28:私は苦しい

 一週間が経った。

 二年二組の出し物はカジノで決まり、約一カ月後の文化祭に向けて、私たちは放課後、皆で準備に勤しんでいた。


 私の班が担当するカジノはトランプゲーム。

 私はじゃんけんで負けてカジノディーラーを務めることになってしまった。


 カジノといったらバニーガールだよねー、真白は胸あるしいけるよ、なんて無茶振りされ、いやとんでもないあんな破廉恥な格好絶対嫌だと断固拒否し、すったもんだの末、メイド服+うさぎの耳というスタイルで落ち着いた。


 私と交代になる五十鈴は「メイド服なんて着るの初めてー」なんてはしゃいでいた。


 私の班はノリの良い女子しかいない。

 仲の良い女子が集まったおかげで私の班の準備は順調だった。


 去年も楽しかったけど、今年はもっと楽しい文化祭になりそうで、いまからわくわくしてしまう。


 そんな私の班とは対照的に、UNOの担当班に所属する小金井くんは、相変わらず空気を読まない発言で和を乱していたりする。もう皆慣れ切って、まともに取り合う人なんていないけれど。


 高校の文化祭もあと二回しかないんだし、楽しめばいいのに。

 彼はとてももったいないことをしていると思う。


「いまさらだけどさ、カジノってのはなかなかいいアイディアだよね。題材がゲームだから、お客さんたちにも楽しんでもらえるだろうし」

 みーこの発言で、私の注意は引き戻された。

 私とみーこは放課後の賑やかな教室の一角で、飾り付け用の花を作っている。


 私と同じ班のメンバー、五十鈴たちは買い出しに行き、他のクラスメイトたちは離れた場所でそれぞれ作業しているため、いま私の近くにいるのはみーこだけ。


「お化け屋敷よりは準備も楽だし」

 オレンジ色の小さな折り紙を折りながら、みーこがお化け屋敷を引き合いに出したのは、漣里くんのクラスではお化け屋敷をするらしい、と私が言ったせいだろう。


 漣里くんのクラスは一年三組。

 私たち二・三年がいる教室棟とは渡り廊下で繋がった、一年棟の二階。


「お化け屋敷っていったら段ボールも大量にいるよね。段ボールを黒く塗ったりとか、窓を塞いだりとか、設営がめちゃくちゃ大変そうだけど、成瀬くんはクラスメイトとうまくやってるのかねぇ」

 みーこは一年棟がある方向を見やった。


 文化祭準備が始まってからずっと、私は彼のことばかり気にしている。

 これまでは孤立していてもどうにかやり過ごせただろうけど、全員参加のイベント事にはどうしても、クラスメイトとの交流が必要になってくる。


 独りぼっちの彼がどんな憂き目に遭っているのか、想像するだけで胸が締めつけられる思いだった。


「……ラインで聞いてみたら、それなりに、って返事は来たけど」

「それなりに、か。一応準備には参加してるけど、ハブられてるって感じかなぁ」

「…………」

 ……心配だ。

 でも、私にできることなんて何もない。


 誰よりも漣里くんがそれを望んでない以上、余計なお世話にしかならないんだもの。


「……遠目にでもいいから、こっそり様子を見に行きたいんだけど、二年が一年棟に入るのは気が引けるんだよね……一・二年が同じ校舎だったら良かったのに」

 出来上がった青い花を完成品に重ねて、小さくため息をつく。


 この一週間で三回ほど、私は漣里くんと学校で顔を合わせる機会があった。

 一回目は登校途中。二回目は移動教室。


 三回目は昨日の下校途中、校門付近でのことだ。

 三回目は隣にみーこもいた。


 私を無視した漣里くんを見て、みーこは「なにあれ」と怒っていた。


 私よりも怒って見えたみーこには、仕方ないよ、と答えるしかなかった。

 そう、仕方ない。


 学校以外では普通に話してくれても、学校で出会ったときは無視される。

 それが私たちのルール。


 でも、確かに目が合ったのに、見ず知らずの他人のように顔を背けられるのは、少々――いや、本当は物凄くショックだ。


 そうすると言われていても、覚悟していても、泣きたくなってしまう。

 無視した後は必ずフォローしてくれるんだけど、なんでって。

 どうしてって、つい思ってしまう。


 私も他の学生カップルみたいに仲良くしたい。

 お昼を一緒に食べたり、くだらないことで笑ったりしたい。


 漣里くんの傍にいたいのに、そんな単純な願いが叶わない。


「あんたさあ、本当にこのままでいいわけ?」

 肩を落としたまま、のろのろと次の折り紙をとった私に、みーこが真剣な表情で聞いてきた。


 いいわけがない。

 喉まで出かかった言葉をぐっと堪える。


「……それが漣里くんの望みだもん」

「違う、私が聞いてるのは成瀬くんじゃなくてあんたの意見。彼氏があることないこと好き勝手に言われてるこの状況、我慢できるわけ?」

「しょうがないじゃない」

 人が苦労して胸の奥底に沈めている不満を無遠慮に突いてくるみーこを、私は睨みつけた。


「私にどうしろっていうの。何もしないでほしいって言われてるんだよ? ごめんって謝られたんだよ? 我儘をぶつけて困らせたくないの。嫌われたくないの」

「ふーん。彼女でいたいがために我慢するんだ。健気だねぇ」

 喧嘩でもしたいんだろうか。


 睨む私を無視して、みーこはぽいっと、折り紙の花の山の上に、完成したばかりのオレンジ色の花を指先で放った。

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