二 蒐集家の争い

 現れたその二人はどちらもダークスーツ姿で、男の方は茶髪をオールバックにし、女の方はセミロングの金髪巻き毛である。


「あなた達は?」


「僕は守田、こっちは須賀利。その筋では知られたオカルト蒐集家さ」


「わたし達、呪物に代表されるオカルト的な文物を集めてるの。例えばこちらにある河童のミイラみたいなものをね」


 尋ねる此木戸に、現れた男女はそう自分達の正体を明かす。


「守田と須賀利……ああ、あなた達があの……」


 その名前に此木戸も心当たりがあった。怪談やオカルト系の某チューバーとしてそれなりに人気のある者達だ。


 なるほど。彼らもまた、この家のミイラに興味を抱いたというわけだ。


「じつはつい先刻、こちらの方達も河童のミイラを買い取りたいと参られまして」


 納得する此木戸に、千早がさらに補足説明を加える。


「というわけで早い者勝ちだ。それに僕らなら230万の値をつけさせてもらおう。どうですか? 鏑木さん。僕達にお渡しいただいた方がお得ですよ」


 その言葉を継いで、さらに守田は此木戸よりも良い条件を提示し、交渉を有利に進めようとする。


「いや、早い者勝ちというのならアポをとったのはこちらの方が先です。それに素人のもとでは劣化や破損の恐れもあります。ミイラのためにも環境の整った博物館で保管するべきです。そうですね、あちらが230万というならば、こちらは250万出しましょう」


 だが、此木戸も負けてはいない。彼も自分達の優位性を示し、守田以上の好条件を口にする。


「に、250万!? ……わ、わかったわ! それなら、わたし達は280万出すわ!」


「280万……ならば290万出します」


 すると須賀利もまた額をつり上げ、対する此木戸もより高値を示して自然とせりが始まる。


「に、に、290万!? ……ええい! なら300万だ! どうだ! 持ってけ泥棒!」


「300万か……こちらも予算的にそこが限界かな。よろしい! こちらも300万で購入しましょう」


 さらに守田が思い切って高額を提示すると同額を此木戸も申し出、どうやら双方とも限度額に達したようである。


「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに良い値段で売れるのはうれしいですが、先程も言いましたようにこれはお金だけの問題ではありません! ミイラをどちらにお譲りした方がより正しい選択なのか、今日一日よく考えさせてください!」


 競が行き詰るのと機を同じくして、千早も双方の間に割って入る。


「お二方、今日のところはこれまでにして、明日また10時にここへ来てください。その時までに答えを用意しておきます」


 こうして現所有者の意向により、河童のミイラ争奪戦は一日のインターバルを置くこととなった……。




「──クソっ! あのスカしたキザ学芸員。せっかく一番乗りだと思ったのに! あれほど良質な河童のミイラ、なかなかお目にかかれるもんじゃない。なんとしても手に入れてやる!」


「思わぬ邪魔が入ったわね……でも、O.P.Aミュージアムなんて聞いたこともないわ。ネットの情報によると東京にあるらしいんだけど、なんだか怪しいわね。叩けば埃の出るやからかもしれないわよ?」


 鏑木邸を出た後、守田と須賀利は自分達の車の中でそんな会話を愚痴混じりに交わす。


「ああ、そういわれてみれば……よし。探りを入れてみるか……ああ、僕だ。守田だ。ちょっと調べてほしいことがある……」


 そして、須賀利の言葉に相手の弱味を握れるかもしれないと考えた守田は、すぐさまスマホを取り出すとオカルトウォッチャーのギーク仲間に電話をかけた──。




「──まいったな。あの二人、なかなか諦めてくれそうにないしな……もしもし、甘沢くん? 少々厄介な状況になった。ちょっと手を貸してくれるかい?」


 一方、此木戸の方も、駅に向かって長閑な田舎道を歩きながら、博物館にいる有能な助手へと電話をかける。


「……いや、素人だが有名なオカルト系某チューバーだ。こちらに探りを入れてくるかもしれない……ああ、痛くもなくはない腹を探られても面倒だからね。ちょっと強引だがあの手でいこう……」


 彼も守田・須賀利コンビ同様、相手を打ち負かして河童のミイラを手に入れるべく、その電話の相手にある秘策の実行を命じた──。




 その夜……。


「──やっぱり変だぞ、あのO.P.Aミュージアムっての。豊洲にその名前の建物はあるようだが、いつも休館で営業実態がないそうだ。まあ、たまに人や物の出入りはある見たいだけど、いったい中で何をしていることか……」


「脱税目的のペーパーカンパニーの財団法人版? あるいは古美術盗品の横流しの拠点にでもなってる……ってところかしら?」


 お仲間から調査報告を受けた守田と須賀利は、宿泊しているホテルの一室で此木戸に対する疑念を大いに膨らませていた。


「だが、こいつは使えるな……よし。鏑木さんにこのことを教えてやろう。この話を聞けば、さすがにあのエセ学芸員にミイラを譲る気もさらさらなくなるだろうさ」


「いい考えね。じゃあ、さっそくわたしが電話を。さらにダメ押しの色仕掛けも加えてね……あ、夜分すみませぇーん。昼間におうかがいした須賀利ですぅ。じつはぁ、大変なことが判明しましてぇ。これはどうしてもお伝えしなきゃいけないかなって思いましてぇ……」


 そうと決まれば早々に、須賀利は鏑木家に電話をかけ、いつにない猫撫で声で千早の籠絡に取りかかった──。

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