第21話 研究棟
俺が行きたかった場所とは、校舎の一角にある研究棟である。ここでは日々、工業科の生徒により魔導具の研究・開発がなされているという。
「いかにもって感じの場所だな」
廊下のあちこちに、魔導具の部品と思しきものが山積みになっている。壁もあちこちが煤で黒ずんでいる。校舎というよりは鍛冶屋に近い気がする。
バゴォォオオオオン!!!
前方にある研究室のドアが吹っ飛び、中から爆煙が吹き出してきた。
一体何事だ?
俺は煙が消えるのを待って、中の様子を見た。
「イテテッ……また失敗かぁ……」
どこかで聞き覚えのある声だと思ったら、以前大砲型の魔導具で俺を吹き飛ばしたあの女だった。
緑色の短髪に、幼い印象のある顔。間違いない。輩に絡まれた後見かけなかったから少し心配していたが、やはり無事だったようだな。
「あれ、お客さんなんて珍しいな。もしかしてヘルフリート先生? ……あれ? き、君はっ!?」
「久しぶりだな。この前は学園の外まで吹き飛ばしてくれてありがとう」
少し冗談を言ってみる。小さな意趣返しだ。
「ああああっ!? えっ!? ごめっ! ごめんなさい! だだだ、大丈夫だった!?」
慌て過ぎじゃないか、この人? 手をバタバタ振って必死といった感じだ。
「実は怪我一つないし元気だ」
「本当!? 良かったぁ! でも、無傷ってなんかおかしくない……?」
「そうか? どうやら、そっちも無事らしいな?」
「ボクのこと? もっちろん! 君のおかげで元気いっぱいさ!」
煤のついた顔が笑顔で輝く。
「この前は助けてくれてありがとう! そ、そうだ! お礼をしなきゃ! でも、何にしよう……?」
顎に手を当てて「うーん……」と何やら考え込む女。
礼など別にいらないんだが。そんなことより、この人の名前も知らないな。
「俺の名前はハル・アーク。剣術科の一年だ」
「ボ、ボクはレオナ・バウマイスター! 工業科の二年だよ! よろしくね!」
二年ということは先輩か。
「よろしく頼む。ところで、さっきの爆発はなんだったんだ、先輩?」
「先輩!? ボ、ボクのことはレオナって呼んでよ! 恥ずかしいから!」
顔を真っ赤にして手をばたつかせるレオナ。先輩と呼ばれるのが苦手のようだ。
「さっきのは魔導電磁砲の暴発だよ。魔力を込めすぎると発生した電力が限界量を超えて、どうしてもこうなっちゃうんだ。ボクって、ダメダメだよね……」
ずいぶんと意気消沈している。自信を失っているみたいだな。
そういえばじいちゃんが、昔魔力を電力に変換する仕組みを開発したとか言っていたな。あまりにも変換効率が良くないので、最終的に電力の利用は諦めたらしい。
「魔力を電力に変換するのは効率が悪いんだろう? なぜそんなことを──」
「キ、キミはこの仕組みのことを知っているのかい!?」
凄まじい勢いで近づいてくるレオナ。餌に食いつく犬みたいだ。アーサーを思い出すな。
「いや、そんな話を聞いたことがあるぐらいだが……」
「そっか。実はその欠点は克服して、少ない魔力でたくさん電力を生み出す回路は作ったんだけど」
「な、なに!?」
「でもその後が問題で、電力をうまく運用する装置が作れないんだよね……」
この人、天才か? じいちゃんにもできないことをあっさりと……。
「凄い研究だな。驚いたぞ!」
「そ、そう? えへへ!」
レオナは照れくさそうに頭をかいている。
「それで、なぜうまく運用できないんだ?」
「うーんと、簡単に言うと──」
レオナの説明は少しも簡単ではなかった。
およそ十分ほどの長い解説を聞かされたが、俺が理解できたのはほんの少しだった。
現在の技術では莫大な電気エネルギー(電力)をそのまま大砲の出力に繋げることができない。やると暴発してしまう。
その原因は、電気エネルギーがまだまだ未知のエネルギーであり、魔導具本体の改良が追いついていない、ということらしい。
レオナが説明を終えると、「あっ」と何かを思い出した表情になる。
「そういえばハル君は以前、自分の力を抑えるためにスキルを使っていたよね?」
「ほう、あの時間で良くわかったな?」
「ボ、ボク、人のスキルがどんなものか、見たら何となく分かるんだ! それで、あれってどうやってたの?」
「脳細胞の活性/非活性を操作して、脳に錯覚を起こした。体全体に百倍の重力がかかっていると錯覚させたんだ」
「重力で自分の力を抑える、か……。なんでそんなことをしていたのか分からないけど、凄い発想だね。一見エネルギーの無駄使いな気がするけど、もしかして……」
再び顎に手を当てて、考え込むレオナ。
「魔導電磁砲の本体はすぐに改良できないけど、電気エネルギーに抵抗を与えることで、今の魔導電磁砲に合う出力に調節することはできるのかな……? となると、その計算式は──」
何やら閃いたらしい。今度はぶつぶつと独り言を言い始めた。
………………………………
まるで終わる気配はないし、これ以上邪魔したくないな。
「俺はそろそろ帰ろうと思う」
「……えっ!? も、もう帰るの!? まだお礼をしてないよ!」
「礼なんかいらないぞ。この前は町で起こりがちなテンプレを楽しみたかっただけだからな」
「テンプレ……? 良く分からないけど、それじゃボクの気が収まらない。何でもいいから、欲しいものを言って! ……あっ、でもボク自身は……まだちょっと……」
なぜか顔を真っ赤にして口ごもっている。
どうやら何か受け取らないと帰らせてもらえなさそうだな。どうするか。
周囲を見渡すと部屋のあちこちに、俺にはガラクタにしか見えないものが転がっている。
ん? 何だあれは?
俺は机の上にポツンと乗っていた小さな箱を手にした。
「これは?」
「そ、それはボクが魔導知能って呼んでるれっきとした魔導具なんだ! 古代の悪魔の魂が封じられた宝玉に、いろんな機能がついた装置を取り付けたものさ!」
「へぇ、どう使うんだ?」
「そこのボタンを押すと動くよ! 使い道は今のところ……お話したり?」
「それは凄いな。使ってみていいか?」
「もちろん!」
俺は箱のてっぺんについているボタンを押した。
「初めまして、偉大なる創造主様のご友人。この度はどういったご用件でしょう?」
「おお!?」
本当に喋った!?
どうやらこの箱が媒体となって、中に封じられた悪魔の魂と会話ができるらしい。
「お前の名は何という?」
「私ノ名ハ、メビウス。尊キオ方、レオナ・バウマイスター様ノ使イ魔ニゴザイマス。以後、オ見知リ置キヲ」
「ああ、よろしくな」
使い魔などと言うわりに、どこか誇りと自信を感じる話し方だ。
面白い。気に入った。
「レオナ、こいつをもらうことはできるか?」
「ええっ!? こんなのでいいの!?」
「コンナノ……」
なんだか悪魔が悲しそうだぞ。
「俺はこいつが欲しい」
「分かったっ! じゃあ、この魔導具の管理者はハルにしとくねっ!」
「ありがとう。こんなものまで開発するなんて、本当に凄いなレオナは」
「そ……そうかな?」
再び顔を赤らめて照れた様子のレオナ。
にしてもこの魔導具、実はいろんな使い方ができるんじゃないか?
なんだか楽しみだな!
「レオナはこれを何に使うつもりだったんだ?」
「実はね、自立思考型の魔導人形に使おうと思ってたんだ! でも、オプションでつける大砲の完成はまだまだだし、他にもつけたい武器がいっぱいあるんだ! だから今のところ使う予定はないし、気にしないでいいよ!」
なんだか凶悪そうなものを作ろうとしている気がするな……。まぁ、それはそれで見てみたいが。
さて、これ以上は本当に邪魔になってしまうな。
そういえば、帰る前に一つ気になっていることがあった。
「さっき、俺をヘルフリート先生と間違っていたよな? あれはなんでだ?」
「え? ああ、先生は優しいから、たまに様子を見に来てくれるんだ! 音もなく現れるところがなんとなく似てたんだよね」
確かに、剣術の訓練で習得した足捌きのせいか、俺は歩行時に音を消す習慣がついている。ヘルフリート先生も同じというわけか。
「だが先生は剣術科だよな? なぜわざわざここに?」
「魔導具にも興味があるんだって! 色んな生徒に話を聞いたりしてるよ。ボクの研究にも興味を持ってくれてね? 研究資金の確保とか、たまに試作品の実験にもつきあってくれるんだ! そこに落ちてるやつも……って、あれ、どこにいっちゃったんだろう……」
人格者とは思っていたが、工業科の学生にまで協力を惜しまないとは驚いたな。
「色々教えてくれてありがとう。また来てもいいか?」
「うん、もっちろん! 絶対来てね! その時までに、ハルからもらったアイディアで、魔導具を完成してみせるよ!」
「ああ、応援してるぞ!」
弾けるような笑顔で手を振るレオナと別れ、俺は研究棟を後にしたのだった。
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