第5話

 シロナが「ファウストオークション」から帰りクロード邸へ着く頃には、地面は雪で白く塗りつぶされていた。雪の中、煙る息を吐きながら屋敷の中に入ると、やはり外観からは想像もつかない内部構造で、5階以上の階段があり、変わらずパッチワークのように窓や扉が付けられていた。しかし、今はもう出迎えの使用人は1人もいないので、以前よりも埃が目立ち、シャンデリアの明かりがついてもどこか寒々しく、がらんとしている。

 

 「ただいま…」


 シロナがそう言っても、出迎えの返事は返ってこない。ロイド戦争が始まって以降、彼は使用人の皆とも「お別れ」してしまった。戦争は100年以上昔に終戦締結したが、もう誰もこの屋敷に戻ってこない。シロナだけが、時が止まったようにここにいる。


 「……」


 シロナは1人、屋敷の中を歩き、奥の部屋へ向かった。

 階段を下り暗い廊下を抜けた先の扉をガチャリと開けると、そこは地下室だった。張り詰めた冷たい空気を無視してシロナは中に入り、トランクケースから「ハートクォーツ」を慎重に取り出した。そっとそれを胸に押し付けて抱きしめると、薄暗い部屋の中赤く光るその宝玉は熱を持っているのか、彼のかじかんだ指先をじんわりと温めていく。その熱に、昔頭を撫でてくれたクロードの手の温かさを思い出し、シロナの目のふちに涙が滲んだ。


 「これでやっと、また会える…」


 そう言って彼が見つめる先には、魔法陣を施された地面の上に寝かされた大きな球体関節人形だった。クロードのコレクションの一つ、「御命移しの人形」だ。魔力を流し込んでいないので、表面はつるりとした白い陶器のままだ。

 シロナがまだ吸血鬼になる前、クロードが


 「俺のコレクションについてだが…まぁ万が一俺に何かあった時は、シロナの好きにしてくれていいからな。」


と言っていたのが思い出される。その時は言ってる意味がわからず、シロナはただ曖昧に頷いていた。その様子にクロードは笑っているだけだった。それすらも今は遠く、過去の思い出だ。

 人形に近づき、シロナはその人形の胸元を開き、「ハートクォーツ」を慎重に入れた。すると「御命移しの人形」はその魔力に反応し、スルスルと変形して、黒髪黒肌のクロードの姿になった。シロナはそれの頬を一撫でした後、その人形のそばに、黒山羊の死体を並べた。


 「あとは…」


 更に自身の手首を掻き切って、そこに血をかけた。直ぐに傷は治癒してしまったが、ポタポタとシロナの手首を垂れて落ちる血が魔法陣に触れた瞬間、青白い光を放ち、そのまま人形たちを浮かせ、光の中に飲み込んでいく。キーーンと風を切るような、不可解な音を部屋に響かせながら、黒山羊とシロナの血液がぐちゃぐちゃ混ざり合い、変形し、圧縮され、人形の中に取り込まれていく。


「お願いします…どうか…」


 シロナは祈るように小さく呟いて、様子を凝視していた。その人の魂は心臓に宿るとされている。シロナは人形と黒山羊と自身の血液を血肉に、そして「ハートクォーツ」を心臓と魂として掛け合わせ、死んだクロードを復活させようとしていた。


 が、その願いも虚しく、バキン!と音がして、クロードの形をした人形は、砕け、壊れてしまった。


 「あ…!」


 シロナが思わず声を上げる。魔法陣もその瞬間に光を失い、ドチャリと生々しい音を立てて、壊れた人形はそのまま地面へ落下した。おそらく黒山羊と人形では、吸血鬼の器にするには耐え切れなかったのだろう。

 再び暗い地下室に、シンとした空気で満たされた。


 「………」

 

 シロナは、「クロードになるはずだったもの」を見下ろした。グチャグチャに割れた人形の腹から、血液が流れ出し、地面を赤黒く染めている。人型の体内を模した肉や内臓がこぼれ出て、獣臭い血の匂いがひろがった。潰れた顔面から、シロナと同じ紅い眼が、ポロリと落ちて転がり、こちらを向いた。それと眼があった瞬間、シロナは顔を歪め、膝から崩れ落ちた。

 

 「…っぅ、う…っ…」


 静まりかえる地下に、シロナの小さな嗚咽混じりの声だけが虚しく響いた。

 

 「クロード様…っ」


 名前を呼んでも彼は戻ってこない。以前のようにまた話したいのに、会いたいのに、あの笑顔を見たいのに、Ms.ローリー達も、クロードも、やはりどこにもいないのだ。そう思うだけで、シロナは胸が押し潰されそうに苦しくなった。

 何が「幸運と富の象徴『アドラの御仔』」なのか。何をやっても上手くいかないし、守れない。むしろ自分のせいで過去に争いが起き、結果死なせたことだってあるというのに。人を辞め、吸血鬼になったって、結局無力な生き物じゃないか。シロナは己を詰りながら、ただただ寂しさと絶望に打ちひしがれた。


 その時、カツン、と何か固いものがぶつかる音がした。そちらに顔を向けると、「ハートクォーツ」が中から溢れて血溜まりの地面に落ちているのが見えた。儀式は失敗に終わったものの、宝石は砕けていなかったようだ。


 「…クロード様…」


 黒山羊の血に塗れたそれを、シロナはそっと拾い上げて、両手で包み込むように持ち見つめた。心臓が鼓動するように、その宝石は煌々と優しく点滅していた。

 シロナはしばしそれを見つめていたが、ふと、何かを閃いたように目を見開いた。




 「…そうだ…そうすれば、きっと…」

 


 




 


 


 

 

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