第4話 クソボケドラゴン使いハゲ

 シャルは、ショックで気を失ったようだ。そもそも、魔法の連続使用で衰弱していた。マシュは優しく地面に寝かせ、彼女の見ていた景色を確認する。


「…………燃えとる。街か。なんやレンガか? 歴史の資料集で見たような感じやな。ほいで……」


 ここからは距離があるために確証は持てないが、恐らく人の遺体もちらほらと見える。


 それを。

 掘り起こす仕草をするような怪物が居た。


「なんやあれ。デカいで実際。トカゲ? コウモリみたいな羽生えとる。…………おいおい、人間食うんか」


 羽の生えた巨大なトカゲのような怪物は確認できる限り3頭おり、破壊され燃えている街を闊歩していた。時折空へ向かって吼え、口から炎が噴き出した。恐らく街の火も、この怪物がやったのだろう。


「シャル!」

「ん」


 そこへ。

 焦ったような男性の声がした。振り返るとこの洞窟の入口のある丘の上へ向かって、森の中からやってきた人物が居た。装飾の着いた豪華そうな、燕尾服に似た格好をした男性だ。きちんと切り揃えられた短髪の色はシャルと同じプラチナ。


「お兄さま……」

「戻ってきてしまったのか。護衛は……全滅したのか」

「えっ?」


 男性がシャルの上体を起こすと、彼女はそう言った。男性はシャルの手を握り、次にマシュを見た。


「見慣れない異界の服。異国の肌。……禁術を使ったのか、シャル」

「……はい……。申し訳ありませんわ」

「いや、いい。恐らく父上はそれを見越していた」


 男性はシャルを慮り、心配する様子を見せていた。シャルもやや安心している様子だ。マシュはゆっくりと近付く。


「私はアルルルルル・ル。この国の王子だ。少年。名は」

「……マシュや。王子?」

「ああ。たった今滅亡したがな。マシュ。頼みがある。君をこの世界に喚んだ召喚主であるシャルを、国外の安全な所へ逃がして欲しい」

「…………」


 男性は王子を名乗った。つまり彼を兄と呼んだシャルも、その家系ということになる。


「何がどうなっとるんや?」

「余り話している時間は無いが……。奴らは我々ル家に伝わる禁術が狙いだ」

「シャルを洞窟に閉じ込めたんは?」

「こちらの手の者だ。逃がす為にな。しかし恐らく、護衛は全滅した。だから妹がひとり残され、君が喚ばれた」

「全滅? シャルはそんなこと言っとらんかったで」

「…………妹にこの光景を見せたくないと、私の我儘で眠らせた。護衛達は恐らく、洞窟のモンスターにやられたのだろう」

「モンスター……」


 怪物モンスター。マシュは背後を振り向いた。あの巨大な羽付きのトカゲは。


「見付けたぜ!!」

「!」


 遠くで燃える街ではなく。いつの間にか目の前に出現していた。


「うおお!?」


 赤い鱗に覆われた身体。黒く大きな爪。長く太い角。圧倒的な存在感。

 すぐさま飛び退くマシュ。アルル達の所まで後退する。


「グルル……! グオォォォオオ!!」

「うっ」


 人間ひとりくらいなら一飲みで丸飲みされそうなほど大きな顎が開き、怒号が木霊した。耳が痛いほどの爆音。3人はその場から動けない。


「ドラゴン……!」


 アルルが言う。マシュは空想上の生物ドラゴンの実在を確認して、混乱する。


「待て。だ。よし、良い子だ」


 その、ドラゴンの背から。

 大柄な男が飛び降りた。


「はっはっは! こんな所に隠してやがったのか。その女が禁術使いだな。サーモン王国王女シャルルルルル・ル」


 何やらマークが描かれた黒いローブに身を包み、背中に槍を背負ったスキンヘッドの大男。彼は歪んだ表情で真っ直ぐにシャルを見た。


「この場は私が! 良いか、真っすぐ進め! 戻ってくるなよ!」

「は?」


 アルルが、剣を抜いて前へ出た。シャルをマシュに任せて。


「お兄さま!」

「行け! マシュ! シャルを頼む!」

「…………!」


 自信満々な大男はかなり強そうだ。その上、彼の背後には絶望的な巨大さのドラゴン。

 逃げ道は、ひとつ。あの洞窟だ。


「おいおい泣けるなあ。妹の為に死ぬつもりか王子アルルルルル!」

「兄とは、弟妹を守る為にある。行くぞ賊め!」

「お兄さまっ! お待ちにマシュさん、お兄さまがっ!」

「いや、無理やて。流石に逃げる」

「そんなっ!」


 マシュは。

 優先順位として召喚主であるシャルを一番に考えるよう洗脳されている。この場合はシャルの命令に背くことが可能である。

 彼は再びシャルを担ぎ、洞窟へ飛び込んだ。


 最後に入口の方から衝撃音が響いたが、振り返らずに。






✡✡✡






 入口は、そこまで大きくない。あのドラゴンは入れないだろう。つまり追ってくるとしても、あの大男だ。


「はぁ……。はぁっ! くそ、俺別に部活とかやっとらんし体育会系ちゃうねんけどな!」

「マシュさん……。ううっ」


 息を切らせながら走る。やがて小銭を置いた最初の場所を越え、さらに奥へ。


「シャル、お姫様やったんか」

「……はい。一応。わたくしはサーモン王国王女でしたわ。……ですがもう」

「……はぁ。あの街がサーモン王国やったんやな」

「はい。大きい国ではなく、国民も多くはありませんでしたが。人は優しく、森も豊かで。大好きな国でしたわ……っ」

「…………ぜぇ、ぜぇ」


 マシュも体力がある方ではない。歩きも交え、とにかく急いで奥へ向かう。今捕まれば終わりである。どこへ向かっているか分からないが、とにかく進む。

 途中、鎧を着た男性の遺体を踏みそうになった。恐らくシャルの護衛だった兵士だろう。だがマシュは構わず進む。


「う。う。…………うええええぇぇー……!」

「…………!」


 背中から、シャルの悲痛な泣き声が洞窟内に響く。

 今日。彼女の国は滅んだのだ。あのドラゴンの群れの襲撃で。しかも、禁術を狙う何者かの手によって。


「うわぁぁん! ひっく……! ぅぅ……。お兄さまぁ……!」

「(泣くわな。そら泣くわな。俺も泣きたいもん。意味分からん。なんでこないなことになっとるんや……)」


 マシュが思い浮かべているのは。召喚主であるシャルをこんな目にあわせた、犯人の顔。

 あの、スキンヘッドの大男の歪んだ笑みだった。


「(クソボケ……!)」

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