第二話 ソリューション(2/2)※
アヴリルに更衣室の鍵を閉めてもらいながら、弥生は昨日の出来事を反芻した。
舞と水無月の前でなんとか自分を取り繕い、意気消沈しながら店の前を掃き掃除していたところにやって来たのは、隣のクラスのフェヴリエだった。
さっきのやり取りを見られていたことを知る由もない弥生が、「何か悩み事でもあるのではなくて?」と優しい言葉をかけてくる彼女に誘導され、アヴリルと恋人であることを話した上で、ずっと抱いていた疑問をぶつけてしまった。
未だに、“女の子の胸は大きいほうがいい”とか“触り心地のよさそうな胸”とか“浮気”とか“二股をかけるつもり”というフレーズを脳内でぐるぐるさせていた弥生は、無意識に愚痴の吐きどころを探していたのだ。
「やっぱり、女の子の胸は大きいほうが、アヴリル先輩は好きなんでしょうか」
「うーん、わたくしはどちらでもいいと思いますが。ですが、妙なところでむっつりな、姉様はどうでしょうね?」
「……アヴリル先輩が、むっつり……」
「もしかすると、姉様は――」
初めて知るアヴリルの新情報に狼狽える弥生に、フェヴリエはさらに追い打ちをかけた。
フェヴリエが去ってからもしばらくぼーっとしていたが、完全に打ちのめされた弥生は働く気力を失くし、その日は体調不良ということにして早退させてもらった。
そして今日、着物から学校指定の制服に着替えようというときに、ようやくのろのろと和装ブラを外し、思い切って検分にかかる決心を固めたところだった。
改めて現況を把握し、対策を練るためにも、自らの胸に向き合ってみようと思ったのだ。着物を脱いだところで、アヴリル本人が更衣室に来るなんて、想像もしていなかった。
真っ赤になりながら手早く着物を整える間、向こうを向いてもらっているアヴリルに種々問い質された弥生は、しぶしぶながらぽつぽつと経緯を話す。
舞と水無月の噂話はさすがに黙っていたが、それ以外を途中まで話したところで、アヴリルが盛大なため息をついた。
「フェヴリエが、またくだらないことを」
「全然、くだらなくないです。重要なことです」
「他には何を言われたの?」
「あの、ええと……その、私の小さい胸じゃ、アヴリル先輩が、ぬ、ぬ……」
「私が、ぬ?」
「ぬ、ぬ……濡れないかも、って……」
耳を疑う言葉に、アヴリルは絶句する。意味を理解すると同時に、彼女の口から出たものは、弥生が今まで聞いたことがない怒声だった。
「心外だわ!」
その声に、反射的に振り返った弥生がびくりと固まる。こちらを向いたアヴリルの目は明らかな不愉快を露わにしていた。
もはやアヴリルは、何に対し、誰に対して憤るべきかさえ、よくわからなくなっていた。
「大体、なぜあなたはフェヴリエの戯言を信じるの!?」
「だ、だって……」
「そういうことなら、今ここで確かめてみればいいわ」
「確かめる……?」
「私が、あなたに……。つまり、私があなたと触れ合って、ぬ、濡れないのかどうかを、よ!」
言うが早いか、アヴリルの両手が伸び、弥生の体を引き寄せて抱きしめた。息が苦しいほどに強い力で締めつけられて、弥生が小さく呻く。
胸が苦しくなって喘ぐ唇が、逃してもらえずに塞がれる。こじ開けるように侵入する舌が、彼女のそれを探り出せば、吐息が絡み合う。
「私がこれまでどれだけ自分を抑えてきたか、あなたは知らないでしょう」
「アヴリル、先輩……」
「胸の大小なんて問題ではないわ。弥生だから。好きな人の体だから、見て、触れて、愛したいと、私は思うの。それなのに、なぜそんな誤解を……」
「ア、アヴ、リ……」
顔を傾け、何度も角度を変え、弥生の唇を貪るアヴリルが息を継ぎ、切ない声で囁く。腕の力を緩めてほしいと肩を軽く押し返すが、彼女は応えず、それどころか、余計に力が込められた。
再び口づけながら、アヴリルは制服のネクタイを取り払い、弥生の手を取って自分のほうへ導いた。何をするのかと見ていたら、彼女のスカートの中に消えていく。
「……え?」
驚いたのは、その行動にではなかった。指先に、熱いぬかるみを感じる。
彼女のショーツの中は、なぜと思わずにはいられないほど、とろとろに濡れていたのだ。ぬめりが指に絡みつき、流れ落ちた雫が掌に小さな水溜まりを作る。
「わかるでしょう? 私は、あなたに欲情しているの」
「アヴリル……せん、ぱ……」
「これが初めてというわけではないわ。ずっと、私は」
「アヴ……っ」
「弥生。……いいかしら?」
応える代わりに、弥生はきつく目を瞑り、アヴリルの体に抱きついた。
くすりと吐息を漏らしたアヴリルが、弥生の後頭部に手を添えたかと思うと、一度だけ撫でるように髪を滑った。
***
その頃、更衣室の外では。
「うーん。恋人同士のイチャらぶに、私がとやかく言う権利はないんだけどぉ……」
中々戻ってこない弥生とアヴリルのことを心配して、様子を見に来た水無月が、呆れたようなため息をついていた。
「抜き打ちで始まるカップルのあれそれに、どう対処しろって言うんだか」
それは主に、人払いや見て見ぬ振り、その他だろう。
水無月の自宅を兼ねているこの和菓子店で、行為に及ぶことに関して思うところがないわけではないものの、大事な友人が笑顔でいてくれることは、やはり嬉しいもので。
「でもまあ、トップは寝首を掻かれるのが常って言うしねぇ。弥生ちゃんって、男子から結構人気があるし、せいぜい鳶に油揚げを攫われないように気をつけてくださいねぇ」
アヴリルが聞いていたなら捨て置かなかったであろう物騒な言葉を呟いて、水無月は残った仕事を片づけるために、その場をあとにするのだった。
***
「アヴリル先輩。あの、そろそろ手を……」
「あと少しだけ」
アヴリルに後ろから抱きしめられた弥生は、彼女の手がいつまでも自分の胸をまさぐってくる現状に、少々困っていた。
あんなにコンプレックスだったCカップを、アヴリルが思いのほか愛でてくれたところまではよかったが、行為が済んでも、彼女は一向に体を離してくれる気配がない。
弥生の脳裏に、“フェチ”という言葉が浮かぶ。
(もしかして、アヴリル先輩って貧乳フェチ……?)
それはそれで悪いというわけではないが、あまりにも触られすぎて、なんだか変な気持ちになってくる。
ふと空腹を感じた。何しろ、昨日の舞と水無月の会話を聞いてから、食事もろくに喉を通らなかったのだ。
「なんだか、お腹が空いちゃいました」
「それなら、いいものがあるわ」
ようやく弥生から離れたアヴリルが手早く身支度を整えたかと思うと、テーブルの上に置いていた通学鞄に手を伸ばし、中から包みを取り出す。
「それは?」
「大福餅なのだけど、食べる?」
「大福餅?」
「昨日、学食で見かけてね。弥生が好きそうだと思って、買っておいたの。舞が言うには、普通のものより大きいらしいわ。なんでも、餅のこしも甘みも強いとか」
「え?」
弥生は一つを手に取り、まじまじと見つめ、次にアヴリルに視線を移し、ひととき思案した。確かに、開かれた包みの中にあった大福餅は、普通に売っているものより大きい。
「どうしたの? 弥生。食べないの?」
「い、いえ、いただきます……!」
大きく口を開けてかぶりつけば、弾力の強い餅と、みっしり詰まった餡は甘く、とても美味しかった。小さく笑ったアヴリルの指が伸びてきて、唇の端についた粉を拭ってくれる。
その瞬間、弥生は自分の心の中に未だうっすらと蟠っていた霧のようなものが、今度こそ綺麗に晴れていくのを感じた。
もぐもぐと口を動かしてひと口を飲み込むと、弥生は曇りのない幸せな笑顔を見せた。
「アヴリル先輩、大好きです」
「どうしたの? 突然」
「本当に本当に、大好きです。アヴリル先輩」
面映ゆげに目元を染めたアヴリルがこの上なく優しい笑みを浮かべて、弥生の唇の端にまだ残る粉を拭うように口づけた。
©涼水藍那2024.
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