お世話好きの委員長さんが退学したい不良の俺(人生2週目)を通学させようとする話

街風

第1話 刺されて死んだらタイムリープしたんだが?

土砂降りの夜だった。

路地裏で倒れている氷室士狼しろうは、ナイフで刺された己の腹を呆然と眺める。既に死んでもおかしくない量の血が流れていた。


「おい、士狼ッしっかりしろよ!」

「ふざけんな、あの野郎絶対に許せねえ!」

「救急車呼んだから安心しろな!」


 十代からつるんできた仲間達の悲痛な叫び声が、遠ざかる意識のなかでうっすらと聞こえてくる。


(うごかすんじゃねーよ、痛えだろーが)


 半グレに襲われた仲間を庇ったのがこの結果だ。


「た……たいが」

「どうした!?」

「さいごにたのみを……きいてくれ」

「最後とか情ねーこと言うんじゃねえ!」

「うるせー……だまってきけよ。おれさ、母親に迷惑ばっかかけちまった。もう……十年いじょうもあってない、それだけが心残りなんだ。あの人のこと……たのんでもいいか?」


 仲間達の顔が歪む。致命的な傷口にこれが最後の会話だと悟ったのか、悲壮的な感情を押し殺して仲間達は無理矢理に明るい口調で手向けの言葉を送ってくれる。


「……ああッ! あたりまえだろ、俺ら友達じゃねーか」

「馬鹿にすんじぇねえッ、テメエがくたばっても、一生面倒みてやらあ」

「だ、だからよお、心配しなくていいからなぁ」

「……あ……りが……」


 意識が遠くなる。


(ほんとうにクソみてえに良いやつらだ……ああ、お前達が売れて、ステージで活躍する姿をみたかったな……)









「……は?」



 意識を手放した直後、士狼しろうはレコード屋のショーウィンドウに映る自分の姿を見て硬直する。


(……俺死んだよな?)


 刺された腹の傷を確かめるが、傷一つないどころか、高校中退した日に悪ノリで入れ始めた全身のタトゥーすら消失している。


「……若返ってるし……ってことは、高校中退前まで戻ったってことか?」


 ショーウィンドウに映る間抜け顔を眺めてしばらく、ようやく現状を理解した時にひとつの考えが浮かんだ。


「まじかよ……人生やり直しできるのか。神様か誰かしらないけど感謝するぜ。今生は真面目に生きて母親に迷惑はかけねえよ」


 前世では十代の頃に好き放題したせいで泣かせてしまった母親。それが気まずくて十年以上も疎遠になってしまった。だからこそ、今世は真面目に生きたいと決意する。



「嫌だっ、放してよ!」

「お前が付き合うっていったんだろーがッ、だまってついてこいよ」

「お茶するだけならって言ったのに」


(なんだ喧嘩か?)


 声がした方へ振り返ると、ガラの悪い男が少女をラブホへ連れ込もうとしていた。


 その少女の姿を視界に収めた瞬間――――士狼の息が止まった。世界そのものが停止したような鮮烈な衝撃を受ける。呼吸も忘れてその儚くも可憐な少女に見惚れてしまう。


両手で包み込んでしまえそうな小さな頭囲。肩甲骨まで伸びた艶のあるサラサラな黒髪。すっきりと鼻筋が通った横顔の美しいライン。ミルク色の肌は、暴漢に激しく抵抗してるせいで薄く朱色に染まっていた。


学校の制服姿から年齢はまだ幼いだろうが、その体は十全に男の欲望を満たすだけにたわわと実っていた。


 涙を浮かべた少女と視線がぶつかる。庇護欲のそそる可愛らしい瞳だった。


(……人を庇って死んだばかりだってのに)


厄介ごとに首を突っ込みたくないと頭では考えているのに、運命に導かれてくように体が勝手に動いてしまう。


「嫌がってんだからやめろ」

「あん……テメエは関係ねーだろ、ひっこんでろよ。それともなにか、正義気取りのクズかな? 殴られてダサい姿をさらす前に消えた方がいいんじゃねーの?」

「力づくでしか女をホテルに連れ込めねえ奴に言われたくねーよ」

「……っく、うるせえッ」


 男が殴ってきたので躱してハイキックを顎先に叩き込む。それだけで男はストンと気絶して地面に崩れ落ちた。ゴツンと後頭部が地面にぶつかった音がする。


(あーあ、これ、目が覚めると頭クソ痛てえんだよな)


「おい、起きろよ」

「……う、うう、ひい!? わああああ」


頬を叩き意識を起こしてやると、男は怯えた視線でこちらを見つめ、悲鳴をまき散らしながら走り去っていった。


「あ、あの」

「……おう」

「助けてくれてありがとう」

「いいよ。次からは変な男についていくなよ」


 少女が顔を赤らめながらおずおずと見上げてくる。男に強く掴まれたせいで、彼女の手首は赤く腫れていた。


「それ冷やした方が良いぞ。痕になったら大変だし」

「うん」

「……じゃあ、俺もう行くから」

「え、ちょ、ちょっと待って」

「ああ、お礼とかそういうのいいから。忙しいからいくわ」

「え、いえそうじゃなくて……」


 少女相手に恩着せがましい態度をとるつもりない。士狼はそそくさとその場から立ち去るのだが……なぜか、少女が幽霊みたいにしつこく後をついてくる。


「な、なんだよ。おい、ついてくんじゃねーよ」

「で、でも!」

「そういうのウザいから。いいって」


 感謝されるなんてむず痒いだけだ。何度も言葉で追い払うが少女は永遠と追跡してくる。もしかすると、ろくでもない女を助けてしまったのかもしれない。


「し、しつこいってっ。ついてくんなよ怖えーな!」

「は、話をきいてよぉ!」

「嫌だって! ……ちっ、マジで助けなきゃよかった」


 このヤバイ少女から一刻も早く離れたいという恐怖心が歩みを早める。


 そして、士狼にはさっさと家に帰って母親に届けたい言葉があった。


(真面目に生きる、この熱い想いを伝えよう。そして……)


 あまりにしつこいので、うっとおしくなった士狼はダッシュして強引に引き離す。そのせいで、少女の叫び声は耳に入らなかった。


 「氷室君! わ、わたし、あなたのクラスメイトで学級委員長をしてる白鶴日和ひよりです! 忘れたんですか!? あのー、無視しないでッ!?」


士狼しろうと日和はお互いに声が届かない距離で同時に叫ぶ。


「明日から俺は……」

「明日から私と……」





「退学して真面目に働くんだ!」

「一緒に学校へ通いましょう!」

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