Gently as a marchen……

「え……っと、その……あなたは?」


 美香は戸惑いを隠さぬ声で恐る恐る彼にたずねた。

 立ち居振る舞いや話し方は実に穏やかで上品な、申し分のない完璧な紳士なのだ。

 それなのに、服装だけはどこからどう見ても変態以外の何者でもない。


――頭にかぶってるの、やっぱりぱんつよね……? この人、なんでこんな恰好を……?


 そんな美香の内心を知ってか知らずか、珍妙な風体の男は朗らかな声で状況を説明してくれた。


「ああ、私はこの山の管理人のようなものだ。見回り中に道に迷った君を見つけたんだよ」


「あ、そうだったんですね」


「すぐホテルまで送って行ってあげたかったんだが、吹雪がひどくてね。仕方がないから、手近な避難小屋で雪がおさまるのを待っているんだ」


 言われてみれば納得だ。

 ゲレンデから大きく外れた山の中をたまたま通りがかるなんて、山林の持ち主でもない限り、まず考えにくい。


 ……もっとも、なぜあんな吹雪の中を、あんな恰好で歩き回っていたかという謎は、依然として残ったままなのだが。


「助けて下さってありがとうございました。完全に道に迷ってしまって、とても困っていたんです」


 ようやく状況が飲み込めた美香は深々と頭を下げた。

 生命の危機を救ってくれた相手にお礼も言わずに質問攻めにするなんて、自分はいったい何をしていたんだろう。


「お礼が遅くなってしまってすみません」


 服装は変態そのものでも、彼の態度はこの上なく紳士的だ。

 多少……いや、かなり見た目が奇異だからといって、礼を欠いて良いことにはならない。


「いやいや、急に知らないところで目が覚めて、すぐ側に見ず知らずの男がいたら戸惑いが先に立つのも無理ないさ。それよりお役に立てて何よりだ」


 美香を助けてくれた男性はどこまでも寛容で朗らかだ。そのおおらかな態度に、美香はかえって恐縮してしまう。


「でも、大変でしたよね? 私、気を失ってましたし」


「そうだね、もう少し見つけるのが遅ければ大変なことになっていたかもしれない」


「ごめんなさい……つい調子に乗って人のいない方、いない方へと滑ってしまって。きちんとコースを守って滑らなきゃいけないのに」


「ふふ、わかっているならいいさ。今度から気を付けてくれよ」


 しょんぼりとうなだれる美香を、男性は優しく諭してくれた。

 その温かないたわりが、寒さと羞恥で縮こまった心がほぐれていくようだ。


「はい、肝に銘じます。えっと……」


 改めて礼を言おうとして、美香は固まってしまった。

 何と言うことだろう。

 命の恩人の名前を、まだ聞いていないなんて。


「あ、あの……お名前は?」


「ループレヒト」


 慌てた問いに返ってきたのはドイツ系なのだろうか? 耳慣れない響きの少しいかつい名前。

 そういえば、被り物の隙間から覗く瞳はかすかに青みがかっているようにも見える。


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