Sleeping heavy in peace……
「るー……ループレヒトさん。助けて下さってありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
美香が深々と頭を下げると、彼は蒼い目を細めて微笑んだ。
「さあ、まだ疲れているだろう。吹雪が止むまでまだ時間がかかりそうだ。それまでもう少し休んでおくと良い」
穏やかな声はあくまでも温かで、どこまでも親切だ。その柔らかな響きが美香の警戒心を優しくとかしてゆく。
「では、お言葉に甘えて」
美香が素直にソファに身を沈めると、彼は部屋を出ていく素振りを見せた。
「あの、どちらに?」
「ああ、隣の部屋で宿に電話をかけてくる。君が無事にここに避難していると。だから安心して休んでおいで」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい、美香さん。良い夢を」
――あれ? 私の名前、もう教えたっけ?
美香は軽く首をひねったが、すぐに猛烈な眠気がこみ上げてきた。
どうやら吹雪の中で思いのほか体力を消耗していたらしい。
――まあ、いいわ。今はゆっくり休んで、目が覚めてから聞いてみれば……
いつの間にか美香の意識は心地よいまどろみの中へと沈んで行った。
目が覚めると、既に吹雪はやんでいた。
避難小屋の中はがらんとしていて、最初から他には誰もいなかったかのよう。
窓の外に目をやると、夕陽に照らされてスキー場のリフトが見える。
「やだ、こんなに近くで遭難しかけてたんだ……」
あまりのそそっかしさに、思わず赤面してしまう。
「いけない、暗くなる前に帰らなきゃ」
慌ててスキー板を履きなおすと、リフト乗り場へと向かった。
「さっきのは……きっと夢だったんだわ」
おそらく吹雪にまかれて、必死に歩き回っているうちに小屋にたどりついたのだろう。
低体温症になると、おかしな幻覚をみることがあるという。きっと、あの異様な男性も、急激な体温低下で誤作動を起こした脳が見せた、ただのまぼろしに違いない。
「雪山を裸にトレンチコートなんて恰好で歩き回ってる人なんているわけないもの……まして、頭にピンクの象さんぱんつなんて」
ひとりごちた美香は、頭からタオルを被ってあの奇妙な記憶を追いやるように首を勢いよく振った。
「さんざんなクリスマスイブだったな。まぁ、遭難しかけたのに無事に帰れたんだから良かったと思わなきゃ」
鏡の中の自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ぱん、と両手で頬を叩く。
「せっかく無事に戻って来られたんだもの。生まれ変わったつもりで明るく生きなくちゃ」
軽く化粧を済ませてすっかり気持ちを切り替えると、脳内からあの奇怪な裸トレンチコート男のことも、智也のことも追い出して、年末の過ごし方を考え始めた。
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