第20話 ダンジョン挑戦
ハンナ、ローザ、エリーゼ、俺の四名は、これからダンジョン攻略に挑むため、ダンジョンのある校舎裏へと向かっていた。
みんないつも通り、学園の制服を着用している。それなりに丈夫で動きやすい素材であり、意外にも探索には向いているので、これが最適と考えたからだ。
それに加えて、ハンナはとんがり帽子にマントを身に着けている。武器は短い杖だ。
ローザは制服を腕まくりし、細長い大剣を背負っている。
エリーゼは宝石のついたネックレスに、腰に佩いた一般的なサイズの剣がいつもと違う装いだ。
俺はといえば、いつもと何も変わらない。装備はインベントリからいつでも取り出せるからな。
校舎裏に続く廊下を歩いていると、背の高い
『先生!』
エリーゼとローザが嬉しそうにそう呼んで手を振る。
「お二人とも、ご機嫌麗しゅう」
先生と呼ばれた男は優雅に礼をする。
「ダンジョン攻略に挑戦するとうかがっておりましたか、これから向かわれるのですか?」
「ええ、そうなんです! ……あっ! わたくしとしたことが、ご紹介がまだでしたわ! ハル様は初めましてですよね? この方は剣術科長のヘルフリート・シリングス先生です」
「初めまして。ハル・アークだ」
「君があのハル・アーク君か! 剣術試験トップにもかかわらず、我が剣術科を選ばなかった初めての生徒だ。よく知っているよ?」
ニヤリと笑うその顔は、皮肉な言葉とは対照的に、明るく爽やかだ。
「申しわけない。片方しか選べないから魔法科にしたんだが──」
「ははっ、冗談さ! 君が選択授業で剣術を選んでくれたのは知っている。今度のぞきに行くから、その時は是非、剣の腕前を見せてくれるかな?」
「ああ、よろしく頼む!」
俺の返事にヘルフリート先生はニコリと微笑みうなずいた。
その後ヘルフリート先生は、エリーゼやローザへ「ダンジョンで注意すべきことは何かお分かりですか?」などなど、教師らしい質問をいくつかした。
その答えに満足すると、今度は以前から顔見知りだったらしいハンナとも、近況について簡単な会話をした。
そして最後に「みんな、くれぐれも気を付けるように!」と念を押し、手を振って去っていった。
「これまで会った教師の中で一番の人格者だな」
じいちゃんマニアの学園長よりもずっとまともな気がする。
「ええ、大変評判が良く人気のある先生です。思想が強すぎるクレメンス先生の百倍いいですわ」
「うむ、間違いないな!」
「担任のクラウディア先生よりも……脳筋じゃなくていい」
確かにクレメンス先生はベルンシュタイン流に心酔していて、だいぶ片寄った思想の人間だった。それを生徒に押し付ける感じもあまり良い印象がない。
クラス担任のクラウディア先生は魔導師なのに脳筋。いきなり戦闘訓練をさせるし、生徒に魔法を教えているところは見たことがない。
「それにハル殿、ヘルフリート先生は剣の腕も確かだ! ベルンシュタイン流九段で私よりも圧倒的に強い。もしや、ハル殿よりも強いかも知れんぞ?」
「ほう? それは楽しみだな!」
確かに、薄っすらとだが学園長に似た強者の風格を漂わせていた。おそらく本当の実力は隠しているのだろう。
次に会うときは立会いを申し込んでみるか。
そうこうするうちにダンジョンの入り口へ到着。
どんなモンスターが襲ってくるのか、どんな珍しいアイテムを入手できるのか、そしてどんな景色に出会えるのか。初めてのダンジョンへ入るときはいつも胸が躍る。
俺は大きな期待を胸に、早速地下へと進んでいった。
俺を除く三人ともダンジョンは初めてだ。しかし、みなモンスターの討伐経験はある(貴族は幼少期から様々な経験をする)と言うので、あまり心配はしていない。
少し進んだ先に早速現れたのは、ゴブリンが四体。S〜Eまであるランクの内、最下位のEランクに位置するモンスター。
ダンジョンで初めて相手にするモンスターとしてはおあつらえ向きだ。
「行くぞ!」
俺の掛け声に合わせて、全員が一斉に動き出した。
俺は目の前の相手を処理し、念の為いつでも加勢できるよう準備をしていたが、みな危なげなくゴブリンを討伐していた。
だいぶ戦い慣れているようだ。さすがだな。
「みんな、よくやった。この調子でどんどん進もう」
「うん」
「はい!」
「おう!」
幸先の良い初陣。三人の顔は晴れやかだ。
俺たちはさらに先へと進んだ。
順調に探索を進め、地下5階に到着した。
そんな中、俺はこのダンジョンに心から落胆していた。
まず、敵が弱すぎるのだ。ゴブリン、スライム、ビッグラットなど、Eランクモンスターしか現れない。
それに、罠や隠し扉のようなギミックもない。
最後に、宝箱から得られるアイテムも錆びついたナイフなど価値の低いものばかりだ。
実家の近くにあるダンジョンと比べると物足りなさすぎる。
慎重に進んでいたがその必要はないらしい。早々に攻略してしまうか。
「す……少しお待ちを……」
後方から聞こえるのはエリーゼの声だ。だいぶ息が切れている。
「はぁ、はぁ、はぁ。すまない、ハル殿……。もう少しゆっくり歩いてもらえるか……?」
「ちょっと……きつい……」
エリーゼだけでなく、ローザもハンナも?
「みんなどうしたんだ?」
「ハ、ハル様はお疲れではないのですか……?」
「……いや、全くだが?」
「なんと……?」
「うそ……?」
呆然とした様子でこちらを見る一同。
気づけば三人ともかなり疲れてしまっている。歩くのも精一杯という状況だ。
ここまで自分の体力を基準にずんずん進んできた。
だから他のメンバーの状況を考慮できていなかったのだ。
……これ以上進むのは危険だな。
「みんな無理をさせてすまなかった。今日はここまでにして引き返そう」
俺の言葉に、三人が安堵の息をついた。
地上に戻る間、俺は今後について考えていた。
体力の限界まで探索させてしまったのは俺の責任だ。次回からはみんなの健康状態にも気を配ることにしよう。
しかし、ダンジョンは地下十五階まであるのだから、このまま再び地下五階まで下りたところで、結果は変わらない。
つまり、三人の体力アップは必須。
計算外だが仕方がない。なんとかしなくては。
「ハル様、すみませんでした。わたくし達の力が及ばないばかりに、こんなに早く引き返すことになってしまい……」
「いや、こちらこそ無理をさせてすまなかった。俺の責任だ。許してほしい」
俺の謝罪に、エリーゼが慌てた様子でそんなことはないと両手を振る。
俺は再び言葉を続けた。
「みんなは本当に頑張ってくれた。とても感謝している。だが、このままではダンジョン攻略は不可能。そこで一つ頼みたいことがある。これから一週間、体力の底上げをしてほしいんだ」
こちらから誘ったダンジョン攻略なのに、図々しいお願いだ。俺のわがままでしかない。
さすがに断られるかと思ったが、みんなの反応は意外なものだった。
「わたしは……やりたい……!」
「私もやる! ハル殿に勝つためには当然だ!」
「わ、わたくしだって二人には負けていられません!」
全員やってくれるのか……?
どうやら、俺は良い仲間に恵まれたらしいな。
「ありがとう! なら早速始めよう!」
「……え? これから……ですか?」
「もちろんだ! 簡単な訓練だから心配しなくていい。学園の周囲を十周、それを毎日十本やるだけだ!」
じいちゃん流の訓練を俺なりにアレンジしたもので、俺も毎日こなしている日課だ。
「え!?」
「つまり、毎日百周ということか!?」
「それは……無理……かも……」
全員が愕然とし、特にハンナは諦めかけている。
「なに、ただ走れと言うわけではない。魔力やスキルを使用してもいいんだ。この訓練の目的は、ダンジョンを攻略するまでの総合的な体力をつけることだ!」
「そ、総合的な体力? どういうことです?」
「……そっか。わたし……なんとなく分かる。もとの体力は少なくても……魔力を使うと力が湧いてくるし……スキルはわたしを助けてくれるから……」
「ハンナ!?」
「ふむ、なるほどな。私のスキル【炎術士】も、うまく使えば体力を補えるのか?」
「ローザまで!? わ、わたくしの【鑑定士】は一体どうすれば!?」
「さあみんな、スタートだ!」
「うん……!」
「よぉし! やってやるぞ!」
「ふぇぇえ!?」
三人が思い思いに走り出した。エリーゼの反応にはやや不安を覚えるものの、周りに仲間がいるからヒントは得られるだろう。俺も当然サポートはする。
さてちょっと手が空いたから、俺はずっと行きたかったあそこへ行ってみるか。
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