第3話 流石に緊急事態すぎる

「風? あー……。なんとなく吹いてるかもしらん。壁沿い? あー、なるほど。ほむほむ」


 マシュは加藤シメサバと再び通話し、現況を伝えて攻略法を聞いていた。


『ほいで内山お前、なんか能力ないんか』

「は? 能力?」

『スキルみたいな。なんかギフトや』

「なんやそれ。俺のスキルはそろばん7級と水泳6級と……漢検9級や」

『微妙過ぎるやろ全部。習い事多いご家庭やったんやねーっていやそうやなくて。魔法みたいな』

「使える訳無いやろお前そんなもん」

『そうか……。転移特典みたいなの無い感じか』

「なんやのんそれ」

『あとお前それ、お姫様大事にしろよ。ヒロインやぞ絶対』

「いや知らんがな。安全圏からゲーム感覚で言うなよ」

『できたら俺も召喚してくれ』

「ランダムらしいぞ。ガチャやガチャ」

『いやお前もゲーム感覚――』


 ぶつり。通話はそこで途切れた。意思疎通の魔法の効力が切れたのだろう。


「ふむ。まあ聞きたいことは大体聞けたな」


 そうしてシャルの方を向くと。


「はぁ……」

「おん? シャル?」

「ぅ……。いえ大丈夫ですから」


 思えば始めから座り込んでいた。辛そうにして、手を地面に突いている。


「おいおい体調悪いんか?」

「はぁ、はぁ。ちょっと、短時間に魔法を使いすぎましたわ。自分なら良いのですが、相手に掛ける魔法は消耗が激しく……。また召喚魔法自体も」

「分かったから楽にせえ。もう無理したらアカンて。逃げなアカンのに」


 こんな所で倒れられるとどうしようもなくなる。

 洞窟をよく観察すると、壁の蝋燭の光はずっと奥まで続いている。


「まあ、じっとしとってもしゃあない。行くか。シャル立てるか? 歩けそうか」

「え……。えっと」

「このまま腹減ったり眠なったりしたらそれこそ終わりやろ。おぶるで」

「えっ」


 マシュはシャルを担ぎ上げて、背負った。


「前と後ろ。どっちから来たか分かるか?」

「…………すみません。覚えていませんの」

「ほなまあ、差し当たり真っすぐ行こか。目印として小銭置いとけ言うてたなシメサバ」


 マシュとしても、冷静になったとはいえ、未だ現実味は無い。だが目の前に困っている人が居れば、助けてあげたいと思うのが人情である。


「(そらどっか戻る方法くらいあるやろ。魔法あんねんから)」


 そう考えていた。


「ほいで、なんで捕まったん? なんで捕まえて洞窟なん。拘束とか監視とかもせんやん。その敵の目的はなんなんよ。ほんまに『捕まった』んか?」

「分かりませんわ」

「あんたは何者なん」

「……シャルルルルル・ルですわ」

「いやまあ……」

「……ル家は、代々召喚魔法を後世に残すことを使命にしてきましたの。わたくしが当代の継承者ですわ」

「ほむ」

「召喚魔法は、『禁術』に指定されていて。現代では使用禁止は勿論、研究も修得も禁止で、つまり実質、ル家のみが所持している状況ですのよ」

「ル家が継承する分にはええんや」

「はい。世間に秘匿していますが、魔法協会との取り決めで、魔法技術保存の為に継承していますわ。勿論、許可無く勝手に使用することはできませんわ」

「ほん。んでも、使ったと」

「…………はい。緊急事態ということで、使いましたわ。わたくしは……。うっ」


 禁術。

 実際に召喚されて、確かにとマシュは納得した。相手の都合も何もかも一切無視して召喚するというのは、とんでもないことである。例えばもし、入浴中だったら。試験中だったら。運転中だったら。考えただけで悲惨なことになると分かる。


「緊急事態、やなあ」

「……はい。何か薬で眠らされて。目覚めたら洞窟でひとりだったのですわ。ここがどこかも、出口も分かりませんの。……怖、くて」

「まあ、しゃーないやろ。もう大丈夫や。俺に何ができるか分からんけど。取り敢えず出口探そうや」

「はい……。すみません。ありがとうございますわ」


 マシュは、泣き腫らしたシャルの表情や不安そうな様子を見て、なんとかしてやりたいと思っていた。自分が帰れるかどうかは、今は考えないことにした。

 召喚魔法は、『①召喚』した下等生物を『②洗脳魔法』によって『③使役』するものである。マシュは無意識下で、シャルの望むことをしてやりたいと思うようになっている。

 シャルの練度が低く、洗脳の効力は微弱であるため、加えて元々のマシュの性格も合わさり、逆に強い違和感などは抱かなかった。






✡✡✡






 加藤のアドバイス通り、暫く壁に沿って歩いていると。


「風やな。間違いなく。出口や」

「……! ありがとうございますわ! あの、もう、自分で歩けますから」

「ほか」


 ふわりと、シャルのプラチナの髪が揺れた。徐々に光が差してくる。方向は合っていたようだ。シャルはマシュから降りて、元気よく駆け出す。


「結局なんやったんや。この誘拐? は。簡単に逃げれるやんけ」


 シャルに続いて、マシュも外へ出る。新鮮な空気が鼻腔を駆け抜ける。

 と同時に。

 何やら焦げくさい匂いがした。


「シャル?」


 洞窟を出た先は丘の上であった。周りは森で、シャルは崖の方で立ち止まっていた。


 赤い。

 焦げくさい匂いは、『その景色の先』から運ばれてきている。


 燃えているのだ。街が。


「…………なん、で……」


 シャルに追い付く。彼女は信じられない光景を見ているようで、驚愕に震えていた。


「わたくしの国が……」

「は?」


 森に囲まれた、煉瓦造の建物が並ぶ街並みが。

 破壊され、炎上している。


「わたくしの国ですわ。あれは……。わたくしの」

「おいシャル? なんやねんこれ」


 ふらり。シャルが立ち眩み、倒れる。それを支えたマシュ。


「うそよ……。いや。いや……!」


 悲鳴は聞こえない。破壊の音も。

 つまりもう、のだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る