第3話 会える時間


 向河原先輩は中原先輩との喧嘩で不登校に。そして金髪に染めてゲームセンター通いをしていた。昨日聞いた事実と私だけが知っている事実が混ざり合う。

 それらを知った上で私はこれからどうしたいのだろうか。

 ひとつだけ言えるのは、向河原先輩に会いたい。今はただそれだけだった。


 学校へ向かう途中の交差点で、いつも通り梓と挨拶をして一緒に登校する。

 梓は昨日のことは話題に出さず、兄と仲直りしたという話を淡々と語り、私はそれをただ聞いていた。


 学校に着き、授業が始まる。

 昨日のことをずっと考えていたにも関わらず、今日はいつも通り集中して授業を受けることができたと思う。


 昼休みに入ると、私が鞄から弁当を出し机に置いたところで、手に何も持っていない梓が席にやってきた。


「華恋助けてよー、今日は弁当が無いんだよー」

「珍しいね。私の弁当食べる?私の分が無くなるけど」

「半分こしよっか」

「やだ。売店付き合うから一緒に行こ」

「華恋冷たい。でも優しい。そうゆうとこ好き」


 私は弁当を一旦鞄にしまい、念の為財布を取り出し席を立つ。


「行くならさっさと行こう」

「売店何売ってるかなー」


 私達が売店へ向かうと、梓が買い物を終えた先輩らしき人に挨拶をしていた。


「中原先輩、お疲れ様です!」


 そこにはバレー部の副部長、中原瑠璃亜先輩がいた。


「あず、売店とか珍しいんじゃない?」


 ……あず?


「弁当無いので今日は売店飯です」

「そっかそっか。じゃ部活でねー」


 教室へ戻っていく中原先輩を見送った私は、梓に尋ねた。


「あずって呼ばれてるの?」

「そうだよー」

「私もあずって呼ぼうかな」

「良いよ、全然オーケー」

「ごめん嘘。今まで通り梓って呼ぶ」

「なんか一線越えないようにされた気分」


 おそらく私は、中原先輩とは仲良く出来ないと思っていた。だから梓のことを、先輩と同じくあず呼びするのはどうしても嫌だった。


 昼ご飯を買った梓と付き添いの私は、教室に戻り昼休みを過ごした。


 帰りのホームルームが終わり、ジャージに着替え部活が始まる。

 いつも通りバレー部よりも先に終わると、帰ろうとしたタイミングで立川先輩に呼び止められた。


「華恋、ちょっと待って」

「どうしたんですか?」

「登戸梓ちゃんから何か聞けたのかなーって」

「喧嘩のことは聞いてなかったみたいですが、察してはいたみたいです。バレー部が終わるまで待っていたらしく、よく一緒に帰ってたとかで」

「そっか。私も今日、瑠璃亜に紗菜のこと聞いてみたんだけど……」

 なぜか言い留まる先輩。

「どうしたんですか?」

「なんで舞衣がそんなこと聞くの?って」

「それで?」

「もう友達じゃないから知らない、って」

「喧嘩して絶交したってかんじですね」

「瑠璃亜が悪いと思うんだよね私は」

「私もそう思います。中原先輩に聞いても答えてくれないなら、向河原先輩に直接……」

「聞けたら良いけどね。今どこで何してるかも分からないのに」


 私なら向河原先輩に会えるかもしれない。また会えたら、不登校の理由とか教えてくれるだろうか。


 話しを終えた私と立川先輩は、正門まで一緒に歩きそこで別れた。


 私は可能性が限りなく低いことを分かった上で駅前へと急ぐ。

 そしてゲームセンターへ入りアーケードゲームコーナーに向かった。


 ……いた。


 見覚えのある金髪の少女、向河原先輩だ。

 それなりに有名な格闘ゲームに夢中になっていて、声をかけようか迷いながらも、後ろからさりげなく名前を呼んだ。


「向河原先輩」

「ん?」


 ゲームを一時中断し振り返る先輩。


「あ、お前はこの前助けてくれた後輩か」

「会えて嬉しいです」

「こんな不登校で格闘ゲームやってる金髪に会えて?」

「はい。ずっと会いたくて」

「意味分かんねーし。つーか二日振りだろ」


 私は先輩がやっていたゲームに話題を振る。


「それより、このゲーム面白いんですか?」

「これか。めっちゃ面白い。お前もやるか?」

「あ、えっと……、そういえば自己紹介まだでしたよね。私は津田山華恋です」

「津田山ね、了解」


 先輩は椅子から立ち上がる。


「お前もやってみろよ。マジで面白いから」


 ……本当にこの子はあの天使、向河原紗菜なのかと疑うくらい口が悪い。

 でも可愛い。


「はい、失礼します」


 私は椅子に座り小銭を入れゲームを始めた。先輩が、あーじゃないこーじゃないと指摘してくるが、全く嫌な気分にはならずにそのゲームを楽しめた。ゲームを楽しめたというより、向河原先輩とこんなにも近くで一緒にゲームを出来たことが幸せで、今日のことは一生忘れたくない。


「楽しかったです、先輩」

「おおお!お前、私と趣味合うんじゃね?」


 趣味が合うかどうかは分からない。でも喜んでくれたことは良かったと思う。


「先輩って普段はこの時間来ないんですよね?」

「来てほしいなら来るけど。不良に絡まれたらお前が助けてくれるんだろ?」


 いつでも助けますよ、先輩。

 と言いたいところだが、私も不良に突っ込むなんてことは、出来ればもうやりたくない。


「明日もこの時間に来たらいますか?」

「お前が来るなら、来ようかな」

「お前じゃなく、津田山華恋ですよ、先輩」

「悪い悪い。じゃ、津田山、明日も待ってる」

「絶対に来ます。それじゃあ先輩、帰り気を付けて下さいね」


 私は先輩との別れを惜しむかのように、手を振り出口へ向かった。


 高校三年生にも関わらず不登校で、朝からゲームセンター通いの金髪少女。綺麗な黒髪のストレートヘアで笑顔がキラキラ輝いていた天使はもういない。

 先輩がここまで堕ちてしまった原因が中原瑠璃亜って先輩らしいが、詳しいことは向河原先輩に聞かなければ分からない。今のままでは教えてくれないだろうけど。

 今の堕ちた天使のような先輩も好きだけど、そんな先輩を助けたい。私が一目惚れした普通の女子高生の向河原紗菜に戻ってほしい。

 そう強く思った。

 また明日、明後日、そして週末はどれだけ向河原先輩と一緒にいられるのだろう。そんなことを考えながら私は一日を終えた。

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