27:リア充爆発しろ!

「ところでさー、成瀬くんが野田を殴ったってのは事実なんでしょ? あのガタイのいい野田をぶっ飛ばすなんて凄いよねぇ。格闘技でも習ってたの?」

「兄貴が昔、柔道を習ってて。教えてもらった」

「そうなんだ?」

 これは私も初耳だった。


「ああ。俺より兄貴のほうが遥かに強いよ」 

「えー、成瀬先輩が柔道やってたなんて意外ー。華道とか茶道とかならわかるんだけど。着物とか絶対似合うし、超見たい……って、まあそれは置いといて。中学のときに女子を階段から突き落としたっていう噂は嘘なんだよね? でもそれ私、ほんとにそうだって成瀬くんと同中の後輩から聞いたことがあるんだけど」

「ああ、それはふられた女の腹いせ」

「へ?」

「え?」

 みーこと一緒に見つめる。

 漣里くんは書類でも読み上げるように、淡々と語った。


「学校で一番可愛いとか言われてた女子に呼び出されて、屋上で告白されたんだけど、俺は好きでもなんでもなかったから断った。そしたら勝手に階段から落ちて転んでて、俺のせいにされたってだけ」

「な!?」

 耳を疑う真相に、私は口をあんぐりと開けた。


「はあ? なんじゃそりゃ、とんでもない女子もいたもんね」

 みーこも立腹したらしく、柳眉をつりあげた。


「成瀬くんは否定しなかったの?」

「最初のうちは。でも、そいつ、外面だけは天使だったから。友達も多かったし。男も女もそいつの言いなりで、別のクラスの奴まで味方につけて、徒党を組んで悪者にされたら、太刀打ちできなかった。だんだん付き合うのも面倒くさくなって、もう好きに言えばいいと思って」

「……で、事実は捻じ曲げられ、ありもしない過去が捏造された、と……」

 淡々と説明する漣里くんに、みーこは額に手を当てて、ため息をついた。


「気持ちはわからないでもないけど、そこは頑張ろうよ。全力で否定しようよ。それをさぼったおかげで、女子の間じゃ有名な話になっちゃってるよ? 私だって信じてたし。その噂だけじゃなくて、他にも酷い噂が流れてるってのに、ほんとに成瀬くんはこのままでいいわけ? 野田を殴ったのだって誰かのためなんでしょ?」

「いいよ」

「…………」

 漣里くんの肯定に、みーこは黙り込んだ。

 本人がいいのなら部外者が口を出す筋合いではないと思っているのだろう。

 でも、正義感が強く、曲がったことを嫌う彼女の顔には抑えきれない不満が滲んでいた。


 漣里くんはなんとも思ってないような無表情だけど、でも、そんなわけない。

 濡れ衣を着せられて、複数の男女に非難されて、それはそれは傷ついたはずだ。


「……漣里くんに告白した子って、この学校にいる?」

 固く手を握り締めながら尋ねる。


「いや、別の学校」

「……そう。残念……ここにいたら、いますぐにでも漣里くんの前に連れてきて、土下座させるのに」

 限りなく低い声で、ぼそっと呟く。


「や、やだあ。真白さんってばこわーい」

 みーこが引き攣った笑顔を浮かべて一歩引いた。

 漣里くんも私がここまで怒るとは思っていなかったらしく、意外そうな顔。

 だって、本当に許せない。


 その子は一体どういう神経してるの?

 外面は天使でも、中身は最低じゃないの!

 胸の底からマグマが沸き立っているように熱い。

 手のひらの皮膚に爪を立てても、私の怒りは収まらなかった。


「……俺、女が嫌いだった」

 突然の漣里くんの告白に、私は戸惑った。

 手から力を抜き、耳を傾ける。


「昔から、目つきが悪くて怖いとか、無口でつまらない奴とか悪口言われて、敬遠されてたし。それでも寄って来るのは全員顔目当て。中学のときのその事件が決定打だった。それなりに仲良かったはずの奴まで汚物でも見るような目で見てきたし、放課後には複数の女子に囲まれて女の敵だとか罵倒されたし、皆こんなもんなのかって失望した」

「それはそうだよ……そんなことされたんじゃ、嫌いになって当たり前だよ」

 深く同情して、俯く。

 女性不信になったっておかしくないほど、漣里くんの過去は酷い。

 漣里くんが悪評にも何も言わず、じっと押し黙ってるのも、その一件のせいで慣れて、諦めちゃってるからなのかな……。


 漣里くんの心境を思うと、なんだか泣きそうになってしまった。

 そんなのやだよ。

 私はどうにかしたいよ……。


「誰とも付き合う気なんてなかった。真白に会うまでは」

「え」

 足元のコンクリートから、漣里くんへと視点を移動する。


「真白は俺の中身を見てくれた。いまも俺のために本気で怒ってくれてる」

 小さな風がさらりと漣里くんの髪を揺らした。

 漣里くんの口元が緩む。

 その思いがけないほど優しい、仄かな笑みに私の胸が大きく跳ねる。


「だから、好き」

 あまりにもストレートな告白に、私の顔はぼんっ!! と火をつけたように熱くなった。

 ……れ、漣里くんは照れ屋なのに、たまに破壊力抜群の殺し文句を言ってくることがある。

 大抵は不意打ちだから、私はいつも振り回されっぱなしで。

 顔から湯気が出ているような気がする。


 この暑さは絶対、太陽のせいなんかじゃない。

 みーこ、口笛吹かないで! 茶化されたら照れ死にするから!!


「そ、そうですか……それはあの、光栄です」

 私は冷凍マグロのようにカチコチに固まり、ぎくしゃくとお辞儀。

 漣里くんの台詞のおかげで、私の怒りや物思いはどこかへ吹き飛んでしまった。

 多分、そのために言ってくれたんだよね……あああ恥ずかしい! 嬉しいけど照れます!!


「で、でも、私のほうが漣里くんのこと好きだからっ! 私のほうが漣里くんのこと好きな自信あるものっ」

 私は恥ずかしいやら照れるやらで、目をぐるぐる回しながら両手を振った。


「いや、俺のほうが」

「いやいや私!! だめ、そこは絶対譲れない!!」

「………………」

 漣里くんの顔が赤くなったことに気づいて、恥ずかしさはもはや臨界を超えた。

 二人して真っ赤になって俯いていると。


「あーもうリア充どもめ爆発しろぉぉぉ!!!」

 私と漣里くんは、浮気性の彼氏と絶賛絶交中のみーこに泣きながらどーんと突き飛ばされたのでしたとさ。

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