りんご飴
村田アキ
第1話
「夜の夏祭りの匂い」
僕は「何を言ってるんだ」と鼻で笑いつつも、共感した。住宅街の奥で燃える夕日に焦がされた夜空の香りと生暖かい空気が鼻から抜ける。確かにそれは夏休みを思い出させるものだった。
夏休みが明けの気だるさも抜けつつあり、僕らはいつものように二人で学校からの帰路を歩いていた。
「ねぇ、りんご飴食べたくない?」と唐突に彼女が言い出す。幼いころから彼女はいつも突拍子のないことをいう人間だった。
「りんご飴なんて、どこに売ってるんだよ。あんなの屋台にしか売ってないだろ。」僕は不機嫌そうな顔をしながら答えた。
彼女はそっぽを向く僕の後ろを回り込んで、僕の目をまじまじと見つめる。女性にしては長身の、僕より少し高い身長の彼女に見つめられると、 なんだか少し威圧感のようなものがあって怖気ついてしまう。
「売ってないなら作ればいいじゃん、簡単だよ、きっと。」
僕がまた不機嫌そうな顔をすると彼女は僕の腕を長い爪を立ててぐっと掴む。
「いって」といいながら僕は反射的に彼女の手の中にある腕を自分のほうに引き寄せた。
「あんたってさ、なにか提案するとすぐ否定したり嫌な顔したりばっかりじゃん。だから私以外友達いないんじゃないの?」
僕はすぐに「そんなことない」と言いかけ、口ごもった。 彼女の言うことは間違っていなかったし、ここで否定すると彼女の言うとおりになってしまうからだ。
「ほら、今年は私が風邪ひいて夏祭り行けてないでしょ。あーゆーのって一年に一回は食べたくなるものなの。とくにりんご飴は。私夏休みに行ったら決まって食べてたでしょ?だからとっても恋しいのよ、りんご飴が。」
おかしな話だが、僕たちは恋人でもないのに幼いころから毎年一緒に夏休みに行っていた。幼い時からのことだからとあまり違和感を持たなかったが、今こうして二人で下校しているのもおかしな光景なのだ。
僕が考え込んでると、彼女がさらに口を開く。
「りんご飴なんて簡単よ、きっと。だってあれ、りんごを飴でコーティングしただけじゃない。夏祭りの屋台なんて簡単に作れるものしか売ってないのよ。」
それは確かにそうだなと思い、僕は肯いた。
買い物を済ませた僕たちは彼女の家に向かった。貧乏でもなければこれといって裕福にも見えない、ごくフツーの一軒家だった。僕はリビングのソファの横にリュックサックを置いて台所でりんごを取り出す彼女のもとに向かった。
「それで、りんご飴ってどうやって作るの?」
僕が訊くと彼女は口角を上げながら言った。
「簡単よ、まずは砂糖と水を溶かして飴を作るの。それからこのこのりんごは屋台のよりずいぶん大きいからちょうどいい大きさに切ってコーティングしましょ。」
やけに手慣れた様子だったので作ったことあるのかと僕が訊くと彼女は首を横に振った。
「たまたま本屋の立ち読みコーナーで目に入ったのよ。簡単だから今度作ろうと思ってね、それだけよ。」
「なるほど」と思い僕が台所の扉から包丁を取り出そうとすると彼女が僕の腕をつかんで言った。
「包丁は私がやるわよ、あんたはこの鍋の飴が焦げないように見てて。」
どうやら彼女はまだあの時のことを根に持っているようだ。あれは3年前、僕と彼女で一緒に晩御飯を作ろうと不意に彼女が言い出た。僕はカレーの具材であるジャガイモの皮をむこうとして包丁を取り出し、その包丁で親指の腹の部分を切ったのだ。大した傷ではなかったがまな板にたれ落ちる赤い液体を見て彼女は仰天し、それから僕はソファに座って、彼女が一人で夕飯を作ることになった。それからというものこうして一緒に台所に立つとき、彼女は僕に鍋を混ぜろだとか、みりんを取れだとか、子どもでもできるようなことしか頼まなくなった。
「もう包丁くらい使えるよ。家庭科の授業でだって料理を作る機会はあったし、それにもう15歳だ。包丁で指を切ったりなんかしないよ。」
そう言っても彼女はくちをつぐんで、あっという間にりんごを切り終えてしまった。
「ほら、このりんごを鍋の中に入れて。そうして冷蔵庫で飴を冷やしたら完成だから。」
そういって彼女は等間隔に切られたりんごの乗ったまな板を僕のほうによこした。りんごを鍋に入れて、皿に移して、冷蔵庫に入れる。簡単というか、とても退屈な作業だった。
「ねえ、待っている間、ドラマでも見てましょうよ。昨日録画したの。」
そう言うと彼女はリビングにあるテレビのリモコンを手に取って録画欄を見渡した。彼女がリモコンで指定したその番組のタイトルには「男女7人夏物語」と書いてあった。彼女が「これ、知ってる?」と訊くので僕は首を横に振った。
「じゃあ1話から見ましょ、全部録画してあるから。」
そう言って彼女は録画欄を遡って「男女7人夏物語」の1話を再生した。僕はドラマなんて全く見ないので乗り気ではなかったが、見てみると意外と面白かった。
「ね、面白かったでしょ?」と彼女が訊く。彼女に進められたものにハマったことが今までになかった僕は肯くのも負けた気分になるので、まあまあ、と答えた。
僕と彼女は冷蔵庫からキンキンに冷えたりんご飴を取り出して、彼女の部屋に向かい、ベッドの上に座ってそれを食べた。冷気に冷やされてパリパリになった透明の飴と、瑞々しく甘いりんごは僕が想像したよりもずっとおいしかった。
「おいしいわね、これ。屋台なんかよりずっとおいしいじゃない。こんなことなら毎日家で作ってやればよかったわ。」
彼女は指についた飴をなめながら言った。そうしてほうばるように次々とりんご飴を口に運んだ。僕も彼女に続いてりんご飴をほおばった。りんごを2個も使ったためか、食べ終えたころには少し気持ち悪くなるくらいにお腹が膨れていた。
「なによあんた、あんなに文句言ってた割にはずいぶん食べたじゃない。」
彼女はにやにやした顔つきで「おいしかったでしょ?」と言ったので、ぼくは「まあまあ」と答えた。
りんご飴 村田アキ @Suzu_118
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