせない物言いだった。


「それはいいけど………さっきの通報は大丈夫なのか?」

 

「えぇ問題無いわ」


 白鳥は終始、ピリついている様子で正常には見えない。

 本当に問題が無いのだろうか。


「それと一つ忠告、校門からはすぐに立ち去る方が身のためよ」


「………ナイフを持った男が暴れ始めるから?」


「貴方、結構嫌な人なのね」


「悪い。ただどうしても気になって」


「そんなに気になるのなら、ここに残るといいわ。忠告はしたのだから、死んでも恨まないで頂戴ね」


「そういうお前はここから離れないのか?」


「私は見届ける必要があるのよ」


「見届ける、ってどういう意味だよ」


「………」


 白鳥はそっぽを向いた。

 どうやら答えてはくれないらしい。

 

 ここまで首を突っ込んだ以上、俺の中に引き下がる選択肢は無かった。

 答え合わせができるまで、ここにいるとしようじゃないか。


 そう決意を固めて数刻。

 その時はやって来た。


「………おいおいマジかよ」


 咄嗟に出たのは、そんな月並みな感想だった。

 だが無理もないと思う。

 ナイフを持った男が、本当にやって来たのだから。

 白鳥があまりにも真剣だったからもしや、とは思ってはいた。

 だが、まさか現実になろうとは。


 男の持つナイフは所謂サバイバルナイフというやつで、刃渡りは優に10センチを超えていた。

 その瞳は爛々と輝き、いかにも危うげである。


「うおーーーーー!!!」


 男が雄叫びを上げた。

 そしてナイフを振り上げる。

 ここは通学時間の校門だけあり、周りには複数の学生の姿があった。


 これはマズイことになる。

 そう思うとほぼ同時に校門に、パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。


 間も無くして、男が暴れ始めるよりも早く、パトカーは校門に横付けされた。

 そして複数の警察官達が、その中から飛び出して来るのだった。




   ◆




「今朝の出来事は何だったんだろうか………」


 校門にナイフを持った男が現れた。

 そのビックニュースは瞬く間に、学校内外に広まった。

 幸いにも男が暴れる暇も無い程、早急に警察が到着したため怪我人はおろか、目撃者すら少ない。

 今日の学校が休みにならなかったのも、大事になる前に解決されたおかげだろう。


 ではなぜ男が暴れ始めるよりも早く、警察が到着することができたのか。

 その真相を知る者は、世界広しといえども、俺と白鳥だけだろう。


 未だに信じがたい話だ。

 白鳥によって"校門に男が現れる前"から、警察へ通報がされていたなんて。


「………もしかして彼女は未来が見えているのか?」


「モシカシテカノジョハミライガミエテイルノカ?」


 俺の何気ない独白をカタコトで復唱するやつが一人。

 高校入学から四ヶ月。

 新天地でできた友人の茂木だった。

 茂木はクラスメイトであり、五十音順で席が決められる都合上、俺の一つ前の席に座っていた。


「独り言だよ。気にすんな」


「なんだよツンツンしちゃって。恥ずかしがるなよ。俺は慎平の未来が見えてる話? 気になるぜ」


 クラスメイトの白鳥が、未来予知能力を持っているかもしれない。

 こんな与太話、言ったところで誰が信じるものか。

 白鳥との約束もある。

 真実は言わぬが吉だろう。


「いやその………昨日見たアニメのこと思い出してたんだよ」


「なんだそんなことかよ」


「ご期待に添えなくて悪かったな」


 元々深く追求するつもりは無かったのか、簡単に丸め込めた。


「そうそう話変わるけど、翔太のヤツ絶対サボりだよな」


 茂木は俺の一つ後ろの席を指差す。

 本来クラスメイトの山中 翔太が座る筈であるそこは、空席だった。


「まぁ翔太だしな。サボり魔、遅刻魔の称号を欲しいままにするだけはあるよ」


「でもアイツ、出席日数ヤバいから今日は来るって言ってたんだよなー。サボって大丈夫なのかよ」


「マジか。何でサボったか明日にでも翔太に聞いてみようぜ」


「だな」


 と、そこで先生が教室に入って来た。

 担任の小池だった。

 つい先ほど本日最後の授業が終わったところだ。

 これから帰りのホームルームが始まるのだろう。


「お前ら、席につけ。大事な話がある」


 小池はいつになく真剣な表情をしていた。

 その只事ではない雰囲気を感じ取り、茂木はすぐに前を向く。

 その他の生徒達も雑談をピタリと止め、教卓へと視線を向ける。


 そんな中、一人だけ教卓へ意識を向けず、机に伏して固まる生徒がいた。

 その生徒とは———


「おい、白鳥。起きろ」


 ———今朝ぶりに見た白鳥 礼子だった。


 優等生である彼女が居眠りをする所を見るの初めてのことだった。

 白鳥は寝ぼけ眼を擦りながら、顔をゆったりと持ち上げる。

 その表情から、彼女が本当に疲れていることが感じられた。


 小池はそんな状態の白鳥が完全に前を向くまで、たっぷりと時間を取る。


「今から、皆にとって、とても大切な話をする。心して聞いてくれ」


 小池はそう前置きをすると、軽く深呼吸をした。

 随分と勿体ぶっているが、一体何事なのだろうか。


「今朝………皆の学友である山中 翔太君が亡くなったそうだ」


 教室中が完全に静まり返った。


「通学中の事故らしい………。交差点で車に撥ねられた、と聞き及んでいる」


 永遠にも感じる長い長い静寂が教室を支配する。

 俺はその間、ボーっとして何も考えることができなかった。

 多分、まだ翔太の死を飲み込みきれていないのだろうな。

 そうして、何分が経っただろうか。

 その時は、唐突に訪れた。


 白鳥がガタン、と音を立てて崩れ落ちたのだ。

 その体は力が完全に抜けきっているのか、椅子から床へ転げ落ち、へたり込んでいた。



「あ、あ、あああーーー!!!」



 言葉にならない奇声。

 聞いているこっちも、辛くなるような悲痛な叫びだった。



「私の、私の、バカ!バカ!あああ!!!!」



 凄まじい剣幕で一頻り叫ぶと、完全に地面へ身体を預け、静かになる。

 その姿はまるで死んでいるようだった。


「お、おい。大丈夫か」


 小池が心配して声をかけるが、反応は返ってこない。

 白鳥は地面に横たわったままである。


 だが、反応が無いからといって放置するわけにはいかない。

 誰かが彼女を落ち着かせる必要があるのは明白だった。


 そんな無音の教室でギィ、と音がする。

 全員が反射的に音のした方を見た。


 ………そこには俺がいた。

 俺が椅子を引いて、立ち上がっていたのだ。


 俺にはどうして白鳥がこんな状態になっているのか、心当たりがあった。

 もしかしたら勘違いかもしれない。

 でももし、勘違いじゃないとしたら。

 多分、彼女を慰められるのは、共感してあげられるのは、俺しかいない。

 そう思った頃には、もう体が動いていた。


 俺は地面で寝転ぶ白鳥の元へと足を運ぶ。


「保険室へ行こう」

 

 こんな状況でも、必要な言葉はすんなりと出てきた。

 俺は白鳥の手を取る。


 力の入っていないだらんとした手だった。

 その手を軽く引くと、フラつきながらも彼女は立ち上がる。


 俺は白鳥に肩を貸すと、彼女のペースでゆっくりと教室を後にするのだった。


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