私と雪は自然と仲良くなった。

 それは私たちの気質が近かったからだと思う。彼女も、私も多くの人と関係を持つことが得意じゃないんだ。

 友達は少ないほうが良い。

 友達が多いと自分の『好意』さえ配慮しなければならないから。……

 ともかく、私たちは一緒にいるようになった。お昼は決まって雪と食べるようになった。

 休日も雪と過ごすことが多くなった。一緒にカフェに行ったり、服やアクセサリーを買いに行ったり、水族館や美術館にも行ったりした。多分、高校一年生に与えられたプライベートの大半は、雪との時間に費やされた。

 夏休みも雪と一緒にいることが多かった。

 ただ、夏休みの雪は冒険家だった。

 彼女と一緒にいるうちに気付いたことだけれど、彼女は気まぐれな性格の持ち主だ。ほんの一瞬間前まで熱中していた勉強も「飽きたー」って言って投げ出したり(その癖、総合点数は学年一位だった)、下校途中に出会った野良猫を意味もなく追跡して農道を徘徊したり、彼女は自分の感受性に従って生きている。

 だから、彼女に長期間の暇を与えたら、彼女は自分の興味が向くがまま、どこにでも行こうとする。


 八月上旬の晴れ渡ったある日。

 私は、雪の気が赴くがままの散歩(散歩と名ばかりの遠足)に参加していた。

 およそ、何も考えていないだろう能天気な雪と、へとへとに疲れた私は左右に青田しか見えない農道を歩いていた。そして、ノースリーブの白シャツと紺碧のジーンズに、コンバースの白いスニーカーを履いた彼女は、頭の後ろで腕を組み、空をぼうっと見上げていた。

「ねえ、これからどこ行く?」

「まだ歩くの?」

「そりゃ、もちろん」

 雪は軽妙な調子だった。

 雪と一緒にいる時間は好きだ。

 けれど、自分勝手に振舞う態度は嫌いだ。汗のせいで肌に張り付く白いワンピースも、靴底が擦り減ったサンダルも目に入れず、自分のことしか考えてない雪の態度は好きになれない。

「帰らない?」

「まだ、十四時だしね。帰らないよ」

 炎天下の十二時から歩き始めたのにも関わらず、彼女はまだ歩きたかったらしい。私はその言葉を聞いて、がっくりと肩を落とした。

「どうしたのさ。まだ二時間ちょっとしか歩いてないよ」

「歩きすぎ。というか、雪は何が見たくてこんな場所を徘徊してるのさ?」

 自由気ままな人間に、目的を尋ねる無意味さは分かっていた。けれども、雪の自分勝手な行動を止めるには、意味のない行動を人に強制している現状を認識させるほかないと思った。だから、不平不満を訴えるよう、私は立ち止まり、彼女に尋ねた。

「それ、いまさら聞くことじゃないよ。私と一緒にいるという選択をした時点で、それは無意味だよ」

 雪は立ち止まると、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、身を翻し、私を見つめた。端正な顔に浮かぶさっぱりとした表情は、雲一つない夏の蒼穹に良く似合っていた。

 ただ、彼女の調子は当時の私にとって我慢ならなかった。

「なにそれ。自分勝手すぎ」

「怖い顔しないでよ」

 酷暑と疲労によって煽られた苛立ちは、私に衝動を与えた。

 私はへらへらと笑う雪に背を向けて、来た道を帰ろうとした。

「あっ」

 実際、私は一歩踏み出した。けれども、疲れのせいで足がもつれた。私の一歩は、土埃に汚れた熱せられたアスファルトへの一歩となってしまった。

 私は目を瞑った。

 これから襲ってくる痛みに耐えるため、全身に力を入れた。

 でも、私の体は大丈夫だった。

 それは雪が倒れる私の体を支えてくれたからだった。

「ごめん、白のこと全然見てなかった」

 雪は私を抱きしめてくれた。

 多分、申し訳なさと彼女特有の衝動性がそうさせたんだと思う。彼女のさらさらとした髪が、瞼と鼻にこすれてくすぐったかった。

 彼女の温もりは心地よかった。体感としては暑苦しいのに、私は私の苛立ちを溶かしてくれる温もりにずっと浸っていたいと思った。

「……ごめん」

 雪の匂いと体温は、私に愛着を与えた。それはきっと愛玩の意味での愛着だったんだと思う。でも、彼女の細身を抱きしめているうちに、彼女の汗と私の汗が混じって、私の匂いと彼女の匂いが混じって、その愛着は意味を変えてしまった。

 私は雪を力強く抱きしめた。

「白。痛い」

「許してよ。いつもわがままに付き合ってるんだからさ」

「それを言われたら、何も返せないよ……」

 聞き分けの良い雪は、呆れた笑い声を漏らした。そして、何も言わずに私の頭を撫でてくれた。暑苦しいはずなのに、彼女は私を受け入れてくれた。

 私は嬉しかった。

 それと同時に悲しかった。

 もう、二度と以前の関係に戻れないことを確信してしまったから。

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