Lovers' Night
その日、別れ際に連絡先を交換した美香は、時々ループレヒトと会うようになった。
いつもは行きつけのレストランや居酒屋で食事をするだけだが、今日は彼の部屋に招かれている。
――これって、ちゃんと恋人として認めてくれたってことかしら?
待ち合わせ場所で、美香は一人ぐるぐると思考をまどわせていた。
自分が彼に惹かれていることは、もう疑いようがない。
でも、彼はいったいどう思っているのだろう?
不安と期待が入り混じり、時間が無限に引き延ばされているように感じる。
「やあ、お待たせ」
彼に声をかけられ、ようやく我に返った。
「い、いえ。その、来たばかりですから」
物思いにふけって彼が来たことに気付かなかった自分が恥ずかしくて、美香は顔から火が出る思いだ。
真っ赤になってもじもじしていると、優しく微笑んだループレヒトが車に案内してくれた。
車内では緊張しすぎてろくに話もできなかった美香だが、部屋に足を踏み入れた瞬間、驚嘆に思わず息をついた。
決して派手ではないが、上質な家具と小物に彩られた部屋は、彼の穏やかで落ち着いた人柄を感じさせる。壁には小さな絵が控えめに飾られており、革張りのソファとアンティーク調のランプが温かみのある光を放っていた。
「素敵な部屋ですね」
「そう? 好きなものだけを集めた趣味丸出しの部屋で恥ずかしいけど」
「そんな、とんでもない。とっても居心地が良くて落ち着きます」
「そう言ってくれると嬉しいな。楽にしてて」
美香にソファを勧めたループレヒトは、慣れた手つきでワイングラスを二つ取り出した。
「口に合えば良いんだけど……」
勧められるままに口に含むと、ふわりとバニラのような甘い香りが立ちのぼる。
ほろ苦みと爽やかな酸味、嫌味のない甘みが絶妙のバランスで入り混じり、一口飲んだだけで、まるでさまざまな果実がたわわに実る果樹園にいるような気分になった。
「おいしい……こんな素敵なワイン、飲むのは初めてです」
ほう、と息をついた美香にループレヒトは嬉しそうに微笑む。
「君が喜んでくれて嬉しいよ。このワインは特別な人とゆっくり味わいたくて、大切にとっておいたんだ」
その一言に、美香の心臓が小さく跳ねた。ここ数週間、彼と過ごす時間のすべてが彼女の心を満たしていたが、改めて「特別」と言われると、胸の奥でぽぅっと灯りがともったような心地がする。
「嬉しい……私、あなたと一緒にいると、自分が生き返った気分になるの」
美香は酔いにいざなわれるまま、想いの丈を口にした。
「それは僕もだよ。君と一緒にいると、驚くほど素直な自分でいられるんだ」
ループレヒトが照れたように応える。
互いの視線が絡み合い、気づけば二人は言葉もなく見つめ合っていた。
部屋に満ちる静寂の中、心だけが溶け合っていくような、穏やかで温かな時間。
恋人たちの夜は、静かに更けていった。
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