第6話 真実と「真相」

 彼女がストーカーに追われているということを、まわりは知っている人がいなかったので、

「彼女を殺害する動機が分からない」

 と捜査本部は考えてしまっていたが、それが急転直下という形になったのは、事件が起こって一週間ほどしてから、ある女性が訊ねてきてからだった。

 彼女は、最初、

「名乗り出るつもりはなかった」

 ということであったが、警察がまったく事件の本質をつかんでいないと思えたので、名乗り出たのだということだと思えると、桜井刑事も、さすがに今回の事件に対して、

「どう考えればいいのか?」

 ということを考えされらてしまったのだ。

 今回の事件というのは、確かに最初から、何か、分かりにくいところがあった。

 犯人は、確かに、防犯カメラには映っていて、被害者との口論の末に刺されている。

 しかも、刺したということは、

「凶器を持っていた」

 ということなので、普通に考えれば、

「殺意があった」

 と思ってもいいだろう。

 しかし、彼女が、

「男性に殺されるような恨みを買っていたのか?」

 ということになると、まわりの証言は、

「そこまで親しい人はいない」

 ということであった。

 そして、防犯カメラの映像を拡大して写真にして、知人に見せると、誰もが、

「こんな人知らない」

 ということになるのだ。

 桜井刑事がもっとも得意とする、

「事件解決の推理」

 ということのためにそろえるべき証言が、中途半端にしか得られずに、そして、真実というものが、

「衝動殺人ではないか?」

 という方向に向けるしかないほどのものでしかなかったのだ。

 しかし、そんな時に出てきた、

「別の証言は、少なからず、捜査本部に、衝撃を与えた」

 といってもいいだろう。

 しかし、それは、

「衝撃というよりも、刺激だ」

 といった方がいいかも知れない。

 というのも、桜井刑事は、自分の中で、

「五里霧中という言葉があるが、霧の中をさまよっているような気がしていた」

 というのだ。

 それは、

「霧の中をさまようというのは、見えていないという感覚だけではなく。映る影のでき方などが、曖昧で、しかも大きく見えたりすることで、大いなる錯覚を与えるものではないだろうか?」

 と感じさせることからであった。

 だから、大きくなるという感覚は、

「錯覚を多くする」

 という意味もあれば、

「解釈を増やす」

 ということでもある。

 つまりは、錯覚と解釈という、それぞれ相対するものが、

「それぞれが大きくなると、反映される反対側も大きくなる」

 という感覚を覚えさせるというものであった。

 それが、

「事実は一つしかないのに、その状況から、真実は一つではない」

 ということを、改めて感じさせるということになるのだろう。

 しかも、桜井の推理には欠点がある。

 というのは、

「疑い始めるときりがない」

 ということであった。

 推理が、最初から最後までうまくつながった時は、

「切れ味鋭い名推理」

 というものが展開されるのであるが、それが途中で少しでもブレてしまうと、

「気が付けば、まったく違ったところに向いてしまっていた」

 ということになってしまう。

 それを考えると、

「桜井刑事の推理が、時々切れ味鋭く展開される」

 ということで、確率という意味で、捜査本部の想定内なので、

「名探偵」

 ともてはやされることになっている。

 しかし、桜井刑事は、欲がないわけではなく、本人とすれば、

「毎回、名推理を発揮したい」

 と考えるのは、

「警察官という仕事に誇りを感じている桜井刑事としては、当たり前のことのように思っていた」

 ということである。

 それがいつも発揮できないのは、それが、なかなかできないということでの、

「ジレンマ」

 というものがあるからであろう。

 これまでの事件と考え合わせてみると、

「やはり、証言から一つの真実を導き出すには、あまりにも、得られる証言に信憑性はない」

 ということで、その原因として、

「証言というものは、どんなに似たものであっても、若干それぞれに違うものである。だから、その小さな違いを見つけ出すことで、そこから、一つ一つの小さな真実を見つけ出し、最終的に、大きな真実に行き当たることで、一本の線にすることが当たり前だ」

 という

「一本の事実」

 を確定させるということになるのだろう。

 それを考えていると、

「何が事実なのか?」

 という霧が立ち込め、そこに、分からない影が次第に大きくなることで、事件の真相に近づけていないと思っているのであった。

 ここで

「真相」

 というものが出てくるが、これが何かというと、しいていえば、

「真実と事実の間」

 といっていいのかも知れない。

「事実を重ねたものが、真実」

 ということになるが、その過程において出来上がるものが、真相である。

 この真相は、いくつもあるものではないが、事実を重ねなければできるものではなく、警察の仕事はこの真相を究明するということになってくるのだ」

 そして、警察はその真相から、

「さらに真実を見つけ出さなければ、事件は終わったとはいえない」

 と判断し、警察が、証拠であったり、その時の全体的な状況を判断し、

「公判を維持できる」

 と考えた場合、起訴することになるのだ。

 検察としても、

「起訴して、裁判になったはいいが、結果、負けてしまう」

 ということになると、自分のことはおろか、警察組織というものに、泥を塗ることになってしまい、これからの警察の捜査がやりにくくなるということで、

「警察の権威」

 というものを地に落とすということになってしまうであろう。

 それだけは避けなければならないということで、検事という仕事も結構辛いところがあるといえるだろう。

 しかも、相手は弁護士である。

「依頼人の利益を守る」

 ということが、何といっても最大の仕事であり、それが一番のモットーであるという弁護士は、もちろん、真実の探求が一番大切なことだということは分かっているのだろうが、それでも、

「真実というものが、依頼人の利益につながらない」

 ということであれば、何としてでも、依頼人の利益を守る方に舵を切らなければならず、結局、

「事実よりも、依頼人の利益を大切にする」

 ということで、

「ウソもつかなければいけない」

 というわけだが、それは、

「ウソではなく、詭弁」

 ということになるだろうが、それも仕方のないことだ。

 きっと弁護士も、

「ウソではなく。詭弁」

 ということに苦しんでいるかも知れない。

 その心の葛藤から、ひょっとすると、

「曖昧な時点で、うまく事件を治めよう」

 としてくるかも知れない。

 そのことが、弁護士や被告にとって、そのような結果になるのかということは、裁判官の裁量にもよることであろう。

 今回の事件は、正直分からないことが多かったところに、

「一人の鶴の一声を浴びせるに十分な証人」

 というのは現れた。

 この証言というものは、実にタイミング的には衝撃的なタイミングだといってもいいだろう。

 この証言が出てきたことで、桜井刑事は、モヤモヤしていた感覚がまたしても、

「殺人事件」

 という考えに傾いていったのだ。

 しかも、まだ何も確証めいたものがなく、

「証拠を集めている」

 という状況だった頃に戻ったかのようで、

「時を戻す」

 ということは、

「一度通りぬけた場所を、もう一度通るということで、一度目には感じなかった事実がさらに出てくる」

 というものだ。

 その時、

「前の事実と、感覚的に違って見える」

 ということから、

「一つであるはずの真相が少しブレてきた」

 と感じるようになってきた。

 そして、再吟味を自分の中で行うと、いくつかの、

「自分の中での解釈の違いが出てくる」

 ということだが、これが二度目ということになれば、以前に達した真相というものが、何倍にもなって、真相というものが厚く、さらに

「激アツが、鉄板となってくる」

 と感じられた。

 激アツというのが、

「真相に一番近い」

 というものであり、これが鉄板ということになると、さらに、

「真相というものを飛び越えて、真実の確定」

 というほどのもので、当たりは確定しているうえに、その先のプラスアルファというものが、

「真相の数倍」

 という意識を植え付けることになるということになるのだろう。

 それを考えると、

「時を戻すことが、鉄板を呼ぶ」

 ということだといえるであろう。

 証人がいうには、

「彼女には、明らかにストーカー行為をする男性がいたんです、その人のことをどうして、警察は捜査しようとしないんですか?」

 というのであった。

 警察とすれば、

「いろいろな人に証言を求めたんだけど、ストーカーの存在というものはおろか、彼女が誰か男性を付き合っているというような話は出てこなかったんですよね」

 というと、

「そうなんですか?」

 とその友達を名乗る女性は、それを納得できかねるかのように答えた。

 それは明らかに、自分でもびっくりしている話に、戸惑っているかのように思え、桜井刑事の目には、

「信じていた友達である被害者の新藤かすみが、どこか信じられない」

 という感覚になってきたかのようだった。

 しかし、その証言を元に、桜井刑事も、

「もう一度考え直してみないといけないかな?」

 と感じた。

 それは、どこかぎこちないと思わせる、何かがあったのだ。

 かすみは、

「自分で立てたこの計画を、ある意味、自信を持っているからこそ、実行したのだろう。まさか殺されるとまでは思っていなかったのかも知れないが」

 と、桜井刑事は、この事件の動機に、

「被害者であるかすみが、ほう助したのではないか?」

 というところまで感じているようであった。

 ほう助というのは言い過ぎかも知れないが、少なくとも、どこかに、

「狂言」

 というものが孕んでいる。

「そう、どこかが狂っている」

 と感じた。

 だから、

「理路整然とした推理」

 を展開する桜井刑事と、

「事実、真相、真実」

 というものを理解し、

「真相を真実に近づける」

 ということのために、

「効果的な事実をぶち込む」

 という方法を取った被害者は、それだけ、

「自分にストーカーがいる」

 ということを思わせて、警察を翻弄しようと思ったのだろう。

 その真相ともいえる動機が彼女のどこにあるのかということは、

「実際に本人が死んでしまった」

 ということだから、永遠の闇に消えてしまい、

「永久の謎と化してしまった」

 ということになることだろう。


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