An incorrigible man

 スキーから帰ってから、年末は仕事三昧であっという間に過ぎてしまった。

 正月は実家でのんびり過ごし、仕事始めを翌日に控えた三日の夜。


「ああもう、こんな時間。居心地が良いからつい帰るのが遅くなっちゃった」


 小走りにたどる家路はすでに真っ暗だ。


「美香、待ってたよ!」


 この角を曲がれば自宅マンション、というところで唐突に声をかけられた。


「智也……今さら何を」


 暗がりから現れたのは、クリスマス直前に浮気が発覚して以来、連絡を断っていた彼氏の智也だ。


「今さらって……ひどいな。いくらメッセージを送っても、通話しても、全然返事してくれないから、わざわざ会いに来てやったのに」


 智也はへらりと笑うと、両手を差し出すようにしてこちらに歩み寄ってきた。


「頼んでないわ。メッセージアプリも通話もブロックしてるから気が付かなかったし」


 以前は大好きだったその笑顔も、今は嘘くさくて気持ち悪い。


「そんな、話も聞かずにいきなりブロックなんて。俺との関係はその程度のものだったのか?」


「ええ、そうね。だから二度と私に関わらないでくれない?」


 芝居がかった仕草で大袈裟に嘆く智也に、美香は嫌悪感を隠さず、苦々しげに吐き捨てた。


「ひどいよ、美香。そろそろ結婚しようって話してたじゃないか」


「あなたの浮気を知るまではね。後からわかったけど、あの子だけが相手じゃないわよね」


「調べたのか? 卑怯だぞ!」


 実は、わざわざ調べるまでもなく、他の「自称本命」が入れ代わり立ち代わり美香を訪ねてきたので、嫌でもわかってしまったのだが。


「そういう問題じゃないでしょ。とにかく、誰か他の”本命”さんのところに行ってくれない?」


「みんな、ただの遊びだよ! 本当に愛してるのは美香だけさ」


「一番稼ぎが良いのが私ってだけでしょ。そういえば事あるごとにプレゼントねだってきたわね」


 しかも、贈った品物を身につけてきたのは一度か二度で、いつの間にか目にすることがなくなっていた。


「どうせ、すぐに売り飛ばして他の子と遊ぶ資金にしてたんでしょ」


「そんな訳ないだろ! 今度ちゃんと見せるから!」


 智也は一瞬目を泳がせたが、すぐに開き直ったように美香に手を伸ばしてきた。

 腕をつかまれそうになった美香は、思わず力いっぱい振り払う。


「やだ、触らないでよ!」


 あまりの気持ち悪さにぞわりとおぞ気が走る。


「あなたとはもう終わったの! もう二度と来ないで!」


 必死の思いで叫ぶと、智也の顔色が変わった。


「俺がこんなに下手に出てやってるのに……こうなったら思い知らせてやる!」


 怒鳴られた美香は恐怖で身がすくんで動けない。


――こいつ、開き直るとこういう態度に出るんだ……


 頭のどこかで妙に冷静にそんなことを考えながら、美香はつかみかかって来る男をぼんやりと見ているだけ。


「やめなさい。女性が嫌がっているだろう?」


「痛たたたた……っ! 何すんだよ!?」


 あわや捕えられると思ったその時、智也の背後にするりと迫った何者かがその腕を後ろにねじりあげた。

 長身の男性で、黒いスーツ姿がぴしりと決まっている。艶のある低い声は、どこかで聴いたことがあるような……?

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