Like a dream……
「な、なんだよコイツ!? まさか、新しい男か!?」
大きく目を見開いた智也の上ずった声。
「もう引っ掛けたのかよ!? 真面目だけが取り柄の地味女が!」
ようやく本性を表したらしい叫びに嫌悪感が募る。
反論しようと口を開きかけたところで、智也の背後にいた男性が笑みを含んだ声で肯定した。
「そういうことだから、君の出番はもうないよ。警察に突き出されたくなければ、さっさと帰りたまえ」
手を離された智也は忌々しげに振り返ると、彼を見て絶句した。
彫刻のように整っていながら、どこか茶目っ気のある笑顔。細身で長身ながら、バランスよく引き締まった筋肉質な肢体。優雅で紳士的な立ち居振る舞い。
ファッション雑誌から抜け出してきたと言われても不思議ではない。
根が小心者の智也は、すっかり気圧されたようだ。
「くそっ……この尻軽が」
「君がそれを言うのかい?」
「……っ」
「さぁ、お帰りはあちらだよ?」
駅の方を掌で指し示す、優雅な仕草が妙に板についている。智也は悔しげに彼をひと睨みすると、踵を返して走り去った。
「やれやれ、危ないところだったね。怪我はないかい?」
男性はふわりと美香に笑いかけた。
「ごめんね、誤解させるようなことを言って。不愉快だったと思うけど、あの場はああ言った方がおさまると思って」
「い、いえ。ありがとうございました。とても助かりました」
硬直したままだった美香は、ようやく我に返って深々と頭を下げた。
「とても素直な人だね。こうやって知り合えたのも何かのご縁だ。この近くに行きつけの店があるから、夕食をご一緒しないか?」
「良いんですか?」
「ああ。美味しいものは、一人で食べるより二人で食べた方がずっと幸せになれるからね」
思わぬお誘いに美香が戸惑っていると、男性は困ったように首を傾げた。
「やっぱりダメかな? 知り合ったばかりの男と食事なんて」
「い、いえ。何だかまだ混乱していただけなんです。喜んでご一緒させていただきます」
わたわたと慌てる美香。
男性はそんな彼女をほほえましそうに見ると、抱えたままだった旅行鞄を受け取ってエスコートしてくれた。
男性が案内してくれた店は、すぐ近くのマンションの地下にあった。
入り口は一見ありふれたオフィスか何かのようだが、店内に一歩入ると温かみのある空間が広がり、実に居心地が良い。
まるでさっきの騒ぎが夢だったかのように、静かで穏やか空気に、混乱していた美香の心も浮き立ってゆく。
「こんな素敵なお店が家の近所にあったなんて……」
美香は目を輝かせながら、思わず呟いた。
「ここは知る人ぞ知る隠れ家ですからね。静かにくつろぎたい時にはもってこいだ」
ループレヒトと名乗った彼は、そんな言葉とともにごく自然な動作で椅子をひく。
優雅で洗練された立ち居振る舞いには全く嫌味がない。
美香はエスコートされるまますっと腰を下ろしながら、彼の柔らかな微笑みに胸が高鳴るのを感じた。
サーモンのカルパッチョにビーツのサラダ、スズキのグリルに子羊のロースト……
料理はどれも絶品で、彼が選んだワインとの相性も抜群だ。
彼は美香の話を楽しそうに聞き、時折ふと視線を合わせて微笑む。
まるでずっと昔からこうして二人で過ごしてきたかのような自然な空気。
いつの間にか美香の頬も緩んでいた。
「今日は助けてくださって本当にありがとうございました」
美香の心からの感謝に、彼は優しく頷きながら言葉を返す。
「困っている方を放っておけないだけですよ。それに……こうしてあなたとご一緒できて、僕も楽しかったです」
その一言に、美香の心は温かなものに満たされた。
元恋人の裏切りに傷ついた心が穏やかに癒されていく。
――この人、初めて会った気がしないわ。もっとずっと一緒にいたい。
ほろ酔い加減のふわふわした意識に、そんな思いがふぅっと浮かぶ。
夢のようなひとときは、あっという間に過ぎていった。
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