第2話 厳密には転移でも無かったやんけ

「落ち着きましたか?」

「……ああ。取り敢えずはな」


 しばらく叫び散らした内山だったが。無駄だと悟り、徐々に冷静になった。

 洞窟の壁を背にして座り、少女と向き合っていた。


「では改めて。わたくしはシャルルルルル・ルと申しますわ」

「ル多すぎやろ」


 少女は座ったままだが。右手を胸に当てて、名乗った。髪はプラチナのストレートで白い肌に、瞳は青い。内山は彼女を最初西洋人だと思ったが、目鼻や口など顔付きは東洋人のようだと思った。


「シャルとお呼びくださいませ。ルが嫌ならば、もしくはシャと」

「いやシャルでええわ。なんか変な――いや、真面目に言うてるんやったら変なっちゅうのも失礼なんか。俺は内山シュバルツや。まあ俺の名前も大概やな」

「ウチヤマシュ……」

「んー。マシュ言うあだ名は昔あったな」

「ではマシュさん」


 何せ、美しかった。今は暗く汚い洞窟で汚れているが。本来その髪も肌も服も、綺麗であっただろうと想像する。瞳は大きく鼻はやや低い。マシュは彼女をひとつふたつ程度年下だと思った。


「……ここはなんなん。ていうか言葉、さっきちゃうかったやん」

「意思疎通の魔法をあなたに掛けましたの。この世界は沢山の種族とそれぞれの言語がありますから。最も多く使われている魔法のひとつですわ」

「…………『魔法』なあ」


 冷静になって視野が少し広がると、マシュは学生服ズボンのポケットにあるスマホを思い出した。


「……流石に圏外か。一応電話しようとしてみるか」


 そして。無料SNS通話アプリから加藤シメサバの名前をタップした。


 数度のコールの後。


『もしもし!? 内山ぁ!? お前今どこや!? 何しとんねん!?』

「うおおっ。加藤! なんや繋がるやんけ!」


 スマホの向こうから、心配する加藤の声。


『繋がる? 何言うてんねん』

「いや加藤。なんか俺、今洞窟におんねん」

『はぁ!? 洞窟!?』

「いや多分な。アレやわ。俺光って消えたやろ? アレや。お前の言うてた異世界転生や」

『はぁ!? お前そのまま飛んだんか!?』

「そうや」

『ほな転生やなくて転移や! 二度と間違えるなボケが!!』

「怒り過ぎやろ笑ろてまうわ。ええから詳しく教えてくれ」






✡✡✡






 数分の通話の後。急に切れてしまった。


「おん? 切れてもうた」


 その後何度タップしても繋がらない。


「凄いですわね。下級異界の通信魔法? はそこまで進歩していますの」

「ん?」


 シャルが、感嘆の声を挙げた。


「恐らく、わたくしがあなたに意思疎通の魔法を掛けたから、その魔道具が使えたのでしょう。効力が切れたので再び使用不能に。今はわたくしが自分に掛けていますから」

「なるほど。下級異界。通信魔法。魔道具? 俺らの世界のこと、そっちでそう言うんや」


 マシュは完全に落ち着いていた。どうあれ、元の世界に居る加藤との連絡はできる。それに安堵していた。


「ほいで、なんで洞窟なん? シャル、あんたは何なん? ていうか洞窟に蝋燭て、一酸化炭素中毒で死ぬやん」

「…………説明、いたしますわ」


 異世界転移とは言うものの。マシュは暗い洞窟にずっと居る。他には蝋燭とシャルだけなのだ。徐々に自分が落ち着いているのもおかしいなと思い始める頃。


「わたくしは何者かに捕まり、この洞窟に閉じ込められていますの」

「ほう?」

「そこで、状況を打開しようとわたくしの国と家に伝わる禁術である召喚魔法を使いましたわ」

「ほむ」

「そうして現れたのがあなたということですの」

「ふむ」


 シャルは、最初に見た時は泣いていた筈だ。だが今はもう、マシュと同じで落ち着きを取り戻している。


「召喚魔法か」

「あの……」

「おん?」


 説明後、シャルは申し訳なさそうな表情をした。


「こちらの状況が切羽詰まっていたとはいえ、ご迷惑だったでしょう。申し訳ありませんわ」

「……いやまあ……。ビビったけども。なんで俺なん? 敵に捕まった洞窟をどないかするんは無理やで。俺普通の高校生やし」

「…………召喚魔法は禁術として指定されて久しく、わたくしも初めて使用しましたわ。つまり練度が足りておらず、その召喚する対象を能力などで選ぶというような高度なことはできませんの。何か活路を見出だせればと、半ば賭けとして使用しましたわ」

「なるほど」


 マシュは冷静に考える。捕まったということは脱出したいのだろう。だが、洞窟がどこまで続いているか、どちらに行けば良いかなど分からない。


「重ねて申し訳ありませんわ。召喚魔法は『召喚』魔法。あなたを元の世界に戻す術も、わたくしは知らないのですわ」

「マジで?」

「はい……」


 シャルは、期待していたのだ。

 この状況を打破でき。急に呼び出されて文句も言わず。自力で元の世界に帰ってくれるような下等生物を。

 否。違う。彼女はそこまで考えていない。

 この絶望な状況で。たったひとり、暗闇の底で。

 なんとかあがき、出来る唯一のことが禁術だっただけである。


「ふむ。ほな、俺に出来ることもやるか」

「えっ?」


 俯くシャルを見て、マシュはこう思った。

 何でラノベ好きの加藤やなくて、そんな詳しくない俺やねん、と。


「もっかい掛けてくれ。意思疎通の魔法。スマホが繋がるなら、やりようはあるやろ」

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