文字皇ワド

九戸政景

第1話

 文字、それは古くから人間の文明の中にあるものであり、その種類も数多くある。ひらがなやカタカナなどがある文字だが、ある時から人間達の生活からそういった文字達が失われた。


 文字があったという事実こそ記憶にはあっても、それが何なのかわからず、言葉として発する事は出来ても書く事が出来ない。人々はこれを“ワードロスト”と呼び、それと同時期に現れ始めた謎の怪人達による被害も増大していた。



「……この辺りでいいか」



 ある日の事、人で賑わう街中にフードで顔を隠した人物が立っていた。黒のパーカーに深緑のジーンズといった格好の人物は何もないところから一冊の本を取り出すと、ページを開きながらその中に書かれている“文字”をなぞった。



「ふふ……文字を失っても人間の悪意は消えることはない。言葉として残った分、その手段が減っただけでそれ以外は何も変わらないからな」



 フードの人物は近くにいた男性に静かに近づくと、クスクス笑ってから男性に手をかざした。そして男性から黒い玉のような物を抜き出すと、本の中の“刺”の字に触れさせた。すると、黒い玉は刺の字の中へと入っていき、ページが紫色の光を放つと同時にフードの人物の隣には異形の怪人が現れた。



「さあ悪字、存分に暴れといで」


 

 頭や肩、太い腕や足から鋭い刺を生やした緑色の悪字はフードの人物が音もなく消えると同時に大声を上げながら全身の刺を四方八方へと飛ばした。


 飛ばされた刺は建物や車などに当たると、大きな爆発を起こし、その音で悪字に気づき、悲鳴や助けを求める声を上げながら逃げ出し始めた。


「ふははっ! そうだ、逃げ惑え! その愉快な姿をもっと見せてみろ!」



 楽しそうな声を上げながら【刺】は自身の刺を再び辺りに飛ばし始め、それによって起きる爆発に人々は更に逃げ惑った。その光景に【刺】が満足そうな声を上げ、人々を追うために踏み出し始めたその時だった。



「そこまでだ、悪字!」

「む?」



 逃げていく人々の中を駆けてくる青年の姿に【刺】は「ほう」と声を漏らす。



「人間、貴様は何者だ」

「俺はお前達の敵だ。これ以上被害を増やさないためにもここでお前を倒す」

「面白い冗談だ。ならば、俺の刺で貫いてやる!」



 【刺】は腕を大きく振るって青年に刺を飛ばした。しかし、青年はそれに対して動じることなくどこから取り出したベルトを腰に巻いた。



「……一筆」



 青年はベルトの正面の白い部分を指でなぞる。すると、そこには【字】という文字が浮かび、それは虹色の光の文字となって刺から青年を守り、その光景に【刺】が驚く中で青年には虹色の光から生み出された兜や甲冑が装着されていった。そして全てを身に纏うと、そこには銀色の身体に赤いマント、額に角が生えた金色の目を持つ何かが立っていた。


 

「俺の刺が……! 貴様、何者だ……!」

「俺はワド、お前達のように悪意を宿されてしまった文字達を正すために戦う皇、文字皇ワドだ!」

「文字皇……ふん、たいそうな名前だが、次こそ俺の刺で貴様の身体を貫いてやる!」



 【刺】は頭を大きく振り回した。それによってワドに向かって多くの刺が飛んだが、ワドは怯えることなく手で目の前をなぞった。



「……【けものへん】」



 三本の線を空中に描くと、それは灰色の光となってワドの右手に宿り、右手は長い鋭い爪に変化した。ワドはその爪を振るって飛んできた刺を打ち落とすと、それに【刺】が驚く中で続けて空中をなぞった。



「……【くにがまえ】」



 真四角を描くと、それもまた灰色の光となってワドの胴体に宿り、開いた腹から現れた砲台は【刺】に対して強力な砲撃を放った。



「ぐうっ……!?」



 砲撃によって【刺】がダメージを受けると、すかさずワドは空中をなぞった。



「【鳥】」


 

 鳥の字は白い光となってワドの足に宿ると、ワドの足は鶏を思わせる鋭い爪を持った雄々しい物に変わり、ワドは右足で飛び上がってから空中で縦に一回転してその勢いを利用して唯一刺が映えていない【刺】の腹をその爪で引き裂いた。



「あぐぅ……! ば、バカな……ただの人間ごときにこの俺がここまでやられるわけが……!」

「お前達と同じで俺も文字の力を扱っているからな。そう簡単に負けるわけがないだろう」

「ならば……この一撃で終わらせてやる!」



 【刺】はワドから軽く距離を取ると、身を縮こまらせて全身を球体へと変化させた。無数の刺を生やした球体となった【刺】を前にワドは右手の爪を左手で軽く撫でた。



「それがお前の一番の攻撃ってことか」

「その通りだ。さあ、俺に押し潰され、そのまま刺によって全身を串刺しにされるがいい!」



 【刺】はワドに向かって勢いよく転がり出す。その勢いと威圧感、速さは圧倒的だったがワドは装備していた物を全て消すと、ベルトの横のスイッチの一つを押した。すると、目の前には【槍】の字が浮かび、それは細い筆のような槍へと変化した。



「ボクショードでもいいけど、相手が刺してくるならこっちもこのショドスピアーで対抗だな」



 ワドは余裕そうに言うと、ショドスピアーを構えた。そして【刺】が飛び上がり、刺が生えた自身の身体でワドを押し潰そうとする中、ワドはショドスピアーでそれを受け流してからショドスピアーを持ち直して、その先で【刺】を強く突いた。



「はあっ!」

「ぐあっ!?」



 ショドスピアーの一撃を受けた【刺】がたまらず身体を戻していると、ワドはショドスピアーの根元に触れた。すると、ショドスピアーの先は朱色に染まり、ワドはそれを見ながら倒れている【刺】へ体を向けた。



「さて、そろそろ決めさせてもらうぞ」

「ま、まだだ……が、があぁっ!」



 立ち上がった【刺】が走ってくると、ワドはショドスピアーを右手に持ちながら【刺】を正面から見つめ、空中をなぞった。



「……ショドスピアー・壱式」


 空中に浮かぶ黒い【壱】の文字はショドスピアーの先に力を与え、【刺】とワドの距離があと数歩というところまで縮んだ時にワドはショドスピアーを上に投げ、自身も飛び上がって【刺】に向けてショドスピアーを蹴り飛ばした。



「はあーっ!」



 立ち止まった【刺】を赤いオーラを纏ったショドスピアーが貫いた後、ワド自身も勢いを利用して【刺】に対してキックを繰り出した。



「はあっ!」



 ショドスピアーでダメージを受けながら動きを止められた【刺】はエネルギーを纏ったワドのキックを受けると、火花を散らし始めた。そしてショドスピアーをワドが抜き、そのまま歩いていく中、【刺】は静かに倒れてから大きな爆発を起こした。



「一文字流槍術・壱式【翡翠舞かわせみのまい】」



 静かに口にした後、ワドの変身は解け、青年の姿に戻った。



「今回のは【刺】か。突き刺すような言葉を言いたい悪意を刺の字に宿した悪字。字衆がいたはずだけど……いつも駆けつけた時にはいなくなっている。くそっ、いつになったら奴らの足取りが掴めるんだ……!」



 青年が怒りを声に宿しながら言っていると、そこには一人の女性が近づいた。



「修司、今回も倒せたね」

「和か。ああ、今回のもまだ大したことはなかったけど、今後はもっと強いのが出てくるはずだ。気を引き締めていかないと」

「そうだね。とりあえず正字覚書せいじおぼえがきを見てみよ」

「そうだな」



 懐から取り出した正字覚書という名前の書物を取り出すと、一文字修司はページを捲った。そしてその中に刺の字を見つけると、満足そうな顔をした。



「これでよし。これによって刺の字がこの世界に戻ったはずだ」

「中々使う機会がない文字だけどね。でも、少しずつ文字を取り戻していくのが私達の使命だし、これからも頑張っていこうね」

「もちろんだ。とりあえず道場に戻ろう」

「了解しました。一文字流剣術師範兼一文字流書道師範様!」

「その言い方は止めろって……」



 上川和の言葉に修司はため息をつき、二人は歩き去っていった。



「す、すごい……あの怪物を前にしてもあんなに落ち着いてる上にすぐに倒しちゃった……」



 二人の事を陰から見ていた人物は感激した様子で言うと、物陰から姿を見せて両手を握り合わせた。



「僕もあの人の力になりたい……よし、後をつけてみよう!」



 ブレザー姿の少年、硯澄夫は笑みを浮かべると、修司達が歩いていった方へと駆けていった。

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