第3話
「クウ」
閉まった奥の襖に向かって、おれは声をかけた。返事は無いかわり、ごそごそと衣擦れの音が聞こえる。
「……クウ」
「……なんや、ぼけなす」
「誰がぼけなすだ。とんちんかん」
「誰がとんちんかんや。あほ、ばか、まぬけ、とーへんぼく、へたれの朴念仁。悪趣味お面男、歩く怪談、まっくろくろすけ出てくんな」
「……よくもまあ、そんなに出てくるなぁ」
おれが朴念仁ならクウは昼行燈だと思ったが、火に油は注ぎたくない。
「頭が濡れたまま布団に入ると、風邪ひくぞ」
障子に背を向けて、言いながらおれは座椅子に腰かけた。
「………おまえは、ぼくのことぉ幾つやと思うとるんや」
「ここ三十年ばかり、餓鬼だとは思ってる」
ガスコンロに火をつけ直し、冷や飯に箸をつける。塩焼きの川魚はぼそぼそのカチカチになっていたが、食えないことはない。
「そらあんた、ずぅっとぼくのこと餓鬼扱いかいな」
「ちびだとも思ってた。あと、目つきが悪くて生意気だとも思ってた」
「ぼくがどうやっても、いっこも変わらんことばかりやないの」
「………」
おれはそれには応えず、口を動かす。冷めてもうまいが、暖かいほうがもっとうまかったのだろう。もったいないことをした。
「……頑張ればどうにかなるかもしれないことぐらい、どうにかしてほしいって思うんは、あかんこっか」
「それが悪いわけじゃない。おれも、どうにかしたいとは思ってる」
「……ああもう」クウは焦れた声を出した。
まったく、こいつは今更なにを気にしているんだか。どこで何があって、どんなことを感じたのかは知らないが、急に不機嫌になるのはやめてほしい。
「夜はあかん。暗いうちぃに、暗い話はしたったらあかん。せやろ、カッちゃん」
「普通ならそうだがな。昼間のおれじゃ、話は通じないぞ」
「そら違うで、カッちゃん。翁あたりやと通じんこったぁないねんで」
通じない『ことは無い』、だけだろう。
あいつらはおれに張り付いた化け物だ。
「それこそ、どうにもならないこと、なんだろうな……」
「……暗い話はあかんて、言うたばっかやのに。カッちゃんは阿呆やの」
「馬鹿にあほと言われたらどっちもどっちだ」
「そないな阿呆と、ぼくは一蓮托生なんや……」
「そうだな」
わかっている。
おれはちゃんと、わかっている。
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