第2話 時之天
瓶眼鏡の彼女のおかげで、そこそこの余裕をもって入学式にたどり着けた。
ここ『三須香学園』は偏差値こそ、そんなに高くはないものの、マンモス校であると共に様々な授業形式や授業内容を抑えているという、今この国でも有数の熱い学園なのだ。といっても別に入学式は他と違って超巨大な施設を借りて盛大に行うとかそういうものがあるわけではない。普通に校長先生の話は長いし、髪は剥げている。
長い話と密集した空気で若干心がやられ始めたころにようやく入学式が終わり、げんなりとしながら担当の先生の指示に従って、学園生たちは荷物を持って各々のクラスに案内される。
クラスも席が多いのと、田舎の学校に比べると少し今風というか、白を基調とした机などのデザインも含めて、やや大学っぽさがある感じは上京してきた身としてはかなり高得点だ。
事前に渡されていた番号の場所の机に座る。隣の席には既に誰かが座っており、挨拶でもしようかなと席に座って声をかけようと彼女の顔を見た時
「あーっ!?今朝の!」
あの瓶眼鏡の彼女が隣の席だったのだった。びっくりしすぎて大きな声をあげながら立ち上がったものだからクラス中の注目を浴びる。流石に恥ずかしくなって何事もなかったという顔で席に座ってごまかす。ごまかしきれているわけないけど。
それはそうと何という偶然なのだろうか、というかこんなことがあるのだろうか。彼女は彼女でどんな反応をしているのかとチラッと見ると彼女もこちらを見ていて、こっちの視線に気づいたのか小さく手を振ってくれる。妙にうれしそうなのは気のせいじゃないと思う。
無視をするのは流石に悪いのでこっちも手を振り返してあげる。彼女には悪いけど、こんな一目でわかる不審者と知り合いだとバレたのはちょっと嫌である。知り合いというほど関わってもいないけど。
それから直ぐにチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきて点呼を行う。
授業などは入学初日なこともあって行わず、学園の制度の話や授業形式の説明などの話になる。この学園は必修科目と選択科目の二種類と、授業形式も普通授業とオンライン授業まであり、更に部活動以外にも様々な活動や研究などにも力を入れている。それ故に色々な立場の人や目的の人も入学しているらしい。
学園の説明も終わり昼前に下校になる。知り合いや友達も周りにいないし、実家に写真も送りたいし最近話題の映えというのも意識したお店にも行きたいなと考えながら荷物を整えていると
「あ、あの」
「?」
隣の席から、瓶眼鏡ちゃんがもじもじしながら声をかけてくる。
「い、一緒に帰りませんか...?」
「え? うん、別にいいよ」
私が同意すると小さくガッツポーズをしてせっせと荷物整理を始める。なんだよこの子、見た目の割にめっちゃ可愛いじゃん。
学園を出て街に出るとやはりと言うべきか隣の彼女に視線が集中する。最高のプロポーションに絶望的な顔面装飾品のハーモニーは芸術的な美貌への冒涜である。
「それで一緒に帰るのはいいんだけど、直ぐに帰っちゃうのも何か味気ないしご飯でも食べに行かない?」
「おぉ...! いいですね、青春してるみたいです!」
「...ご飯食べに行くだけだよ?」
「私、同級生とご飯とか食べに行くの初めてなんです」
「そ、そうなんだ」
どうしよう無性に涙が出そうになる。コミュニケーションが苦手そうな子だとは思ったけれど、ここまでとは...。
そうだよね、顔にマスクと瓶眼鏡と帽子とかいう壊滅的ファッションセンスだとそうなっちゃうよね。
「どうせだし、食べたいもの選んでいいよ。えっと...ごめん自己紹介の時に聞いたはずなんだけど忘れちゃった」
「時之です。時之ときの 天そら」
「おぉ、芸能人みたいな名前だね」
「そ、そうでしょうか...?」
「そうだよ、かっこいいじゃん」
「時之...いや天の方が言いやすいからさ、名前で呼んでもいい?」
「もちろんですよ」
瓶眼鏡の子...天は照れくさそうに頬をかく。
「それで何処に食べに行く?」
「私、カレーが食べたいです」
「カレーかぁ...そういえば外食でカレーって食べたことないかも」
「ね! 私もなんです」
「えぇ...? 大丈夫なの?」
「いえいえ、逆に、逆にですよ。挑戦する心が大事なんですよ」
中々アグレッシブな子である。
「じゃあカレーを食べに行こうか。近くで美味しそうな場所あるかな?」
「そうですねぇ...」
二人でスマホで検索しながらアレでもない、これでもないと相談していく場所を決める。こういうの修学旅行以来で少し楽しくなってついつい二人で話し込んでしまう。余計な話や別路線に話題が逸れたりしながら三十分ほどしてから美味しそうな本格的なカレー屋を見つけてそこに行くことにした。
「そういえば...えっと、あっ」
「ん?」
「...名前とか」
「あぁ! ごめんごめん。あかりだよ」
「あかりさん。」
「はい、あかりです」
しばらくの沈黙が二人に走る。
「...お見合いかな?」
「ふはっ、ち、違いますよ!もうっ」
「ごめんごめん、それで何を聞こうとしたの?」
「いえ、あかりさんも、ここ三須香の出身じゃないんですよね?」
「まぁね。私は潤田の方だよ」
「へぇ!潤田の方なんですか!」
潤田もそこそこ有名な場所でこの国でも有数の寒い地域だ。潤田に属する場所は多くかなり有名なところだけれど、実際何が有名なのかと言われるとみんなイマイチ出てこないのは、田舎の性なのかもしれない。
「天も三須香出身じゃないんだよね。何処にいたの?」
「私は紅夢の方に」
「紅夢かぁ、一度行ってみたいんだよね! 私、修学旅行は谷地だったから紅夢行ったことないんだぁ」
「住むには向かないですけど観光には良いところですよ」
「あはは! それはそうかも!」
話してみると意外と受け答えもスムーズで話しやすい子だ。自分から話題を振ることはあまりないけれど、全く振らないわけでもない。聞き上手でいい子なのだ。
あとはその顔のパーツにどうにかして私が話題を触れたいけれどソレはもう少し待ってほしい。絶対デリケートな話題だと思うし。
それにあの能力も気になる、あんな能力を持ってる異能者なんて聞いたことがない。もしあの能力を異能者がみんな持ってるとすれば電車や車なんて要らないしね。
「どうしました? 私の顔をジッと見てるみたいですけど...」
いやそれに疑問はないだろ見るだろフツー。
「いやなんでもないよ。それよりも、もうすぐ着くかな?」
「えぇ、多分。早く行きましょう!」
そうして入学初日、私は不思議な少女 時之天 に出会った。瞬間移動が出来る能力があり、訳ありっぽい様相。これからどんな生活になるのか私は胸を躍らせるのだった。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます