第10話、殺人鬼の巣

 次の日の朝、ここ数日と同じように闇が若干晴れてくると、部屋の鉄格子がギギギギッと軋む音を立てながら上がり始める。

 俺は鉄格子が完全に上がりきるのを待たず、地べたを這いつくばる形でまだ僅かしか上がっていない隙間を強引に通ると、ソラの部屋へと急いだ。


 俺が駆けつけた時、ソラは部屋の隅っこでうずくまり肩を震わせていた。

 無事だったか、よかった。

 緊張が一気にほどけていくのを感じる中、顔が鬼の形相のようにこわばっり固まってしまっている事に気づく。

 こんな顔ではソラが驚いてしまう。俺は両手を顔面に押しつけるとぐにゅぐにゅとほぐしてからソラの名前を呼んだ。

 俺に気づき駆け寄ってきたソラの目の下には、色白の肌が仇となるくらいのクマが出来ていた。


「怖かった、怖かったよ」


 泣きながら言うソラの頭を撫でながら思う。

 このまま鳥籠の塔にいては、いつかはゾンビに襲われてしまう。それに精神的にもきついものがある、どうにかしないと。

 そこで思い出す。

 今回のイベントはサビだと言われていた。そしてガラクタばかり売られていたアイテムショップに、潤滑油が売られていた事も。

 サビに潤滑油。

 そう、仮にこの鉄格子が閉まらなくなったとしても、そのアイテムを使えば解消される可能性が極めて高い。GOLDを出せば安心が買えるのだ。


 ゾンビに喰われる体験をした者だから言えるが、あんな屈辱的な事はない。

 生きながら喰われる、ソラには絶対あんな思いはさせたくない。

 そこで俺は、ソラを連れアイテムショップを訪れる事にした。


 街の広場と住居エリアの境目に、単独でよく建っている宝クジ売り場のような大きさの小屋があった。上部にはしっかりとアイテムショップと書かれた看板が取り付けられている。

 俺がカウンター越しのNPCの男性店員に話しかけると、お店専用の薄っすらと青味がかったウィンドウが目の前に現れた。

 ウィンドウには通常アイテム、クリア連動アイテム、課金アイテムと大きく縦に三つ表示されており、俺は一番上の通常アイテムを選択した。

 するとアイテムがズラッと表示される。



【アイテム名、価格】

 風船、千G

 輪ゴム、千G

 耳栓、千G

 アイマスク、千G

 伊達メガネ、二千G

 サングラス、五千G

 マスク、千G

 イヤホン、二千G

 小型ポケットラジカセ、三万G

 カセットテープA、二千G

 カセットテープB、二千G

 カセットテープC、二千G

 カッター、二千G

 ➕ドライバー、二千G

 ➖ドライバー、二千G

 腕時計、二万五千G

 包丁、二万G

 ゴミ箱のフタ、三千G

 脚立、二万G

 ピコピコハンマー、三千G

 竹刀、二万G

 木刀、三万五千G

 ナイフ、五万G

 スコップ、四千G

 シャベル、三万G

 潤滑油スプレータイプ、七万G

 笑い袋、二千G

 紙と鉛筆、三千G

 御守り、十万G

 傘、二千G

 懐中電灯、二万G

 トランシーバー、五万G

 ポシェット、一万五千G

 工具ベルト、二万G

 研ぎ石、五千G

 回復薬(小)、八万G



 潤滑油の価格が明らかにおかしい。

 しかしその事が逆に、あのイベントに潤滑油が有効であろう事が窺えた。

 まあおかしいと言えば課金アイテム欄に唯一あるアイテム、『秘めたる力』が六億八千万円、と家が買える値段である事もおかしすぎるが。


 ため息が漏れでる。

 やはりゲームに参加するしかないか。

 潤滑油がどれだけの間有効なのか、何回使えるのかはわからないが、仮に最初のステージを完全に把握さえすれば、そのステージをマラソンするだけでGOLDを稼げる可能性も出てくる。

 そうなれば助けがくるまでの危険がぐっと減る事となる。


 そうと決まれば、攻略に向けて貰える物は貰っておこう。

 このサーバでは既にステージ2までの攻略が進んでいるようで、クリア連動アイテム欄には『MAP』と『バール』が表示されている。それをタッチするとカウンターにアイテムが現れた。MAPをポケットに突っ込み、バールを手に持つ。


 しかし最初からバールがあるとは。これで秋葉さんが同伴してくれたら鬼に金棒なんだろうけど。

 最初に誘いに来てくれた時、たしか同じ階にいると教えてくれていたのだが。


 そして探した結果、既にどこの部屋にも秋葉さんの姿はなかった。暗い街中で会えるのは奇跡に近いため、俺とソラは泣く泣く最初のステージ、BOSSのゲイリーが待つであろう門の前へと行くことにした。


 第一の門前まで行くと、バールを持つ人たちで溢れていた。

 みんな俺と同じ事を考えているようだが、シュールな光景でもある。


「なんか凄い人がいるね、ちょっと安心したかも」

「たしかに賑やかだな」


 ここにいる人たちは、しきりに声を掛け合っているようで、ガヤガヤとうるさいぐらいである。たまたま社交的な人が集まっているのか?


「よっ、あんたら、良かったら俺と一緒にプレイしないかい? 」


 突然声を掛けられた。

 視線を上げれば、顔にある沢山のホクロが特徴的な、ボサボサ頭の20代後半ぐらいの男が立っていた。


「なんだよ、そんなにジロジロ見ないでくれないかい? 」

「あっ、すみません」


 しかし納得した。ここにいる人たちはみんな、ゲームを共にする仲間を勧誘しているのだ。


「で、どうなんだい? もう行く人間は決まってたりするのかい? 」

「あ、いえまだです。よろしくお願いします! 俺はまなぶ、こっちはソラです」

「おっ、めっちゃかわい子ちゃんだな! 俺はシンジ、よろしくな」


 そう言うと、俺ではなくソラに手を差し出すシンジ。この人、なんか嫌いだな。


「あの、シンジさんはこのステージをプレイした事があるのですか? 」

「いや、初めてだよ。だから出来るだけ同レベルの仲間と潜りたいと思っているんだが。と言ってもここにいる奴らはみんな初心者だろうけどね」


 この人の考えは間違っている。

 ゲームを初めてプレイする時、同レベルの人たちと潜りたいと言う気持ちはわかるが、このゲームは生きるか死ぬかぐらい危険なモノである。

 そのため経験者、もしくは信頼出来る人と共に行動をした方が断然良いはずなのだ。

 この話、断ったほうが良いだろうか?

 だがこの中から経験者を探すのは大変そうだし。


 ふと気がつくとシンジが手招きをしており、その先にいる男女がこちらに歩み寄って来ていた。

 男は俺たちの正面に立つと、ニヒルな笑みを見せる。


「俺はユウジ、こいつはカナだ」


 ユウジは革ジャンにリーゼントできめており昔やんちゃをしてました、っといった感じの男である。年は俺と近そうだが背が高い。

 カナのほうはかなり若そうだが、ケバい化粧とブランド物の露出が目立つ服装で、背伸びをしている感がありありと見て取れる子である。

 俺は流されるままに簡単な自己紹介を済ますと、早速第一の門の前へと移動し、自分たちの順番を待っていた。そして前の人たちが門に入ってから少し経つと、見えない壁が無くなったので俺たちも第一の門を五人で固まり潜る。


 門を通り過ぎ少し進んでいくと突然濃霧に包まれた。

 手を繋いでいるソラ以外、陰としか見えなくなってしまっているぐらい濃い。


 そこで頭にザザッというノイズが走った。

 続けて視界が暗転すると、暫くのあいだ闇が続く。


 そして突然、瞳を開いたように視界が開かれた。

 薄暗い。……これは?

 誰かの目線のようで、通路を進むたびに揺れている。

 この強制的に見せられる映像、ゲームで言うところのカットインと言う奴だ。


 視界は天井から白色球がぶら下がる、人一人が通れそうなジメジメとした狭い地下道のようなところを、荒い息づかいと共に進んでいる。

 そして目の前に現れた鋼鉄製の扉に、分厚い手が伸びドアノブを捻り開いた。


 そして扉を通る際少し前傾になる事により視界が下を向き、そのため見えた。

 もう片方の手が青白く枯れ木のように細い、誰かの足を掴んでいるのが。

 視界の主は瞬きののちドアを閉め鍵を差しロックをかけた。

 そこで手にしていた足を目線まで持ち上げると、愛でるように上から下へと視界が動いたためにわかった。

 手にしているのが、顔がザクロのようにグチャグチャにされた全裸の少年である事が。


 それをすぐ近くにある井戸のような穴の上まで持ってくると手を離す。

 そこで視界の主が鼻をクンクンと鳴らし始めたため、視界が小刻みに揺れ出す。

 視界は真っ赤に染まり、左右に何度も激しく振られる。

 穴の近くにあった血塗られた机の上に置かれた鉈を掴むと、地下道が早いスピードで流れ出す。

 走っているようだ。


 そして角を曲がると細い通路の先に、小さく映るほどの遠くに人たちを見つけた。そこからズームアップされる顔、それらはどれも見知った顔。その中には、俺とソラの顔もあった。

 そこで意識が戻る。


 まじか!?


 左を見れば、通路の奥からざんばら髪の大柄の男、ゲイリーがいた!

 奴は地鳴りのような声を撒き散らし始め、反響してサイレンのようになって聞こえてくる。

 そして雄叫びが終わると、その巨躯を揺らしながら走り始めたため、その振動でぶら下がる白色球がクネックネッと揺れだした。

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