リトル・アストラル

@mohusan

第1話 最初の出会い

雪が溶け、まだ肌を覆う冷たさが抜けない季節。


出会いと別れの季節とされる今は、現実がそうであるように寒さが激しく、身体を厚く覆う服を手放すことは到底出来そうにない。




私、「知醒ちせ 明あかり」はこの春から高校デビューを果たす。


念願の高校生ということでワクワクや楽しみ、やりたいことや見たいものなどが沢山あると同時に不安も沢山ある。




地元は田舎で、青春はもっと輝きのあるものにしたい!


と半ば勢いで地元を離れて都会の学園に進学したものだから、周りに仲の良かった友達はいないし、そもそもこの辺りの地理なんか全くわからない。それでも、あんな田んぼと雑草だらけの公園しかない田舎で青春を過ごすよりは遥かにマシだと思えた。それに私がやりたいこと、見たいものはあんな田舎じゃ限られたものしかなくて、ここに来るしかなかったのだ。




進学する時に入学祝として買ってもらったスマホで地図を表示しながら、ああでもないこうでもない、と首をかしげて、何とか学園近くへ向かう駅までたどり着く。かなり無理を言って遠い都会まで進学させてもらったから、家は贅沢が言えず、学園とは少し離れた格安のアパートに住むしかなかったのだ。




しかし喜びも束の間であり、たどり着いた駅でとんでもないカルチャーショックを受けてしまう。




「えっ...どれに乗ればいいの~っ!?」




各駅停車の分布を見た時に思わず頭を抱えて大声をあげてしまう。


通りがかったサラリーマンがこちらを見たが、そんなことを気にしていられる余裕もない。だって一時間前に家を出たのに、街に並ぶ飲食店やおしゃれな洋服店に見とれていたり、そのせいで若干道に迷ったりしたせいで、もう三十分くらいしか時間がないからだ。スムーズに行ければ二十分かかるかかからないか位の時間で学園に着きそうだけど、正直ここから順調に物事が運ぶとは思えないっ!




そんな時に、ふと横顔に影が差してその方向を見る。


そこには同じ学園の制服を着た同志が立っていた。偶然の出会いと感激に、神様仏様と信仰もしていない偉い人たちに感謝をしながら隣に立った学園生に声をかける。




「ねぇ君!」


「えっ?あっ、は...はい」




隣の学園生は声をかけられるとは微塵も思っていなかったという感じで体を震わせ、緊張気味に返事をする。


すらりと伸びた長い脚、学園服越しでも分かる、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる最高のプロポーション。出来る女風の漂う彼女。だが視線が上に行って彼女の顔を見た時に思わず口角を引くつかせてしまう。




彼女の顔には顔を半分覆い隠さんばかりの瓶眼鏡、明らかに顔の大きさに合っていない巨大なマスクを着け、黒いキャップ帽を被った完全に不審者としか思えない装飾品で顔が覆われていたのだ。顔は完全防御状態なのに、主張の激しい透き通った宝石のような銀色の髪は嫌に目につく。しかもかなり挙動不審だし、完全にやましいことがある人としか思えなかったのだ。




正直な話、この人に声をかけて自分も何か良からぬ犯罪の片棒を担ぐというか、巻き込まれるのが怖いので早々に立ち去りたかったが、今はそんなことも言っていられない。背に腹は代えられないのだ。




「えっと、ごめんね急に話しかけて。私、最近引っ越して来たばかりでさ~。」


「あっ...えっと、はい」


「ここから『三須香学園』ってところに向かいたいんだけど、君も同じ学園生だよね?良かったらなんだけどさ、案内してもらえないかな?」


「えっと...すみません。私もちょうど、あの、迷ってて...私も引っ越して来たばかりで。」


「あ~なるほどね?」




まずいぞ、どうにかこうにか助けてもらうはずが迷子が一人増えてしまった。しかも挙動不審のどう考えても怪しいこの子と迷子になってしまったぞと、大変なことになってしまったと再び頭を抱えてしまう。そんな私を見て手をこっちに向けて見たり、ひっこめてみたりして、更に挙動不審を加速させていく隣の子。




「あ...あの」


「ん?」




ついに声をかけてくれるが、朝の駅の喧騒のせいもあるのか、遠くの虫の羽音のような小さい声に聞こえる。




「つ、ついてきてください!」


「え、ええっ!?」




彼女は私の手を引っ張って駅を駆けだす。


あぁ、やっぱりこの子はヤバい奴なんだ。きっとこれから拳銃とか持たされて、使い捨ての駒として銀行強盗とかさせられちゃうんだ...グッバイ私の青春ライフまた会う日まで。とかなんとか見当違いなことを考えながら彼女に合わせて走っていると、本当に暗がりの誰もいないところに連れてこられてしまう。




あれ、マジでやばいこれ???




「えっと、誰もいない...ですよね?」


「うん、誰もいないね」


「ほっ、これなら大丈夫ですね」




何もホッとできないですけど、何も大丈夫じゃないと思いますけど。何が起こってしまうのかという不安で私の心臓が入学式の挨拶前の拍手のようにまばらで大きく鼓動を鳴らす。


そんな私を尻目に彼女は何もない場所に手をかざす。なんだろう、秘密の扉でも開くのかな?なんて考えていると、手をかざしていた壁が波打った水面に映る景色のように歪み、歪んだ場所に蒼黒く吸い込まれるような大穴が出来上がる。




「ほ、本当に秘密の扉はあったんだーッ!?」


「は、はい?何がですか」


「いえ、何でもありません。...というかなにこれ」


「入ってみればわかりますよ」




そう言って彼女は先行して開けた大穴の中に入っていく。大穴の中から早く来てくださいとこちらに手だけをだして招く。私はごくりと唾をのんで恐る恐るその大穴の中に入った。








通って数秒の後、一筋の風が顔の横を通り抜ける。私は恐る恐る目を開けると...びっくりするくらいの典型的な路地裏にいた。あぁ、やっぱり怪しい人についていくんじゃなかった。子供の時にお母さんに教えてもらった教訓は間違ってなかったんだと、エア防犯ブザーを鳴らしながら命の覚悟を軽くしていると、視線の先で瓶眼鏡の彼女が手招きしている。




「こっちですよ」




もうどうにでもなれ、と彼女についていく。やがて薄暗い場所から抜けて朝の陽ざしに思わず目を閉じる。ゆっくり薄目をあけて目の前を見ると




「えっ...?」




そこは学園のすぐ前の通りだった。私たちがいた場所から学園まではおおよそ三~四キロはあり、この一瞬でたどり着いたのは、裏口からどうこうとかいう話ではない。同時にその光景が嘘ではないと証明するように、同じ制服を着た学園生たちをちらほらと見かける。


口をあんぐりと開けて驚いていると、隣の瓶眼鏡の彼女が声をかけてくる。




「着きましたよ。えっと...ほら、いきましょ」




そう言って不慣れな感じで手を差し伸べる。マスク越しで表情は良く分からなかったが、ぶっきらぼうに笑っている気がした。


...あぁ、都会に来てよかった。そうだ、私はこういうのが見たくて、色々な『異能』を見たくてここに来たんだ。

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