冬
秋が終わって、雪国は鉛色の曇天に包まれた。曇天は初めに霙を、あとになって雪を降らせ、ここを白色に覆ってしまう。しかもその白は、さらさらとした白じゃない。それは重苦しい白だ。
私たちは三人で帰ることが習慣になっていた。。
けれど、牡丹雪が降りしきるクリスマスイブは違った。
私と雪はいつも二人で教室を後にしていた。私たちの他に友達がいる花とは、昇降口で合流していた。
ただ、この日は「白は先に行ってて。私と花は用事があるからさ」と言われた。花と手を繋ぐ雪に廊下でそう言われた私は、彼女の言うことを聞いて、独り、昇降口に向かった。
体のシルエットが二割増しになるくらいふっくらとしたダウンジャケットを着て、毛糸の手袋をはめて、黒いタイツを履いても、雪が降りしきる屋外に面している薄暗い昇降口は寒かった。
二十分後。
私のもとに現れたのは一人だった。
「雪、花はどうしたの?」
「勉強してから帰るって」
「どういうこと?」
雪の顔は微かに赤く、嘘を孕んだ声音は弾んでいた。
「とりあえず、行こ?」
でも、雪はあの場所で私の追及を許さなかった。彼女は降りしきる牡丹雪のように白い右手で、私の左手を取ると、冷たい白で彩られた透き通った暗闇に私を連れ出した。
互いの傘をぶつけ合いながら、私たちは雪でぐしょぐしょになった道を歩いた。それはいつもと変わらない歩みだった。けれど、私たちの間にいつもあった会話は無かった。
無言の中で私たちは、私たちがいつも別れる住宅街の十字路についてしまった。
「ねえ、白」
牡丹雪がしんしんと降る中、彼女は沈黙を破った。彼女の声は珍しくか細かった。けれど、私たちのほかに誰も居ないおかげで、そして彼女の声が凛としているおかげで、彼女の声はその輪郭が澱むことなく私の耳に届いた。
「なに、雪?」
彼女の顔は昇降口で見た時と同じように、微かに赤らんでいた。そして、体は妙に強張っていた。
「私ね、さっき、花に告白したんだ」
雪は白む息とともに、私の想像し得なかった言葉を紡いだ。私はその先の言葉を聞きたくなかった。けれども、彼女の表情と息遣いは、私の拒絶を許さなかった。
「それで?」
私の口は、私の顔は、随分と利口だった。雪に散々聞いてもらった我が儘の思い出が、私の強張りを解したんだと思う。
「良いって。付き合ってくれるって!」
私は自然な笑みを浮かべていたと思う。それだから雪は傘を投げ捨て、私に抱き着いて、喜びを爆発させてくれたんだ。
雪は犬みたいに、私の首元にぐりぐりと額を押し付けた。彼女の息は熱かった。彼女の髪は雪で濡れていてもくすぐったかった。
私は雪の体温に、雪の匂いに包まれた。けれど、その感覚は私のものじゃなかった。それは花のものだった。だから、私はいつもみたいに彼女の頭を撫でられなかった。
「ごめん……」
白む頭は、その言葉が私のものか、雪のものかを判別してくれなかった。でも、私の肌は、暖かくて湿った何かを首元に感じ得ていた。
私の恋した人は、私を選んでくれなかった。
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