コレクト - File01 河童のミイラ

平中なごん

一 旧家のミイラ

 熊本県某所。古き良き日本の原風景が残る田園地帯のただ中、ひときわ立派な白壁に囲まれたお屋敷の座敷に此木戸蔵夫これきどくらおは座っていた。


 縁側から流れ込む朝の爽やかな空気には、秋特有の枯れ草の匂いが微かに入り混じり、ただ息を吸い込むだけでもなんとも心地が良い。


 だが、彼がこの村を訪れたのは都会の喧騒を逃れ、長閑な田舎の景色の中でリフレッシュするためではない。


 彼の目的はこのお屋敷──〝鏑木かぶらぎ家〟において、ある重要な資料・・を調査することにあった。


 鏑木家はいわゆる〝豪農〟というやつで、江戸時代から続くこの村の旧家だ。その鏑木家の土蔵の中から、最近、たいへん奇妙で珍しい物が発見されたと、その界隈の人々の間では密かに話題となっている……。


 その奇妙で珍しい物とは──河童のミイラである。


 見つけたのは現当主の鏑木千早ちはや氏。

先月、父・暮威くれたけ氏が亡くなったために家を相続し、それで何かお宝でもないかと遺品の整理がてら屋敷内を物色していたところ、土蔵の奥にしまいこまれていたそれを発見したのだという。


 だが、それは故暮威氏の所有物ではない。また、その手のミイラは火難除けの目的で、先祖代々、屋根裏に祀られていたりすることが往々にして見られるのであるが、そうした類のものとも違っているようだ。


 そのミイラの入っていた古めかしい木箱の箱書きによると、どうやら祖父の英利ひでとし氏がどこからか買い求めたものらしかった。


 祖父の英利氏という人は、これがなかなかどうしてドラマチックな人生を送った人物で、鏑木家の次男として生まれたために当初は家督を継ぐような立場にはなかった。


 そこで、若くしてメキシコへ移民し、当地で大農園の労働者として従事した後、貯めたお金で雑貨商を開くとこれが大成功。一躍、町有数の大金持ちにまで上り詰めた。


 ところが、太平洋戦争が始まると日本人への風当たりが強くなったために財産を持って逃げるようにして帰国。召集されるも自身は戦火を生き抜いたものの、長男の兄が戦死したために鏑木家の家督を継ぎ、戦後は農家としても成功を収めるという波瀾万丈の人生を送ったようである。


 ま、そんな刺激的な生き様が影響したものか? 好奇心旺盛で変な蒐集癖ある人格形成がなされたらしいので、河童のミイラの一体や二体、怪しげな古物商などから購入していてもさほど不思議はないであろう……。


「──O.P.Aミュージアムの……学芸員の此木戸さんでしたね? あの、O.P.Aミュージアムというのはいったいどういう……」


 差し出した名刺を眺めながら、対面に座る鏑木千早が怪訝そうに尋ねる。


「はい。O.P.AはOrient Space Artifacts──即ちオリエント地域工芸の略です。当居館では広義にアジアまでを含む東方の伝統的工芸品を収集・研究する活動を主に行っております」


 その問いに、いつもよく訊かれる質問なのか? 言い淀むこともなくすらすらと、此木戸はそう簡潔に説明をする。


「先日、DMでも申しました通り、O.P.Aとしましてはご当家のミイラにたいへん興味を覚えまして、ぜひとも拝見させていただきたく本日は伺った次第です」


 続けて此木戸は、すでにSNSを通じてやりとりしていた事柄ではあったものの、改めて訪問理由も現当主・千早に対して述べる。


 此木戸がその存在を知ったのは、千早が投稿したSNSの記事によるものだった。そのキャッチーなオカルトネタにその投稿は大バズリをし、彼ら・・の目にも止まることとなったわけだ。


「ええ。無闇に他人ひとには見せないことにしておりますが、学芸員さんに調べてもらえるなら願ってもないこと……こちらがそのミイラになります」


 すでに話はついていたため、すんなり千早は頷くと、傍に用意してあった長さ1mくらいの木箱をテーブルの上に乗せる……そして、その古めかしい木の蓋をおもむろに開け放つと、中には実に奇妙な物体が入っていた。


 身長は小学校低学年くらい。エジプトのミイラのように包帯は巻いておらず、全身白ちゃけた灰色をしているが全裸であるらしい。


 だが、股間に生殖器はなく、三本しかない手の指は足に比べて異様に長い。細身の胴に対して頭はやけに大きく、バランスを欠いている印象だ。


 眼球は見当たらないが眼窩と思われる穴もまた巨大で、顎の細い顔の大部分を占めている。また、河童のミイラとうたってはいるものの、頭頂部に皿のようなものはない……人間のようでもあるがそうでもないようでもあり、造りものとも思えるがそう断言できる根拠もない。


「これはまさしく……」


 だが、こうしてSNS上で見たそれの実物と直接対峙してみて、此木戸はある確信・・を得ていた。


「唐突で申し訳ないですが鏑木さん、よろしければこのミイラ、ぜひともうちの博物館に収蔵させていただけないでしょうか?」


 それがある種・・・の〝本物〟であると認識した此木戸は、O.P.Aの博物館学芸員として次なるステップへと進む……即ち、鏑木家のミイラを収蔵資料にしようというのだ。


「残念ながらご当家に伝わるものも、実在する河童という生物のミイラであることはないでしょう。ですが江戸時代から明治にかけて、我が国では河童や人魚などの精巧なミイラが作製され、海外との貿易における隠れた特産物となっておりました。そうした技術を伝える工芸品という意味においては極めて重要な資料なのです。その貴重な文化財を後世に伝えていくためにも、環境の整った博物館で保管することが最も望ましいのです」


 一歩踏み込んだものへと目的を変えた此木戸は、かのミイラの文化財的価値と、それを博物館で所有することにおける有用性を千早に説いて聞かせる。


「まあ、私も最初から本物とは思ってませんし、仰る通り工芸品や骨董品としての価値もわかっているつもりです。それに博物館へお預けすることも嫌なわけではないのですが……」


 するとその説得に、千早も悪い気はしていないようではあるものの、なぜか難色を示す。


「いや、もちろんタダとはいいません。相場も考慮して200万で購入させていただきたいと思うのですが如何でしょう?」


「いや、そういうことではないんです。その金額に不満があるわけでもないんですけど……その……」


 その難色にお金の問題かと購入金額を口にする此木戸だったが、千早は手を前に出してそれを否定すると、何かを気にするかのようにして背後の襖へと視線を向ける。


「その通り! 問題は金ではなく先客がいるということだ!」


「そう! わたし達というね」


 と、その視線に呼応するかの如く、パン…! と勢いよく襖が左右に開いたかと思うと、若い男女の二人組が声高らかに姿を現した。

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