猫、遥かなる回帰 --neko again--

大星雲進次郎

猫、遥かなる回帰 --neko again--

 猫が至高の存在であった時代は終わった。

 抽象化して語られるべき存在の猫が、分化して具体的になってしまったことが原因であると言われているが、今のところ起こったこと全てに辻褄が合う説明ができる理論は発表されていない。

 物事が複雑なことも当然理由の一つだが、最大の理由は、猫について語ることが赦されない世論となったためだ。

 世論がそうなった理由についても、真相は全て闇の中。第三次移行期の末期に流行った猫思想改革の時に多くの資料が失われてしまったとされている。

 思想体系として、猫を語ることぐらいは許されるだろう。猫を想うこと自体が悪とされているが、これは学問である。

 猫に代わる思想として、当時の次点派閥であった犬派が北野の街を席巻すると誰もが思った。しかしながら根本が猫派と変わらぬ犬派もまた急激に勢力を落としていった。

 鼠達は実に愚かだった。

 猫犬政権時代の政治の中枢であった北野から物理的に距離を取ったのは賢明であった。しかし彼等が新たな都に定めたのが、魔法使いと黄色いバナナの狂信者達が住む町のすぐ近く、南港であったので、毎日のように抗争が起こり、遂には内戦に発展してしまった。この内戦が、諸外国に内政干渉を許す原因になってしまったのは全ての研究者の意見が一致するところだ。


「まあ、堅苦しい話はこれくらいにして。続きは猫でも吸いながら話そうじゃないか。好みはあるかね?実は最近良い猫が手に入ったんだ。待っていたまえ、持ってこよう」

(乾いた銃声)


 猫吸い。猫流体説。

 猫の時代が終わったのは、ベクトルがカルトに変わっていったためだ。これは世の歴史学者と物理学者の多くが支持している説だ。

 象徴としての猫が、この世界に具体的な力を持ってしまった。猫を至高などに祭り上げ、猫以外を認めない風潮が世間から猛烈な反発を受けた。

 反発を避け、地下に潜った猫派の活動家達は次第に理性を保てなくなったようだ。猫ミームなる理解しがたい教義を取り入れると既にカルト教団へ変貌していた猫思想は次第に衰退していった。


 まだ五歳の娘が突然猫を飼いたいと言い出したときは本当に焦った。

 猫は相変わらず禁忌であったためだ。今は紆余曲折、試行錯誤、前人未踏。あらゆることが試されたが、猫だけは復権がかなわなかった。

 現在に至る過程をどこまで語るべきか。

 子供だましの理屈を並べるよりも、危険性を正しく伝えた方が良いだろうという夫の判断だったのだが、全体像が分かっていない理屈は子供だましと同じだ。結局五歳児には分かってもらえなかった。

 夫は苦し紛れにこう付け加えた。

「それに、猫はハムスターを食べちゃうかも知れないぞ」

 夫は豪華なケージに入っている、太ったハムスターをチラリと見た。 

「それでも私は猫を飼いたい!何もしてくれないハムスターなんかにこの世界を任せることなんて出来ない!」

「ケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 突如鳴き出したハムスター。

「うるさい!」

 癇癪を起こした娘は、ハムスターのケージを激しく揺すった。ハムスターはもう使わない回し車に当たり、飲み水を頭からかぶった。

「ケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 鳴き声と、今度は目が赤く点滅し始めた。5「ケ」で一回赤く光る。

「ほら、ハムスターもビックリしてるじゃないの。ゴメンしなさい」

「ゴメンナサイ……。でも私、猫が飼いたいだけなのに」

「ケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 今度は首が回り始める。まるで赤色回転灯だ。

「このままじゃ、ハムスターの首が取れちゃうわ!」

「すまないな。子供の言うことだ、許してやってくれないだろうか」

「ケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 回って光ることは止めてくれたが、鳴くのは止まらない。まだご不満なようだ。

「キモチワルイ!本当にハムスターなの?」

「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!」

 光る!回る!弾む!

「俺は……ずっと思っていたんだ」

 夫の独白。

「この子が言うとおり、コレはハムスターじゃないんじゃないか?」

 子供の頃、ハムスターを飼っていたらしい。

 私も昔、アニメを見たことがあるが、「てしてし。リ○ンちゃんは僕の嫁なのだ!ヘケ!」とか言ってた気がする。目の前のハムスターとは全く別物だった。

 私達がそれぞれ思い悩んでいる間にいつの間にかハムスターの笑い声は止んでいた。

 そしてハムスターは電池が切れたかのように、ピクリとも動かなくなっていた。


「長官、稼働していた最後のハムスターが停止しました」

 副官の男が報告してきた。

 我々はとある目的のため、あらゆるアイコンへのネガティブキャンペーンを行ってきた。兎、犬、猿、亀、鷹、孔雀、コンドル……

「次のフェーズへかかるぞ……」

「ゴクリ」

「次は、猫だ」

 翌日から、世界は一変した。

 メディアで登場するアイドルは全て猫耳カチューシャを装着する事となった。

 かつて全世界で一世を風靡していた、ネズミ系の遊園地も、外見はそのままに中身は猫という設定となった。ついでに甲高い声は濁声となった。

 書き物では異星の猫っぽい姉さんが殺伐としている物語がウケた。

「室長。家猫協会からクレームです」

「無視したまえ。自ら動こうとしなかった者に栄光はないよ。大体、また猫吸いなんてやられて見ろ、今ならもれなく犯罪だ」

 副官はモニターに映るネコ耳美少女のお腹を吸う光景を想像した。悪くはない。むしろイイ!だが一発アウトだ、いやゲームセットか。

「室長!ネコ耳エルフの会が……!」

「奴らめ、まだ生き残っていたか!胡椒風船でも送りつけておきたまえ!」

 臨時流行語大賞には「ネコアゲイン」が選ばれた。

 そんなの初耳だと騒ぐ者は、猫喫茶に収監された。

「マスター!お帰りなさいませだニャ!」

 

 そして歴史は繰り返される……。ちょっと違うけど。

 

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