第5話 不登校の理由


 日が昇り土曜日の朝。

 あまり眠れていないはずなのに、眠気はあまり感じなかった。

 歯を磨き、朝ご飯を食べ、着替えを選ぶ。


 家からゲームセンターまでは徒歩十五分ほど。

 約束の三十分前に家を出て、待ち合わせ場所のゲームセンターへ向かう。

 到着すると約束の十五分前にも関わらず、入口の前で先輩が先に待っていた。


「先輩、お待たせしました!」

「随分と早いな」

「先輩はいつ来たんですか?」

「……十二時半」


 そんなに楽しみにしてくれていたのかと言いたくなったが、勘違いだったら恥ずかしいのでやめた。


「この後どうします?ゲームしていきますか?」

「お前が誘ったんだからお前が決めろよ」


 たしかにその通りだ。


「お昼ご飯食べました?」

「まだ。津田山は?」

「まだです。じゃあ食べに行きますか」


 私と先輩は、駅に直結したデパートのレストランへ向かった。どこも長い列が出来ていたため、諦めて駅から歩いて数分の場所にある喫茶店へ。


「ここでも大丈夫ですか?」

「あぁ。ここ久しぶりに来たな」


 席に着くと、私はメニューを先輩が見やすいようにテーブルの上へ置く。


「先輩は何頼むんですか?」


 メニューを覗き込む先輩。


「じゃあ、このショコラパンケーキと、アイスココア」

「チョコ好きなんですか?」

「……うん」


 ちょっと恥ずかしそうにする先輩が堪らなく可愛い。


「私はチーズケーキとカフェモカ」


 メニューが決まり、私が注文をする。


「津田山ってここよく来るのか?」

「はい。友達とたまに」

「へぇ」


 先輩はふと外を眺め、会話が途切れる。

 聞くなら今。そう思った私は、思い切って不登校の理由を尋ねることにした。


「先輩、聞いても良いですか?」

「……その感じだとあれだろ」

「はい。先輩はなんで不登校になったんですか?」


 その質問をしたタイミングで、注文したメニューがテーブルに並べられた。

 ココアをすすり、ショコラパンケーキを一口食べた先輩は、私がした質問に対して話し始める。


「前の私を知ってるって言ってたよな?」

「はい。黒髪でいつも笑顔の天使でしたよね」

「そりゃあこうなった理由も気になるよな。最初に聞くけど、中原瑠璃亜とは関わり無いよな?」

「無いです。友達がバレー部なので、その友達との接点はあるみたいですが。それで、その中原先輩と何があったんですか?」

「あいつと何かあったってところまでは知ってるみたいだな。どこまで知ってんだ?」

「私と同じバスケ部の立川先輩に聞きました。中原先輩と向河原先輩が喧嘩をして、向河原先輩は不登校になったんじゃないかって」

「まあ……、そうだ。私とあいつが喧嘩した。いや、喧嘩じゃない。あいつが私を裏切った」

「中原先輩が原因じゃないかって私も立川先輩も思ってました。詳しく教えてくれますか?」

「前の私を見てたなら分かるよな?中原瑠璃亜の前だけじゃなく、色んな人の前で良い顔していつも笑ってた。誰からも嫌われたくなくて常に笑顔でいようと意識してたから。去年のクリスマスイブにさ、放課後に教室であいつの好きな人からプレゼントを貰ったんだよ。しかもあいつのいる前で。それで私はその男子からも嫌われたくないって思って、いつもの笑顔で喜んだんだよ。ありがとう、大切にするね!って。そしてその男子からあいつへのプレゼントは無かった。それがあいつにとってショックだったみたいでさ。その男子が帰った後、ボロクソ言われた。あんたみたいな八方美人女とはもう友達になれない。いつもヘラヘラして良い顔して、犬じゃねーんだから。もう二度と関わらないで。って」


 これは本当に聞いてよかった話なのだろうか。

 先輩が話しを終え十秒ほどの沈黙の後、半分くらいまで飲んでいたカフェモカをすすってから、疑問点に気付き質問する。


「裏切ったって部分がよく分からないんですが」

「裏切ったのは私もか。まずさ、あいつが私のいつも笑ってるところが好きだってよく言ってくれたんだよ。それでそんな部分を八方美人女、犬かよって罵倒されてマジ傷ついた。でも私も、あいつの好きな男子が私を呼び出した時に、あいつが私に、告白されても断って。良い顔しないで、って言ったのに、いつも通り私は良い顔をした。それであいつを傷つけた」


 中原先輩だけが悪いと思ってたけど、向河原先輩にも反省すべき部分があったのか。それでも……。


「それで先輩はここまで落ちぶれたってことですか?」

「もう良い顔するの嫌になったんだよ。それで人に会うのも嫌になって、冬休み明けてから不登校になった」

「それが理由ですか……。ありがとうございます」


 全部、知ることが出来た。

 私は残ったチーズケーキを食べ、カフェモカを飲み干す。


「不登校の理由を聞けて満足か?私からも質問だけど、津田山はなんでこんな私と仲良くしたいんだ?」

「それは一昨日話した通りの……」

「一緒にいて楽しいってのはゲームやってた時だろ?今は?こんな金髪不登校の重い不登校理由を聞き出して、何が楽しい?」

「こんな可愛い天使のような先輩と一緒にいられるだけで私は十分楽しいです。でもやっぱり先輩にまた学校に来てほしいです」

「可愛いってのと、説得して学校に呼び戻すの、どっちが本音?」

「それは当然、可愛い方です。それだけが理由と言っても良いくらいです。駄目ですか?」

「別に良いけど。まあ私は学校に行くつもりないからな」

「今はそれで良いです」


 パンケーキを食べ終えココアを飲み干した先輩は、さっと立ち上がり伝票を手に取った。それを見た私は財布を取り出し立ち上がる。


「先輩、私が会計しますよ」

「いいや、先輩の私が払うから」


 と言ってレジに向かった先輩は、伝票を出して全額を現金で支払った。


「ありがとうございます、ごちそうさまです」

「私、金はあるから」


 そして喫茶店を出た私と先輩は、次の目的が定まらないまま、ゲームセンターのいつものコーナーへと戻ってくる。

 私が先にゲームを始め、後ろで先輩があーじゃないこーじゃないと指摘してくる。

 可愛い可愛い天使の声に癒されながら、一日の残りを過ごした。


 夕方六時、私は先輩と解散。


 今日聞いた不登校の理由は、意外と単純ながらも裏切りに裏切りが絡んだ、少し複雑に感じてしまう内容だ。向河原先輩が本当に可哀想だと思うが、中原先輩も可哀想だと私は思ってしまった。

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