第2話

「あ、あれ……どこに行ったんだろう……」



 澄夫は困った様子で辺りを見回す。修二達を見失い、辺りを彷徨う事数分、澄夫は困りきった顔でその場に立ち止まった。



「どうしよう……見失わないように気を付けながらついてきたはずなのに、これじゃああの人達を見つけるのはもう……」

「俺達に何の用なんだ?」

「え!?」



 驚きから澄夫は飛び上がる。震えながら背後を向くと、そこには落ち着いた様子の修二と苦笑いを浮かべる和の姿があった。



「あなた達は……」

「さっきから誰かついてきてると思ったけど、どうやら#字衆__あざしゅう__#の一味ではないみたいだな」

「あざ、しゅう……?」

「えっとね、ここ最近怪人がいっぱい暴れてるのは知ってるよね?」



 和の問いかけに澄夫は頷く。



「はい。さっきもトゲトゲの奴が暴れてて、それをこの人が倒しているのを見て、僕はお二人の力になりたいなと思って後をつけさせてもらったんです」

「アイツは#悪字__あくじ__#。字衆達に奪われた漢字に人の悪意を宿されたことで生まれる怪人だ。お前が見たっていうのは、【刺】の悪字だな」

「悪字、そして字衆……」

「それで? お前は誰なんだ?」



 修二が警戒しながら聞く中、澄夫は少し緊張した様子で答えた。



「ぼ、僕は硯澄夫です。大学二年生で、専攻は……」

「そこまで話さなくていい。とりあえず字衆じゃないならそれでいいから、さっさと帰った方がいい。力になりたいという気持ちはありがたいが、戦いに巻き込まれて命を落とす可能性は大いにあるからな」

「え……」

「たしかに、修二には文字皇ワドの力があるからいいけど、私だって戦いの時は邪魔にならないように離れてるからね」



 修二が頷いていると、澄夫は恐る恐る手を挙げた。



「あ、あの……文字皇ワドっていうのは?」

「文字の力を使う事でなる事が出来る存在だ。もういいだろ、ほら早く自分の家に帰った方が──」

「ないんです」

「え?」

「僕、自分の家がないんです」



 暗い顔をする澄夫の姿に和は心配そうな顔をする。



「家がないって、どういう事?」

「僕は孤児院に住んでいて、本当の両親の顔すら知らないんです。でも、お二人の言う悪字という怪人が孤児院を襲って、院はめちゃくちゃにされた上に他の孤児達や職員さん達は姿を消してしまったんです」

「姿を消したって……修二、まさかそれって!」

「……ああ、恐らく俺達の家族を消した奴と同じだな。硯とか言ったな、ソイツの姿は覚えてるか?」

「あ、はい……シルクハットを被った燕尾服姿の怪人で、指をパチンと鳴らした瞬間にみんな消されてしまったんです」

「やはりか……!」



 修二は怒りに満ちた表情を浮かべ、それを怖がりながらも澄夫は和に話しかけた。



「お二人もあの悪字にご家族を消されてしまったんですか?」

「うん、そうなんだ。修二のお父さんは剣道と書道の二つを教える師範さんで、修二は師範代だったの。それで、私は幼馴染みのお隣さんで、その縁もあって一文字流剣道道場と一文字流書道教室の生徒になってたんだ。ただ、ワードロストが始まってすぐに私達は家族を消されてしまって、師範代の修二が今は師範として道場と教室をやってるんだけど、この状況なのもあって他の生徒さん達は一斉に辞めてしまった上に新しい生徒さんも来ない状態になってるの。因みに、一人でいるのも不安だし、修二のサポート役として私は修二の家に住まわせてもらってるよ」

「そんなことが……そういえば、さっきはどこにいたんですか? 見失わないように気を付けながらついてきてたはずなんですけど……」

「それはね、これのおかげ」



 和は修二が持っていた正字覚書を手に取る。



「あ、おい!」

「別にいいでしょ、見せるくらい。これは正字覚書っていうもので、ここにはこれまでに悪字を倒して取り返してきた漢字が記されてるの。しっかりと部首ごとに並んでるよ」

「正字覚書……」

「それで、ここに記されている漢字に触れると、その漢字に応じた力が発揮されるんだ。私達が使ったのは、【透】の漢字が持っている透明になる力だよ」

「透明……それは見えないはずですよ」



 澄夫が大きく息をつくと、修二は和から正字覚書を受け取り、澄夫に視線を向けた。



「さっき、住んでた孤児院がめちゃくちゃにされて、他の孤児達や職員達が悪字に消されたと言っていたが、お前はどうやって暮らしているんだ?」

「どうにか孤児院を片付けてそこに住んでます。ただ、もう廃墟みたいになってるので、住んでるというよりはただ寝るだけの場所みたいになってますけど」

「それでも場所があるなら今は帰れ。お前が悪字に関わる理由もないしな」

「そんな……」

「修二……」



 修二の言葉に澄夫と和が肩を落とし、修二がふんと鼻を鳴らしていたその時、修二は何かに気づいた様子で自分達が歩いてきた方を見た。



「この気配……悪字か」

「え、わかるんですか?」

「文字皇ワドの力を使えるようになったからだと思うんだけど、修二は悪字の気配を感じ取れるようになったんだ」

「なるほど……」



 澄夫が納得する中、修二は気配を探るために意識を集中した。



「気配は……近いな。俺は悪字を倒しに向かう。お前達は被害が及ばないように離れたところにいろ」

「うん、わかった」

「ぼ、僕も見ていていいんですか?」

「このまま追い払ってもどうせまた現れるからな。和も自衛の手段はあるから、それに守ってもらいながら静かにしていろ。わかったな?」

「は、はい!」



 澄夫が答えた後、修二達は気配がした方へ向かって走り始めた。

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文字皇ワド 九戸政景 @2012712

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