2 「小娘の場合」


 小娘は三毛猫だ。

 ミケさまと同じ三毛というか、おそらく親戚だろうと思われるのだが。

 そんなことはともかく。

 ――――…こ、こわかった、…―――。

 家に近付いて、空腹のあまり、ごはんのいい匂いがしてくる窓辺に近付いていた。

 ガラスの向こうにこわいかおをしたミケさまがいたが、この透明なガラスというものが仕切っている空間からは直接出入りできないことは学習している。

 こわいが、出て来たニンゲンが置いていったごはんのにおいにすべてが吹き飛んでいた。

 ――――ごはんっ、…!

すばやく、できるだけはやくたべる。

そうしないと、次はいつ食べられるかわからない。

食べ終わると、ダッシュで逃げた。

 ニンゲンが鳴くときてくれる。

 学習した。

 ニンゲンがそばにいるとまだこわいけど、ごはんがまいにちたべられるようになって、だんだんきもちがおちついてきた。

 ニンゲンが、そっと手をさしのべてくる。

 ごはんをたべながら、にらむ。

 ちょっとだけ、においをかぐ。

 あくまで、ごはんを食べるのがメインだ。

 そして、ニンゲンが近付くとやはりこわい。

 ごはんがあっても、とびのいてにげる。

 そうやって逃げていたら、このニンゲンはごはんをおいたらすこしはなれて、手のとどかないところでしゃがむようになった。

 ごはん、といってすこしはなれてみているから、用心してごはんにちかよる。

 食べても大丈夫みたいだ。

 ごはんを食べる。

 あんまりおいしくて夢中になる。

 ニンゲンは、ごはんを食べたらおさらをさげる。

 それから、しばらく何かいっているようだけど、意味はわからない。

 身振りで振りで、ガラスの向こうをさしているのはわかる。それから、ごはん、とか何かいっているのだが。

 わからない。

 だから、にげる。

困ったかおでニンゲンがみているのが、なんだか、もうすこしだけ、そこにいたいようなきもちになって、飛び離れて行こうとしてのった塀の上でふり向いた。

 ニンゲンともうすこしいっしょにいたい気もする。

 そうして、ある日。

 ニンゲンから離れて行こうとしたとき。

「―――――――…!!!」

 ミケさまの猛追に、驚いて命懸けでダッシュした。

 はやい、そしてあれは本気だ。

 つい最近、この辺りにあらわれた小娘だったが、近所のネコ達からうわさできいたことがあった。

 この冬はみかけてないけど、この近辺は女王さまのものだから、気をつけないといけないよ、と。

 何でも、とても美ネコで厳しい三毛猫の女王様がおられるので、テリトリーをおかすことは絶対にしてはいけないらしい。

 そういわれても、これまで遭うことはなかったので、知らなかったのだが。

 というか、ガラスの向こうからはミケさまの匂いははっきりとせず、外には匂いがなかったから、平気かと思っていたのだ。

「―――――…こんなのありー?!」

 一生懸命駆ける。

 逃げ続けて、ほっと一息吐けたのは随分と離れた場所だった。狭いすき間に逃げ込んで、息をひそめる。

 あの速度、ありー?!

ずっと室内にいたのではなかったのか。なんであんな筋力があるのだ。

 それに、あの迫力。

 心底、命がもうおわるかと真剣におもった。

 あんなの、反則だ。

 迫力が違いすぎる。

 あれが、この近辺の女王、ミケさま。

 ごはんとミケさまの恐怖にはさまれ、その後、ミケさまのいる南側を避け、家の北側でごはんを呼ぶことになる小娘であるが。

 ともあれ、このときはじめてミケさまの恐怖を知ったのだった。


 ミケさまは、苛烈である。


 女王であるミケさまに逆らえる勢力は、この近辺には存在しない。

 カラスは、大きな敵勢力ではある。だが、ミケさまと正面切って戦おうとはしない。

 ニンゲンには、色々あるが、主に下僕とそれ以外に別けられる。危険なニンゲンに対しては、隠れてやりすごす。

 ミケさまは、今日も外でゆったりとすごしている。

 庭でひなたぼっこをしながら、縁側の下でゆっくりとねむる。ねむりながら、気配は手に入れている。

 小娘があらわれたら、追撃するのは瞬時だ。

 縁側のガラスが開いて、ニンゲンがかえっておいでよーとかいっているが、無視する。

 良い天気だ。

 ミケさまは、今日もゆっくり、庭の警護をしながら、ひなたぼっこをしている。




                                ――了――

                       「ミケさまは、苛烈である。」


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「ミケさまは、苛烈である。」 TSUKASA・T @TSUKASA-T

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