秋
私が雪のわがままを受け入れるように、雪も私のわがままを受け入れてくれた。
私の家で二人っきりのとき、私が「抱きしめて」と言ったら、苦笑いを浮かべながらも抱きしめてくれた。「頭を撫でて」と言ったら、やっぱり苦笑いしながら頭を撫でてくれた。
雪は私のことを面倒なペットとして見ていたと思う。スキンシップを要求してくる手のかかる猫のように。そして、私も自由気ままで放っておけない猫のように彼女を見ていた(そう思っていたかった)はずだ。
夏休みが終わり、秋が更けた頃、雪は私以外の友達をやっと作った。しかも受動的に作った友達ではなく、彼女が自発的に作った友達だった。
晩秋。
私たちは彼女の友達と三人でお昼を取るようになった。二人きりの空間に、もう一人、花という彼女の理解者が加わった。
「白さんって、なんでこんな面倒な人と友達になろうとしたんですか?」
「花、面倒って……、まあ、自覚はあるんだけどさ」
耳が隠れるくらい伸びた焦茶色の髪が特徴的な花は、自由気ままな彼女を非難する癖があった。そして、彼女への文句を言うとき、彼女は決まって頬杖をつき、右耳元の髪を弄っていた。
花はこの日も癖の付いた髪を薬指で弄っていた。その気だるそうな仕草は、教室の窓から見える雪国の寒々とした曇天が持つ雰囲気に似合っていた。
「そういうところが雪の面白いところだよ」
「面白いですか、この人?」
「なんだよ、この人って。雪っていう名前があるだろ」
「名前で呼んでほしいなら、性格を矯正してください」
花はクラスメイトであるのにもかかわらず、私たちと話す時も、私たち以外と話す時も常に敬語だ。一度、「敬語は他人行儀過ぎるからため口でいいよ」と言ったら、「私にはこれが性に合ってるんです」と和やかな笑みと共に返された。
きっと、そういう他人行儀なところも雪を惹いた理由だと思う。
「性格が治ったら苦労しないよ」
「性格を治すのが教育ですよ」
「そんな教育、個性を潰すだけだよ。そんなんなら、私は退学するね!」
「雪。冗談でもそんなこと言わないで」
私は雪のこういった冗談が段々と許せなくなっていた。おどけであっても、自分の傍から彼女がいなくなることが許せなかった。だから、私の声は真剣になったし、そのたびに雪の表情は硬くなって、不貞腐れた。
「冗談に怒る必要なんてないじゃん」
頬を膨らませた雪は、視線を私から花に逸らした。花は溜息を吐くと、雪の綺麗な額にデコピンを食らわせた。
唐突な攻撃を食らった雪は額をわざとらしく抑えながら、花を睨みつけた。顔が整っている人の鋭い表情は、それが演技であるとわかっていても恐ろしい。
けれども、花は表情一つ変えず、気だるそうな表情で雪を訝しんでいた。これはいつも同じだった。
「なにするんだよ」
「なにって、白さんの言う通りだからですよ。学費払ってもらってるんですから、簡単に『退学する』なんて言っちゃ駄目ですよ」
「ちぇ、私ひとりかよ。ちぇ」
「一人って、雪が言い始めたことなんだから当たり前でしょ」
「白ってば、最近厳しいよー。もっと私に優しくてしてよー。私の理解者なんだからさー」
私がその行為によって態度を緩めることを知っている雪は、私に抱き着いてきた。
彼女の打算的な行為も、はじめは鬱陶しいだけだった。でも。それが彼女の温もりであり、彼女の匂いであることに変わりはなかった。だから、私は彼女の『打算』に乗ってしまう。彼女に優しくなってしまう。
「白さん。その人に優しくし過ぎない方が良いですよ」
「……けど」
「『けど』じゃないですよ。白さんが甘やかすから、その人はずっとのらりくらりとしているんです」
雪は私の肩に頭をぐりぐりと押し付けてきた。私はそんな雪の頭を優しく撫でた。そして、花は雪を甘やかす私を注意した。
「のらりくらりなんてしていないよ。私は、私の生きやすい様に生きてるだけ。私ってば、ほら、目立つからさ」
「雪、くすぐったい」
「ふふ、くすぐったくて結構!」
雪の声は、その生温い息と同時に私の肌をくすぐった。彼女のさらさらとした髪が肌に擦れて、なおさらくすぐったかった。でも、それが心地よかった。私にとって何よりの快感だった。だから、私は彼女の言葉を聞き逃した。彼女の真意を聞き逃して、私のわがままをずっと彼女に背負わせてしまった。
違う。
こんなのは言い訳だ。
雪の選択を認めたくないがための言い訳に過ぎない。
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