第一章 私が恋した人
春
高校の入学式。
雪国の春は、雪が溶け切ってもまだまだ寒い。風が吹けば、鳥肌が自然と立つ。
けれど、入学式の日、みんなの服装は薄手だった。女の子はタイツを履いていなかったし、男の子は学ランの襟に首をすぼめていた。
多分、野暮ったい姿で高校生活を迎えたくなかったからだと思う。それを考慮してなかった私は、中学校と同じように野暮ったい黒のタイツを履いていた。
私たちの教室は、おしゃべりで騒々しかった。みんな、同じ中学校出身の知り合いがいたらしく、卒業旅行のこととか、高校の勉強に着いていけるかとか、そんなことを話していた。
私もその一員になろうと、窓際の席から教室を見渡した。
でも、同じ中学校の人は誰もいなかった。
春の日差しを一身に受ける席に座っていても、体は寒さで震えていた。私は孤独に強烈な寒さを覚えていたらしい。中学生と変わらない野暮ったい服装で、誰よりも暖かい服装のはずなのに、私は教室に居た誰よりも寒さを感じていた。
「名簿三十五番の人?」
自分の席を探していた女の子の声は、疑問符でぼやけているはずなのに、やけに凛としていた。私はその声に小さく頷くと、出来るだけゆっくり、その子に顔を向けた。
「そっか。なら、今日からよろしく。隣の席みたいだからさ」
目の前には、冷たい印象を与える吊り目が特徴的な長身の女の子がいた。
「うん、よろしく」
彼女は端正な顔にカラッとした笑みを浮かべた。彼女の表情は、春の日差しで輝く濡羽色の長髪に良く似合っていた。
「タイツ。私とおんなじだ」
隣の席に座った彼女は、頬杖をつきながら私の脚を指さした。
私は彼女の言葉を確かめるため、すらりとした彼女の脚を見た。彼女の脚は私と同じ黒のタイツで包まれていた。
「みんな、寒くないのかな?」
「寒いでしょ。けど、見栄は張りたいでしょ。だから我慢してるの」
彼女は人を子馬鹿にするように、ニヤニヤと笑みを浮かべた。出会い頭に意地の悪さを見せつけてくる美少女に、私は(多分、かなり失礼だと思う)溜息を吐いた。
「なんで、溜息を吐くのさ」
彼女はわざとらしい不機嫌な声を出して、わざとらしく頬を膨らませた。
「意地悪だからだよ。綺麗な顔してるのに、腹が黒いなんてさ、溜息も出るよ」
「ふーん」
彼女はほんのりと顔を赤らめると、憎たらしい笑みを顔に貼り付けた。
「なにが面白いの?」
「ストレートに『綺麗』だなんて言うからさ」
意図しない本音が含まれていたことに、私の体は熱くなった。
「面白いね」
「面白くない」
「面白いよ。だからさ、名前を教えてよ」
「いやだ」
「これから隣の席なんだ、知らないと不便でしょ」
窓の方を向いて意固地になった私と、相反するように彼女は冷静だった。その声はおふざけとも、まじめとも言える声音だった。つまり、自分の感情を操っている人の声音だった。
私は彼女の態度がどちらなのか知りたかった。おふざけだったら、名前を教えるどころか、口も利かないつもりだった。
だから、私は彼女を見た。
彼女の顔は人に冷たい印象を与えると思う。けれど、彼女はその印象を全く抱かせない優しい笑みを浮かべていた。細められた目にはめ込まれた漆黒の双眸は、麗らかな陽を受けて輝いていた。
彼女は綺麗で、表情は真剣だった。
「白」
「白って言うんだ」
彼女は顎先に指をあてがいながら、小さな声で私の名前を繰り返した。その横顔は私と変わらない年齢のはずなのに、ずっと年上に見えた。
「私は雪。白、これからよろしく」
けれども、雪のカラッとした笑みにはあどけなさが残っていた。
「よろしく。雪」
私は雪が差し伸べた手を軽く握った。
彼女の雪のように白いほっそりとした手は、印象に反して暖かった。そして、この温もりが、私の孤独を溶かしてくれた。
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