第9話、光猫

 視界が開けると——

 ここは闇の中。そしてポツリポツリと明かりが灯っているのがわかった。

 そこで平衡感覚を失い片膝をついてしまう。


 ここは……中央広場なのか。

 立ち上がり暗闇の中目を凝らすと、多くのプレイヤーがこの場にいる事がわかった。


 そうだ!

 ソラ、ソラはどこだ!


 周囲を見回すが人が多すぎる。

 しかも暗すぎるため、よほど近づかないと顔なんてわからない。


 くそ、一体どうなってやがる!


 その時、眩い光が上空から降り注ぐ!

 暗闇に突如として現れた熱すら感じる強烈な光に、視界が一瞬にして真っ白になってしまう。


 暫くすると、徐々にだが目が慣れてきた。

 そしてその光に照らされる事により、この広場には人々が埋まる程集まっている事がわかった。

 どれだけいるんだ?


 眩しくてまともには見えないが、上方にある光を薄目で見てみるとそこに何か、いや誰かがいるように見える。

 元々そういう色の服を身に纏っているのか、それとも光が強すぎてそう見えるのかわからないが、とにかく白と写る衣服を着た者が宙に浮き静止していた。


『全プレイヤーの皆さん、初めましてニャ。私はこの世界の主となった者、これから宜しくニャ』


 世界の主?

 しかも語尾にニャ、だと?


 光の中の人影から尻尾のような物が見える。

 当然辺りはざわめき始めていた。


『まずメニュー画面にログオフボタンが無い事は結構な人が気付いていると思うけど、それは仕様ニャ。私がこのゲームからログオフボタンを隠したから間違いないニャ。

 テロみたいなモノと思って諦め、ゲームに参加するニャ』


 ログオフが出来なかったのはこいつの所為!

 しかも諦めてゲームだと?

 ふざけんな!

 いや、とにかくソラだ。

 ソラを探すんだ!

 俺は明るくなった事を良いことに、ソラ探しを再開させる。


『そうそう、多少のルール変更があるから、改めて一からルールを説明するニャ。

 ありがたく聞くニャ』


 光猫ひかりねこの声が広場に響く中、俺は人の海を闇雲に掻き分けていく。


『これは簡単なゲームニャ。ステージクリアすると次のステージが行けるようになるニャ。それを繰り返して誰かが最終ステージをクリアしてゲームクリアになれば、全てのサーバーの全プレイヤーのログオフボタンが復活するニャ。

 簡単ニャろ?

 ちなみに誰かがステージクリアをすると、そのサーバーにいる全てのプレイヤーも次のステージに挑戦出来るようになるニャ』


 騒ぎ立てていた奴らも、光猫の言葉に耳を傾け始めている。


『では掘り下げて説明するニャ。

 エリアにプレイヤーが溢れるのを防ぐため、幾つもあるルームは例外なくどれも最大プレイ人数は五人までニャ。

 宝玉を持ち帰ればステージクリアで、そのルームの全ての生存者にクリア報酬アイテムとGOLDが支給されるニャ。またそのサーバーの生きている全プレイヤーにもおこぼれがあるから喜ぶニャ。

 あとBOSSを倒すとその日の24時まではそのサーバー限定で、全てのルームでそのエリアのBOSSは消失するニャ。

 いわゆるチャンスタイムニャ♪

 でもBOSS討伐を狙うのはオススメしないニャ、どれも強いからニャ~』


 人混みを掻き分けた先に、見覚えのある後ろ姿を発見する。


『ここからはさらに掘り下げるニャ。

 人間は他の人間プレイヤーを殺害及び傷つける事は出来ないニャ』

「ソラ! 」


 女性の肩に手をかける。


『あと痛覚レベルの軽減は出来なくなったニャ。ただし各ショック死は起こらないようになってるから、最後の最後まで諦めないで頑張って欲しいニャ』

「ちょっ、あんた誰? 聞こえないでしょ! 」

「あっ、すみません」


 人違い……か。

 くそ!


『そしてここからが重要な変更点にニャるんだけど、プレイヤーが死んでしまうと、罰ゲームとしてゾンビになってもらうニャ。ただし生きたプレイヤーの心臓を食べたら人間に戻れるから安心してほしいニャ。

 そうそうゾンビになるとその時だけ食欲が解禁されるけど、空腹状態が続くと断続的に体のどこかに痛みが走り始めるニャ。

 その時の痛みを例えるなら、熱した鉄板の上にその部位を押し付けるぐらいの痛みを想像して頂ければ嬉しいニャ♪

 それが嫌なゾンビプレイヤーは、痛みが来る前に食べるニャ。空腹は人間の肉を食べることでのみ満たされるニャ。

 ちなみにゾンビは人間に近づけば微かに出ている匂いで場所がわかるから、困ったらとにかく徘徊したら良いと思うニャ。

 あと死んだ直後のプレイヤーの肉体は、1分以内なら消えないから食べて食べて食べまくるニャ』


 こっち方面はまだ探してないよな。

 そこで緑色をベースにオレンジ色が混ざり合う腰まである長い髪の女の子と手を繋ぐ、長身の身なりの良いおじさんと肩がぶつかってしまう。


「すっ、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

『続いてゾンビに関してニャが、毎晩午後十時から午前六時までの八時間は南の大きな門が開き、鳥籠の街にもゾンビが徘徊するニャ。ただしゾンビは南の門が閉まるまでに戻らないとダメニャ、戻れなかったら全身を炎で焼き尽くして門の中に強制転送させるから気をつけるニャ。

 逆に人間プレイヤーはその時間帯、安全な自室に戻る事を推奨するニャ』


 あの横顔は!


「ソラ! 」


 ソラは嬉しそうにこちらを見た後、片手で光を遮りながら上空の光猫を見ようとしている。


「お兄ちゃん! それよりなんなのあれ、ビックリしたよ~」


 俺はそんなソラの元に駆け寄ると、強く抱き締める。


「ちょっ、お兄ちゃん!? 」

「離さない、二度と離さない! 」


 あれ?

 体が勝手に動いている。

 それに俺は何を言っているんだ?

 離そうとしているのに、ソラを見ていると心が張り裂けそうなくらい胸が苦しくなり、抱きしめる力が更に強くなる。

 体のコントロールが効かない。


「苦しいよ……」


 ソラの掠れ声。

 力を、力を抜かなければソラが苦しんでいる!

 力を抜くんだ! 力を抜くんだ!

 そう念じていくと、少しずつ腕の力が抜けていった。


「ごめんソラ! 俺は、俺は……」


 ひたすら謝る俺に、ソラは批難の言葉を浴びせる事なく八重歯を見せると、俺の頭に手を置きゆっくりと撫で始める。


「もう大丈夫だよ、私はどこにもいかないから」

『次にみんなに楽しんで貰うため、時限式とクリア式のイベントを用意しているのニャが……』


 光猫の話はまだ続いているようだが、こんな糞ゲームはする必要はない。

 外部からの助けを待つか、誰かがクリアしてくれるのを待つんだ。


 それから三日が経った。

 俺とソラはその間、秋葉さんの誘いも断り鳥籠の塔からほとんど出ずに脱出のためのゲームには一切参加しなかった。

 一度ソラとアイテムショップに行ってみたが、日中でも仄暗い街のため早々に切り上げ塔に戻っていた。


 そしてその日の晩、自室に戻りゾンビ除けの鉄格子が降りていくのをベッドに腰掛け見ていた。ガシャン! っと音を立て鉄格子が完全に閉まった時、やけに外が騒がしい事に気がつく。

 ゾンビが恨めしそうにこちらを見たり腕を伸ばしてくるには、まだまだ時間があるはずなんだが。


 聞き耳を立て鉄格子越しに外の様子を伺っていると、通路を走ってきた人が自室の前を通り過ぎていった。

 あれ? なんで外にいるんだ?

 もう少ししたらゾンビが徘徊する時間帯に突入するというのに。

 そしてまた人が走り来る音が。

 今度は複数人のようだ。

 俺はその内の一人を呼び止める事に成功する。


「あんた、なんで外に出ているんだ? 」

「新しいイベントだよ! くそっ、俺が選ばれるなんて」

「イベントだって? どういう事なんだ? 」

「なに言ってるんだ? 猫が最初のイベだけ説明してただろ? イベント『サビ』が今日から始まったんだよ。それよりどこか良い隠れ場所知らないか? 」


 なんなんだ、サビって?


 そして別の逃げる者から聞けた話によると、鉄格子がサビのため完全に閉まらないため、一晩中ゾンビから逃げきらないといけないイベントが今夜から始まったらしい。

 選ばれるプレイヤーはランダム。


 血の気が引いていく。

 ソラの部屋は大丈夫なんだろうか?

 俺の部屋とソラの部屋は階が違う。

 俺はその日、ゾンビに逃げ惑う人を尻目に一晩中ソラの無事を祈っていた。

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