三 意外な結末

 翌日。午前10時5分前……。


「──フン。これでミイラは僕達のものだ。あのスカし野郎にはぎゃふんと言ってもらおう」


「ま、自業自得ね。電話での鏑木さんの反応も良かったし、わたし達の勝ちよ」


 鏑木邸の敷地に車を停めた守田と須賀利は、自分達の勝利を確信しつつ、意気揚々と屋敷の玄関へ向かう。


「あ、おはようございます、鏑木さん。もう怪しげな学芸員を待つこともないでしょう。さあ、安心して河童のミイラを僕達に…」


 そして、チャイムを鳴らすと出てきた千早に、挨拶がてら、さっそく本題を持ちかけようとするのだったが。


「うぷ…!」


「きゃっ…!」


 突然、二人は思いっきり塩を顔に投げつけられた。


「な、何をするんですか!?」


「何をするだあ? それは自分の胸に手を当てて聞いてみろ! この詐欺師の盗人どもが!」


 驚き、唖然と尋ねる守田であるが、真っ赤な顔をした千早は激昂して彼らを怒鳴りつける。


「さ、詐欺師? な、なんの話ですか? 詐欺師というんならわたし達ではなく、あのどこの馬の骨ともわからない自称学芸員の方で…」


「フン! あの偽学芸員もだが、あんたらも同じ穴のムジナだろう? さっき警察の人から話を聞いて正体はもう知れてるんだ!」


 わけがわからず訊き返す須賀利だが、その反論が終わらないうちにも、さらに奇妙なことを千早は言い出した。


「け、警察……?」


 さっぱり話の筋が読めず、呆然とまた呟く守田達だったが、じつはつい先刻、彼らが予想もしていなかったような事態が起きていた──。




 それは、一時間前の9時頃のこと……。


「── わたしは警察庁美術犯罪対策課の甘沢といいます。突然失礼しますが、至急、対処しなければいけない事案が発生しまして」


 そう言ってバッジを見せながら、パンツルックの黒いスーツを着た、ショートボブカットの若い女性が鏑木邸を訪れていた。


 玄関前に立つ彼女の背後には、同じく黒服の男性が四名ほど控えている。


「警視庁? ……あの、至急の事態というのはいったい……」


「そちらで所有している河童のミイラと称される生物標本を、ある古美術品窃盗グループが狙っているとの情報を掴みまして。昨日、接触をはかってきた者が二組ほどいましたでしょう? どちらもその窃盗団の一員です」


 状況が飲み込めず、小首を傾げて尋ねる千早に女性捜査官は淡々と答える。


「ええ!? ……あ、いやでも、片方のコレクターの方は、学芸員の素性が怪しいとわざわざ教えてくれましたけど……」


「それがヤツらの手なんです。そうして噛ませ犬役を貶めることで、もう一方がターゲットの信頼を勝ち取るという……もちろん品物を受け取っても約束の代金は払いません」


 自身の認識と彼女の言葉の間には大きな隔たりがあり、そのギャップを埋めようと疑問を呈する千早であったが、若き女性捜査官はその疑問も容赦なく叩き潰す。


「騙し取る計画は未然に防げましたが、計画の失敗がわかるとやつらは強硬手段に出るかもしれません。つまり、力づくでの押し込み強盗です」 


「お、押し込み強盗!?」


「念のため、安全が確認されるまでミイラは警察の方で一時的に預かろうと思います。よろしいですね?」


「は、はあ……」


 女性捜査官の告げる怒涛の説明に、悪い夢でも見ているかのような心持ちで千早は生返事をする。


「よし! ミイラを梱包して積み込め! 貴重な文化財だ! 慎重にな! 鏑木さん、ミイラはどこに?」


「あ、はい。こっちです……」


 一応、言質をとった捜査官はすぐさま黒服達に檄を飛ばし、河童のミイラは梱包材で丁寧に包まれると、引越し作業のようにしてコンテナ車へ運び込まれる。


「それでは我々はこれで。また窃盗団のメンバーが来たら、すぐに警察に通報してください」


「は、はい……」


 そして、間髪入れずに全員車へ乗り込むと、あれよあれよという間に走り去ってしまったのだった……。




「──というわけで、もうミイラはこの家にない。残念だったなコソ泥ども! 今、警察にも連絡した! 捕まりたくなればとっとと立ち去れ!」


「そ、そんな……いったい何がどうなってるの?」


「な、何かの間違いです! 僕らはけして泥棒なんかじゃ…うぷっ! や、やめてください! うわっ…!」


 ポカン顔で立ち尽くす須賀利の傍ら、誤解を解こうと弁明をする守田に向かって、血相を変えた千早はさらに激しく塩を投げつける。


「…クソ! 須賀利、今日のところは一旦退散だ! …うぐ…」


「そ、そうね……鏑木さん、また参ります…きゃっ! もうやめて!」


 その剣幕にさすがの二人も、わけがわからぬままその場を逃げ出す。


「もう二度と来るな! この詐欺師め!」


 そんな這々ほうほうの体で逃げてゆく守田と須賀利の背中に、怒り心頭の当主・千早はなおも塩を投げつけ続けた──。

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