第3話

そうは思った私だったが、よく考えれば副社長がまともに食事をしているところを見たことがない気がする。

いつもコンビニのおにぎり片手にパソコンの前にいるか、会議のお弁当か。

好きなものなど知らなくて当然な気がしてきた。


私は少し悩んだ後、一番無難なミックスサンドを購入すると、急いで自分のデスクへ戻った。


さっきの電話で変更できる予定はずらしたが、十時からの社長との打ち合わせは無理だ。

そう思い、私はそっと副社長室へと足を踏み入れた。


先ほどとほとんど姿勢が変わっていない副社長に、私は小さく息を吐くとそっと肩を揺らす。


「副社長。起きてください」

「うーん」


まだ眠そうに目を開けた副社長に、私は淡々と声を掛けた。


「勝手に申し訳ありませんが、スケジュールを変更させて頂きました。朝一の海外事業部とのミーティングは午後からにしてあります」


「ああ、えっと? え? ありがとう?」


まだ寝ぼけているのか、それとも私がこんなにも話しているのが珍しいのか、副社長は驚いたようにストールと私を交互に見た。


「それと、これを召し上がってください。お好みは解りませんでしたが」

そう言って副社長の前に、コーヒーとサンドイッチを置く。


今度は確かに私の態度に驚いたのがわかった。

何の言葉もなく私を見る副社長に、なぜか居心地が悪くなり私は踵を返す。


自分のデスクに戻るためにドアに手をかけて、動きを止めた。


「朝の社長との打ち合わせは変更できなかったので、それが終わり次第ご自宅へ戻って着替えてください。その時間は取ってあります」


顔を見ずに副社長に言うと、今度は後ろからいつもの作ったような声ではなく、やわらかい声で「水川さん。ありがとう」そう聞こえた。


私だっていくら苦手なタイプとはいえ、鬼じゃないんだから。


そんな言い訳をした自分に驚き、ため息をつくと、私は仕事を再開した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る