第四話 デボーション(4/5)※
その夜のお風呂は、いつにも増してアヴリルのペースで、弥生は何もかも彼女の望むままに翻弄された。
手で口を覆い、唇を噛み締めて、さんざん戯れ合って、真冬だからと何度も追い焚きをしたせいで、逆に湯あたりしそうになった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出せば、先に弥生の部屋へ行ったアヴリルの声が聞こえてくる。
「弥生」
「待ってください。今、行きますから」
この夜も、お風呂だけで終わりにしてくれるような彼女ではなかった。
その辺りはいつもと同じことだからわかっている。アヴリルの体力というか、そういうところはよくわかってはいるのだけれど。
しかし、さすがになんでもお願いを聞くなんて、無謀なことを簡単に言うものではないと少し思った。なぜなら、これは中々ハードだったから。
けれど、自室に入れば、彼女の様子がいつもと微妙に違う気がした。
この部屋にひと組だけ置いていた、彼女専用のロングTシャツとスウェットを身につけたアヴリル。
ベッドに腰を下ろした彼女の目元が少しだけ赤らんでいるように見える。こういうレア顔は滅多に見られないというのに、本日、なんとこれで二度目だ。
「弥生。もう一つ、お願いがあるのだけど」
「え?」
「その……クローゼットを開けても、いいかしら」
「いいですけど、どうしたんですか?」
彼女にしては珍しく言い淀んで、ずいぶんと変わったことを言うなと思いながら、動きを見ていた。
そして、程なくして目の前に現れた、彼女の手にある赤いものに、弥生は大きく仰け反ることになる。それは昨日、水無月が勧めてきた、正にそれなのだ。
とんでもなくミニスカートなサンタクロースのコスプレ衣装。くらりと来そうなほど煽情的なドレス。その裾の長さは、スカートの意味があるのだろうか。
衣装を手にしたアヴリルは、どこかばつが悪そうに弥生を見上げている。これもまた、超絶レアな表情だ。撮影したい――って、今はそれどころではない。
そんな衣装を着てしまったら、胸なんてほとんど露わである。そこまで自慢できるほど豊満なものを持ってないです、私。知ってるくせに。
「だ、誰が着るんですか」
「あなたよ」
「へ、へ……」
「変態で悪い?」
やだ。この人、開き直っちゃったよ。
だがこのとき、急にピンと来たのだ。アヴリルは、わざわざこんなものを買いにいける人ではない。フェヴリエ曰く、彼女は妙なところでむっつりだからだ。
恐らく、これは舞の入れ知恵だ。きっとそうだ。だから、水無月も一緒になってあんなことを言っていたのだ。
昨日、「サンタコスでリボンでもかけて、弥生ちゃんをプレゼント」などと言われたことを思い出す。どうやら、あの二人もそれなりに仲よくしているらしい。その上、こんなに大胆な贈り物をアヴリルにするなんて。
***
彼女がサンタコスを手に入れる経緯を話してくれたことで、弥生の仮説はすぐに証明された。
続けて語られた、ここ数日の理由。なぜ、弥生に対してよそよそしくしたのか、避けるような態度を取ったのか。
受験勉強などで忙しいせいもあったのだと口を濁してから、彼女が非常に言い辛そうに明かした事実は、弥生を拍子抜けさせるには充分すぎた。
「そんな。私の知らないところで部屋に入ったからって、怒りませんよ。私だって、アヴリル先輩がいないときにお家に上がらせてもらったことがありますし」
「そ、そう?」
そんなことで別れ話まで想像して怯えてた私って、一体。
だが、そんな弥生の様子にほっとしたのか、アヴリルのほうは自信を取り戻したように見える。真一文字に引き結ばれた唇に、またゆっくりと笑みが上る。
「話を戻すけれど、あなたは今日一日、私の言うことをなんでも聞くと言ったわね」
「そ、それは言いましたけど……」
「このお願いは聞いてもらえないの?」
「わ、わかりました。わかりましたから」
期待に満ちた双眸にじっと見つめられた弥生は、もはやお手上げだった。
ここで着替えればいいじゃないという言葉にだけは頷けないので、リビングでいそいそとサンタコスを身につけ、アヴリルの前に立つ。
刹那、弥生の姿を捉えたアヴリルは目を瞠った。次いで、眩しげに灰茶色の瞳を細める。視線が全身を、それこそ舐めるように足元から這い上っては、また足の先まで戻っていく。
「……ど、どうですか?」
無言の眼差しに耐え切れず、蚊の鳴くような声で問いかければ、ぐいっと腕を引かれた。
体を裏返されて、今度は背中から見つめる視線が痛くて、そして恥ずかしくて。今にも震えそうな体のラインを両手が撫で下ろす感覚に、弥生は必死で耐えていた。
不意に、アヴリルの指先がぴらりとスカートの裾を捲る。
「ちょっと、アヴリル先輩……」
あなたは小学生ですか!
我に返りかけた弥生には、彼女が内心、ものすごく浮足立っていたことなんてわからなかった。
ふと言葉を発しないままの唇が、大きく開いた弥生の背中に軽く触れた。
「ひゃっ」
小さな悲鳴を上げると、体ごと彼女の膝に載せ上げられ、向き合わされ、辛うじてそこに生まれていた胸の谷間にも唇が触れてくる。
「こんなに煽情的なサンタクロースは見たことがないわ」
熱いため息と共に囁かれる言葉に、弥生の体の奥が疼く。見下ろせば、揺れる切れ長の瞳が、まるで哀願でもするかのように見つめていた。
こっちの台詞です、それは。あなたのほうこそ、どうしてそんなに苦しげな――切ない目をするんですか?
至近距離で見上げてくる双眸を見つめ返せば、否応なしに弥生の体も反応し始める。
「よく似合っているわ」
「アヴリルせんぱ――」
近づく灰茶色の瞳が濡れたような輝きを湛え、反射的に目を閉じれば、柔らかく唇を塞がれた。
口内を擽るような舌それはすぐに奥深くまで届き、やがて息が上がるほどの激しい口づけに変わって、目まいを起こしそう。
「あなたは、本当に私のことが好き?」
「好きです。そんなの、決まってます」
「それなら、もうよそ見はしないでちょうだい」
「よそ見なんて……」
そんなことはしないと答えたかった弥生の唇に触れる彼女のそれは少しだけ震えていて、いつものアヴリルとはやはり違って見えた。
「どこにも行かないで」
そう告げる彼女の唇は、吸いつくように弥生の顎先を掠め、そのまま喉元へと落ちていった。
©涼水藍那2024.
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