第4話

 それは施工の時点で起こっていた。


 ここは山の上である。

 人通りもなく、工事中、夜間は機材を置いて作業員は麓へ戻っていくのだが、機材の紛失が繰り返されるようになった。


 高価な機材も持ち込まれる現場だ。盗難だと思った施工業者は、手をつくして道具を泥棒から守ろうとした。


 夜間警備員もつけることになり、最初の晩すぐである。

駐車場にするため、すでにコンクリートで固められていたその場所で、警備員が人魂を見たと騒ぎになった。


 山の中だから、最初はそういう化学現象だろうとされたが、日ごとに、こんどは女の幽霊が出たやら、地面から手が出てきて足をつかまれて引きずられたやらという話になっていった。

 そのころには機材は夕方の作業終りに撤収することで盗難はやんでいたのだが、最終的には警備員ひとりが、ある朝に駐車場の真ん中で溺死死体となって見つかったという。


 殺人事件とみられたため、もちろん警察沙汰となった。

 しかしこの時の女将は、どちらかといえば捜査で開業が遅れることのほうが一大事であったようだ。

 現代を生きる商売人らしく、怪談話は一笑に付し、噂が広まることのほうを恐れて挨拶まわりに駆け回った。


 開業してから、しばらくは静かだったという。

 しかし半年と一か月ほどたって、ある日客のひとりがチェックアウトに来なかった。

 部屋に登山用のリュックサックと衣服が残っていたが、宿に古い鞄や服を捨てていく客は一定数いる。

 財布や携帯電話は持ち出されており、バックパーカー風の男性客だったこともあって、受付がいない深夜帯に旅立ったのだろうと判断した。


 それから一週間後、行方不明者の捜索として警察がやってきた。

 山で遺留品の捜索も行われたが、何も見つからなかった。



 このころから、怪奇現象は頻出するようになっていく。


同じように、部屋から消える客がそれから三度あった。

 自殺者の最後の宿とされているのでは、と言われたこともあったし、女将はその説を半分現実味がある話だと、常からも思っているのが語り口でも分かった。

 オバケが客を攫っているとされるよりも、何倍もいいからだ。


 駐車場での怪火も、再び目撃されるようになった。

 日が暮れてから駐車場を歩くと、あるはずのない『ぬかるみ』に足を取られる、と言った従業員も一人や二人ではない。


 雨の日はとくにまずいという話が従業員の中では常識で、濡れたアスファルトから、女の顔が出ているのを見たり、足を引っ張られたり、溺れかけたものすらいるという。


 女将は駐車場に水たまりができないように、四回業者を入れた。


 それなのに、ぬかるみも、濡れたアスファルトから出る女も、繰り返しあらわれている。


 昨夜も雨が降っていた。

 女将は雲児のことを覚えていた。

 昨日「他にお客様もおりますので」なんて言った女将だったが、ほんとうは客なんておれたちしかいなかったから。



 

 雲児が行方不明だというと、女将はふかぶかと頭を下げ、震える手で照朱朗さんの名刺を受け取って下がっていった。

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