第2話―淫魔の恋・・・
2―淫魔の恋・・・
「ここでいい、降ろしてくれ」
「まいど」
探偵事務所のあった港町から、馬車を一晩、走らせ続け、二つ隣の街で、馬車を降りた。運転手は降りる際に、口止め料としてさらに十万持っていった。
クソ野郎め。だが命には代えがたい。三日ほどは運転手の口も堅いだろう。
その間に長旅の支度を済ませなければならない。
まずは宿を探そう。私が一歩あるきだすと、袖口を引っ張られた。
キキだ。キキが私の袖口をつまんで、立ち止まっていた。
キキにはエルフ族だと気が付かれないよう、その特徴的な長耳が隠れるよう、フード付きの黄色い外套を着せている、だから顔に影がかかり、表情がうかがえない。
「なんだ」
キキは、私の呼びかけに答えもせず、何かを見つめていた。
なんだ、何を見ている。ははん、腹が減っているのか。キキの視線の先にはもくもくと煙をたてながら、炭火で焼かれ、肉汁を滴らせる串肉屋があった。串肉屋の前に立てかけられた木の板に、羊肉と書かれている。たぶん手書き。
見ていたら私も腹が鳴った。串肉屋の両サイドも、たこ焼き屋に酒屋だった。他の店からも美味そうな匂いが漂ってくる。路上にはプラスチックの白いテーブルと、椅子が置かれ、酒と食べ物を頬張る客でにぎわっている。
「先に腹ごしらえだな」
キキはコクリと頷いた。都合のいいところだけは聞こえる長耳らしい。
「長耳は都合のいい言葉しか、聞き取れないのか?」
キキは私を睨んだ。私はキキに脛を蹴られる前に、羊肉の串肉屋の店主へ話しかけるべく、早々に歩き出し、キキは慌てて私の後についてきた。ケツを蹴られた。クソめ、良い根性してやがるぜ、まったく。
「オヤジ、串焼き十本、塩とタレ半々で」
「あいよ、出来たら呼ぶから、番号札、これね十四番」
店主は狼族のコボルトだった。コボルトは手際よく羊肉に串を刺し、炭火で焼きあげていく。
「次は飲み物だな」
私は隣の酒屋に向かい、黒ビールを注文した。店主は両腕に羽を生やした美人な姉ちゃんだった。鳥族のハーピーだ。
「はいよ、暗黒騎士の黒ビール。中ジョッキ!」
私は黒ビールを受取った。そこでケツを蹴られた。
下を見るとキキが不服そうに私を睨みつけていた。そうだった。しかしビールを飲めるのか?
「オレンジジュースがあるよ!」
酒屋の店主が気を利かせてくれた。
「それだ」
「はいよ、ハーピー農園の取れたて100%オレンジジュース。一杯!」
細長いコップに、オシャレな青と赤の線が入ったストローが刺さっていた。
キキはオレンジジュースを受取るとまじまじと見つめていた。駄目だ、よろこんでいるのか、落胆しているのかの判断がつかん、無表情すぎるだろ。
「ほら、行くぞ」
私はキキを連れて、白いプラスチックのテーブルの席へと腰を落ち着かせた。
天気は晴、黒ビールの汗をかいたジョッキに口をつけ、太陽の下で黒ビールが喉を潤す。
ゴキュンゴキュンと一気に半分ほど飲む。脳ミソが気持ちよくなる。前をみると、キキがオレンジジュースを見つめていた。まだ口をつけていなかった。
「飲まないんなら、飲んじまうぞ」
キキは私を睨み、ストローに口をつけた。ストローの白い部分がオレンジ色に染まる。
キキの半開きの瞼が開かれ、半開きの瞼が上がり、眼玉がまん丸になった。外套の外からでも、長耳が小刻みに動いているのが分かった。
「お前、案外わかりやすいな」
白いテーブルの下で、脛を蹴られた。
いい加減、人を蹴るのは、いけない事だと文句を言おうとしたところで、呼ばれた。
「十四番! 十四番、串焼きできたよ!」
私は、キキに人差し指を向け、次はないと忠告してから串焼きを十本受け取り、席へ戻った。キキのオレンジジュースが空になっていた。
「なくなった」
飲めばなくなるだろうが。
「おかわり」
喋ったかと思えばこれだ。
「先に食うなよ、買ってきてやるから、大人しくしてろよ」
「わかった」
私は再びハーピーの姉ちゃんの酒屋へオレンジジュースを買いに行く。
「あら、気に入ってくれて、うれしいわ」
姉ちゃんは世辞を言う。
「黒ビールも追加だ」
「まいど」
私が、席に戻ると、キキは串肉を頬張っていた。串肉は残り五本だった。文句の一つでも言ってやろうと思ったが、口元を汚しながら串肉を必死に頬張る奴を叱るわけにもいかず、うまいかと聞いて、オレンジジュースを渡してやった。
「うみゃい」
食べながらしゃべるな。
私は、再びプラスチックの白い椅子へ腰を落ち着け、串焼きの羊肉を噛みしだ き、黒ビールを流し込む。香辛料と羊肉、そして黒ビール。至福の時間だ。
キキが、六本目の羊肉を頬張りだした。おいおい、丼ものを探してきた方が良さそうだ。串焼きで満足しなさそうだ。昨日の夜から朝食まで、何も食べずに馬 車に揺られていたからな、腹ペコで当然か。そう考えると私もなんだか腹が減ってきた。仕方ない。なにか腹にたまる物を探してこよう。
私は席を立った。同時に、女の泣き声が耳についた。わんあんわんあんわんあんーーーーーと五月蠅く泣きやがる。なんだ、マフィア共に見つかるにしては早すぎるし、女の鳴き声だ、痴話喧嘩か?
キキも驚いて、串肉を頬張る手を止めている。キキはゆっくりと背後へ首を回し、下を見た。
声の主はキキの背後にいた。豊満な胸を強調するように、布面積の少ない、黒くぴっちりと張りつき、お臍が丸出しの上着と、鼠径部だけが奇跡的に隠れている下着のようなズボンを履いている。そして仙骨あたりから、赤くエナメル質な尻尾が生え、先っぽがハート型をしている。髪はピンク色の長髪、ストレート前髪ぱっつん。
そのうえ、四肢がやせ細りすぎて骨が浮いている。そんないかにも関わり合いたくない手合いの女が、地面に座り込み、晴天の大空へ向かって、泣き叫んでいた。
めんどうな匂いがする。私はキキヘ席を変えようと提案しようとした、けれども、キキはそれよりも早く、泣き叫ぶ女へ話しかけてしまった。
「なんで泣いているの?」
女は、要領を得ず、泣き叫ぶばかりだ。周囲で飲み食いしていた客達も手を止めて、泣き女の様子を窺っている。まずい、目立つのは、よろしくない。
キキは、なにを思ったのか、手に持っていた羊肉の串焼きを泣き女の口へ突っ込んだ。
「馬鹿、なにをしているんだ」
「お腹空いているのかと思って」
そんなわけがないだろう。
女は状況を整理しているのか、もごもごと、口の中の串焼き肉を甘噛みしている。羊肉だとわかると、むしゃむしゃと食べだした。
「おいしい……」
ぱっと、女がキキを見つめ、キキもまた見つめ返した。
「あら、可愛いお嬢さんね」
「お姉さん、お姉さんは、なんで泣いていたの?」
まずい、キキがめんどうごとに首を突っ込んでいくタイプだとは思わなかった。止めるタイミングを完全に逃した。
「それがね、タクト君がね……タクト君が」
うえーんっと、女は再び泣き出してしまった。
「キキ、もう行くぞ」
「嫌だ、この人の話、聞いてみたい」
なんで、そんな一銭にもならなそうなことに興味を持つのか、まいるぜ、まったく。
「うるせえ、もう行くぞ」
私は、キキの華奢な腕を掴み、椅子から立たせた。そのまま連れて歩こうと、 一歩、踏み出すと、なぜか手が水のような液体でつるりと滑り、キキの腕が抜けた。
「触らないでよ!」
キキを見ると、私に捕まれた腕を摩りながら、睨みつけてくる。それはいい、キキが私を嫌悪しているのはいいが、問題はキキの腕に血がついていることだ。怪我をしたのか? 違う、ではどこから、私の手の平に嫌な感覚がある。料理で野菜を微塵切りにしていて、間違って刃物で中指を切ってしまった時の、あの、嫌な感覚だ。視線を手へ下ろすと真赤だった。ついでに地面も血で赤く染まっていた。血は、なお、ドクドクと鼓動を刻みながら、流れ落ちている。
私の手は、刃傷でズタズタに裂かれていた。
キキがやったのか? なにをしたんだ!? 魔法? 無詠唱の攻撃魔法、エルフ族なら当然だ。
「ちょっと、なによこれ――、アンタなにしたのよ!?」
キキは私の手を見て、口をあんぐりと開けて困惑している。どうやら自覚がないようだ。
「ヒール」
私はとりあえず回復魔法ヒールをかけた。手の刃傷は塞がり、止血できた。
問題は、周囲の注目を集めてしまったことだ。昼から酒を飲んでいた陽気者達の手が止まってしまっている。目立つのはまずい。
「わかった、わかったから、その女を連れて、移動するぞ、それでいいな?」
キキは私を睨み、それからコクリと頷いた。
私はしょうがなく、キキと二人で泣きわめく女の肩を支えながら、素泊まりができるホテルを探すことにした。幸い、ホテルはすぐに見つかった。ビジネスホテルだ。受付で緑色の髪先をくるくるといじくっている受付嬢に三人部屋が開いているか聞くと首をコキコキと鳴らしながら。
「ねえっす、二人部屋なら開いているっす」
部屋に入れるならなんでもいい。部屋の鍵をくれ。
「119号室です」
緑髪の受付嬢はガシャっと、鍵を乱雑に受付テーブルへ置いた。
私は鍵を受取り、エレベーターで十階へと向かった。部屋はエレベーターから一番奥だった。
キキと私で、女をベットの上へ投げ出した。女は泣きつかれたのか、すやすやとね寝息をたてている。なんなんだまったく、この女は。
「タクト君……」
どうせ、うわ言のように呼んでいるタクト君とやらにふられでもしたのだろう。それで、人前で泣き叫ばれて、いい迷惑だ。クソめ。
それから、女が目覚めたのはキキがシャワーを済ませて、私が六本目の缶ビールを開けた時だ。
女は、私と、キキを交互に見て、それから何かを思い出したのか、また泣き始めようとした。
「わたしキキ、アナタの名前は?」
「わたし、わたしはリリーよ」
泣きわめいていた女はリリーと名乗った。キキは、リリーがなぜあんなにも泣いていたのか、普通だったら聞かねえだろということを躊躇なく問いただした。
私は二人の会話を呑みながら聞いた。どうやらリリーはいくつかの酒場で働いており、最近できた優しい彼氏のタクト君に、そうとういれこんでいる。サキュバス族だというのに、タクト君からしか精を吸収していないと自慢げだ。そのせいで四肢がやせ細っているいるのだ。誰の目から見ても、栄養不足だ。
そのタクト君が、一週間前から連絡がつかないという。そりゃあ、捨てられたんだろうと言おうとして、やめた。
「グラド」
キキが私を見ている、なにか罪を咎められているような視線だ。うざったい。
「金はあるのか?」
びしゃっと、手に持っていた缶ビールが飛び散った。かららん床を汚しながら転がる。
キキが枕を投げつけたのだ。
「お前な、俺らは旅支度を済ませて、山脈を一つ越えなきゃならないんだぞ」
「なにキキ、ヤマタ山脈を越えようとしているの?」
「うん」
「ふーん、なんで?」
キキは私を見た。話していいかどうか、躊躇しているのだ。私は首を横へ振る。
「話せばリリーを巻き込むことになるぞ」
キキは一案を考えてから、喋った。
「故郷に帰るの、それだけしか話せないや」
キキは顔に影を落とし、俯いた。
「ふーん、キキ達も大変なのね」
リリーが考え込む。
「そうね、タクト君の事は私個人の事だから、私でなんとかするわ、キキに迷惑かけたくないしね」
「でも……」
「いいのいいの、気にしちゃだめよ、キキは自分の事を大事にしなきゃ、ね」
キキはうんと頷く。
「それよりも聞きたいのだけど」
「なーに?」
「あなた達は恋人なの?」
リリーは、こってんと首を傾げ、頭の上にハテナを浮かべた。恋愛脳ってのはこれだから嫌なんだ。
違う、私はこのエルフを故郷まで送り届ける、そう、とてつもなく運の悪い、運び屋みたいなもんなんだよ、本職は探偵だが、説明すると、ややこしいくな る。と、そう説明しようとしたが、キキが先に口を開いていた。
「恋人ってなに?」
リリーは眼をしばたたかせた。
「あら、そこから……、それじゃリリーちゃんが教えてあげるわ」
キキがコクリと頷き、リリーの恋人講座が始まった。
「あのね、恋人ってのはね、一緒にいるだけで胸がぎゅーってなってふわふわ―って胸が暖かくなるんだよ」
要領を得ない、聞いているこっちの頭がどうにかなってしまいそうな内容だった が、キキは興味深々で聞き入っている。訳が分からん。
それから、リリーとキキは、同じベットに寝転がり、額を突き合わせて、なにやら小声で会話を楽しんでいる。もう勝手にしていくれ。
キキが疲れて寝てしまうと、リリーはベットから降り、私の隣の椅子に座り、まだ開けていない私の缶ビールを開けて、一口飲んだ。
「アナタお人よしなのね、キキとはなんの関係もない赤の他人なんですってね」
キキが話したのか。結局こうなる。
「人魚に騙されたんだ」
「ふーん、人魚ね、魔法使いが人魚に騙されるのかしら?」
うっとおしい口をきく。がりがりにやせ細った女だ。
「旅支度、ヤマタ山脈を越えるための旅支度を整えられる店を知っているか?」
「もちろん、この街の事なら任せてよ」
「三日だ、三日だけならタクト君とやらを探すのを手伝う」
「うふふ、ありがと旅の探偵さん。あなた優しいのね」
結局こうなるのだ。
私は、缶ビールを飲みながら、ベットへもぐりこんだ。
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深夜、私は、キキの寝息を聞きながら、ベットに仰向けに寝そべり黒ビールをちまちまと飲んでいた。明日はヤマタ山脈を越えるための旅支度を終わらせなければならない。今日一日を無駄にしてしまったのだ。誰かさんのせいである。幸い、この街の黒ビールはうまい、もう三日ぐらい飲み浸っていたい。
「ねえ、起きているのでしょ」
ぎしり。ベットが軋む。私の下半身が重くなった。
「なんだ、もう本性を現したのか、淫魔」
黒ビールから唇を放して、重みへ目をやると、リリーが四つん這いで私の身体をのぼって来た。そのまま私の手から黒ビールを霞め取り、ごくごくと残りを飲み干し、最後の一口を口内に含んだまま、私の口へ移す。口内に黒ビールとリリーの舌と唾液が流れ込み、私がそれを飲み下すと、すぐさまリリーの舌が私の 口内を物色する。奥歯に歯茎ときて舌先を舐めまわす。
リリーは舌で唇を舐めずり、滑らかな腰をくねらせ、私の腹部へ、その柔らかい肉蕾を擦りつけ、甘美な体液をぬめらせる。
吐息と喘ぎを混ぜながら、リリーは頬をあかく染める。
「ねえ、良いでしょ、お腹が空いているの」
「俺を殺す気か?」
「そんなつもり、ないわよ、ただちょっと、精をもらいたいの、ね、わかるでしょ?」
サキュバス族はた種族の精を吸収することで生命エネルギーを得る生態だ。問題は、人間が動物を殺して喰うように、サキュバスは人間の精を吸いつくして殺してしまうことだ。
リリーはだんまりを決め込む私の耳元へ唇を添えていじわるそうに口ずさむ。
「じゃないと、あの子から精を吸うことになるわよ」
リリーは、寝息をたてて熟睡しているキキをちらりと見る。どうも、キキを人質にした気分のようだ、私がキキの為に動くとでも? と普段なら強気に出れるのだが、いかんせん、人魚の魔法のせいで、危機を故郷へ送り届けなければ脳ミソぼーんで破裂させられるのだ。
「わかった、わかったよ、しよう」
「よかった、わたしもこの子を殺したくはなかったから」
リリーは私の下半身をまさぐり、肉棒をとりだすと嬉しそうにキスをした。今夜は死ねるかもしれない。
「いいのを持っているじゃない」
リリーはうきうきと、その小さな口を精一杯大きくあけて、肉棒を咥え込む。肉棒が体温と唾液で包まれる。舌の肉感が、尖端を這いずり、執拗に責めたてる。
「んぐ――はぁぁぅっ」
リリーは精を飲み下した。リリーのやせ細った四肢が、ふっくらと膨らみ、生命の輝きを取り戻した。私の息子はしおれた。
「まだ、立つわよね」
リリーは再び、私の肉棒を口へ含んだ。すると、肉棒が私の意思とは関係なく、そそり立った。
「立った」
リリーの眼が、暗闇で爛々と輝く。獲物を狩る肉食獣の眼だ。
リリーは、私の肉棒を握り、ぬめりを帯びた肉葉へ当て。肉花の内へは入れず、肉棒で肉葉を擦りつける。
肉と体温の暖かさが、肉棒の先端に伝いくる。肉葉を擦りつけた肉棒が、肉蕾を刺激するたびに、リリーは短い嬌声を漏らす。
「もう、入れるわね」
リリーは私の肉棒を固定し、肉花の奥へと、進肉させた。
「あ――はあぁぁあんッ」
リリーは身をふるわせ、余韻に浸り、それから腰を動かした。肉と肉が打ち合う、軽快な音肉が鳴る。
「リリー、グラド……」
キキの声だ。
リリーが、腰の反復運動を止めた。
キキが、眼を覚ましたのかと、見ると、キキは今だ浅い呼吸で、夢の中だった。寝言で名前を呼んだようだ。
リリーの肉花の奥が、私の肉棒を強く締めあげる。リリーはもだえるように果て、私の胸に頬をうずくめた。
「ばれたかと思った」
「食事を見られて恥ずかしいのか?」
「意地悪ね」
「静かにやるぞ」
「静かにって、どうやってーー」
私は、リリーの骨盤を両手で押さえ、肉棒を肉花の一番奥までとどかせた。
「あッ、おくーーッ」
私は、肉棒をリリーの肉花の一番奥、肉壺の縁を撫でるように円を描く。
リリーの肉花がより強く締めつけ、肉壺が口をぱくぱくと開けたのが伝って来た。私は肉棒を肉壺のさらに奥へ押しんだ。
「おッゥぅ、ダメーー、そんなの知らないのッッ」
未知の快楽から逃れようと、跳ね上がるリリーの白い桃を、逃がさぬよう押さえつけて、私は肉壺の一番奥へ、精を注ぎ込む。
「はぐッーー、んンンンッッッ!?」
リリーは、私の背中に抱きつき、爪を立て、美味な食事を楽しむように頬をほころばせる。
私の肉棒を、肉壁がねめつけ、精を一滴残らず絞りだす。
「痛いから、爪を引込めてくれるか」
「ダメ、もう一回ちょうだい、ね?」
すぐには無理だろうと文句を言おうとすると、肉壺の内にある私の肉棒がチクリと刺激され、なにかが注入されるのが伝ってくる。なんだ、これは、サキュバス族の習性か、しかし、これは、こんな習性は知らないぞ。
「本当はね、精を搾り取って、殺しちゃう相手にしか、やらないの、けど、アナタなら大丈夫でしょ?」
なるほど、死人に口なしか。
「回復魔法にも限界はあるんだぞ」
「そう、なら勝負ね、探偵さん」
今夜は本当に死ねるかもしれない。
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三回戦を超えて五回戦を戦ったあと、リリーは、お腹いっぱい、と満足して眠りに落ちた。やせ細っていた四肢は、肉好きの良い、ぷにぷにの健康肌になっていやがった。私は回復魔法ヒールと、リリーの性針で血管が煮えたぎっていた。二回ほど、腹上死しかけたが、回復魔法ヒールでのりきった。
翌朝、まだ眠っているキキを起こすと、顔を蹴られた、寝起きが最悪だこのエルフ野郎。
キキは、ぼーっとしながらもなんとか目を覚ました。眠気眼で眼を擦りながら、私のズボンの端を握りながら、私の後をついて来る。
そして、私の精を吸収して、肌艶が絶好調のリリーとキキと私、三人仲良く、ホテル二階から直通の喫茶レストランへ入店し、モーニングを注文し、窓際の席に、腰を落ち着けた。ガラス窓からは、ちらほらと早起きな人々が歩く姿をのぞける。ランニング、作業着姿の若者、飼い犬の散歩、サラリーマン。皆、朝起きて夜は眠る、健康的な生活だ。
キキは、眠気眼を擦りながら、もそもそとモーニングセットの分厚いサンドイッチを口に運んでいた。一噛み、二噛みして、舌から伝わる美味しさで、目が覚めたのか、むしゃむしゃと貪りだした。現金な奴だ。
「それで、タクト君は普段、なにをしている奴なんだ、職業は?」
「えっとね、タクト君はお花屋さんの運転手さんをしてるの」
お花屋さんね。
「写真はあるか?」
「あるある、ちょっと待ってね」
リリーは慌てて、ズボンのポケットをまさぐった。
手の平サイズの写真を、取り出し、手渡された。
写真にはリリー長髪、金髪で白いスーツに紅いネクタイを締めた男が映っていた。
「なあ、タクト君は、お花屋さんの運転手、なんだよな?」
服装もそうだが、人相が、どう見ても昼間に生きている奴のそれではない。
「えへへ、実はホストもやっているの、でもねでもね、ホストは、自分でお花屋さんを始めるためなの、開業資金が集まるまでだから、私もまだ1000万ぐらいしか――」
リリーは言い訳をする子供のように、タクト君の説明をする。私はそれをさえぎる。
「別にどうだっていいよ、顔さえ判別できれば、いいんだからよ」
「そうだよね……」
「それで、タクト君が居そうな場所に、心当たりはあるのか?」
「それがね、もうわたしが入れるお店は全部探したの、けど、見つからないの、だからあとは男の人のお店だけなの」
「どういう意味だ?」
「実は、わたし達サキュバス族は、男の人が楽しむためのお店は出禁なのよね」
ほら、わかるでしょ、とリリーは恥ずかしそうに眼を伏せた。なるほど、確かにサキュバス族は、男を殺すからな。出禁なわけだ。
「なるほど、それなら俺の出番だな」
私は、リリーから出禁になっている男を楽しませるための店が集まっている場所を教えてもらった。あとは、一軒一軒、しらみつぶしだな。
リリーは、私がモーニングセットを食べ終わるまでの間、ずっとタクト君の自慢話を聞かされた。恋愛脳ってのは、いい迷惑だぜ、まったく。
私は、リリーのうわずった恋愛話を切り上げさせた。それから、話の間に私のサンドイッチを盗み食いしたキキの頭をひっぱたき、もう一回、モーニングセットを二つ注文しなおした。
餓鬼は、よく食う。
私達は、街の店が開店する朝の10時になってから、行動を開始した。昼間は、ヤマタ山脈を越えるための買いだしを、リリーに手伝ってもらう。そして、 夜、男を楽しませるための歓楽街がオープンしたら、私の出番だ。
夜を迎えた。キキとリリーには先にホテルへ戻ってもらい、私一人で、タクト君を街から探す。
とりあえず、路上の角打ちで、少し高めの酒を飲み、それから一軒目の風俗店に入った。
最高だった。豊満な胸が最高だった。
次の風俗店へ入った。
最高だった。華奢な太股が最高だった。
次の風俗店へ入った。
最高だった。蠱惑的な背中が最高だった。
次の風俗店へーー。
「ちゃんと探せ!!」
キキが見事な飛び蹴りを決め、私の後頭部を直撃した。
「お前、なんでいるんだよ、ホテルへ戻ったはずだろ」
「五月蠅い、グラドがちゃんとリリーのために探しているか見に来た、それがこれか、はぁ」
キキは、落胆して、私を責めた。
「ごめんね、わたしも気になってついてきちゃった」
リリーも一緒だった。そりゃ気になるわな。
「いいか、こういったのは、時間も金もかかるんだ、すぐには見つからないもんなんだよ」
「だからって、三回連続で風俗店はないだろ、それで、見つかったのか?」
「いやだから、こういうのは時間がかかるんだよ、こっちが探していても、相手がみつかりたくないんだ、店の連中だってタクト君を庇うかもしれない、そんな相手を見つけるためには、相手からの、もしくは居場所を知っている人物からの情報が必要なんだよ」
「相手から?」
キキはなにをいってんだ此奴と首をかしげる。
「つまりだ、タクト君側から、なにやら探られたくない懐を探りに来た俺を、ぶちのめすときだ、わかったか」
キキはなるほど、と納得した。
「それにな、エルフ族と一緒にいるのは、目撃されるとまずいんだよ、わかっているだろ?」
「それは分かっている。だから隠れてついてきたんだろ」
そこは分かっているようだ。ならもっとそっとしておいてくれないものだろうか。
「分かっているなら、早くホテルへ戻ってくれ」
「そうだよね、やっぱりだめだよね、ほら、キキ、戻ろう」
「リリーがいいならいいけど」
「そうだ、さっさと帰れ」
「ちゃんと探せよ」
なんとかリリーが、キキを連れて帰ってくれた。
私は、それから居酒屋で、夜食と酒を楽しみ、朝まで店回りをした。タクト君は見つからず。それらしい人相の人物も目に留まらなかった。
次の日、昼間のうちにリリーの案内で、ヤマタ山脈を越えるための準備が、完了した。
正直言って、リリーを置いて街を出てもいいのだが、キキが納得しないだろう し、暴れるのが眼に見えていた。今日と明日。テキトーに探して、最善は尽くし たが、見つからなかったと、それでリリーとの関係も終わりだろう。
そう思っていたのだが、時間ができてしまったため、リリーが働く喫茶店へ足を運ぶこととなった。リリーが働いているというから、騒がしい店を想像していたが、店の内装は、落ち着きのある雰囲気だ。リリーも、接客をするウエイトレスではなく、厨房で働いているという。
「あら、可愛いわね」
「チョコレートパフェあるわよ、食べる?」
「食べる」
キキは、昼食をすませ、シフトあがりのリリーと合流すると、リリーの同僚たちに囲まれ、もみくちゃにされていた。同僚たちも、リリーと同じようにサキュバス族が多いい様子だ。
「エルフ族の耳って本当に長いのね、初めて見たわ」
「うん」
キキは、大勢の人に囲まれて、困惑していた。いいざまだ。
「あなた達、マフィアに追われているんだってね」
「大変ね」
まてまて、何処から漏れた。いや、一人しかいないか。
リリーを見ると、プイっと目をそらした。
「アンタがリリーに精を注いだんだってね、ふうん、なかなかいい男じゃないか」
リリーよりも年上の、艶めかしい唇をしたお姉様が、私を値踏みした。勘弁してくれ、命がいくつあっても足りやしないぞ。
「なんかごめんね二人とも、話しちゃって」
「大丈夫」
キキが、チョコレートパフェを食べながら即答した。大丈夫ではない。
夜になり、私はタクト君探を始めることにした。キキはホテルへ戻らず、リリーと一緒に喫茶店で、バニラアイスとサクランボがトッピングされたメロンソーダとパスタを食べ、そのままお喋りを続けていた。
「なるべく早くホテルに戻れよ」
「ちゃんと探して来いよ」
口うるさい奴だ。
今日は、キャバクラ巡りだ。
さて、キャバクラ店は6店舗存在していた。さて、どこの店から入ろうか。そんなことを考えていると、視界に反応した。
タクト君の写真の髪形と聞いた背丈とが同じような人物が、勢いのあるキャバクラ店へ入って行った。
私は、リリーから借りた、タクト君の写真を胸ポケットから取り出し、確認して、胸ポケットへしまい込み、キャバクラへと入店した。キャバクラの入り口にはセキュリティの為の大男が二人、黒いスーツで身を固めて、仁王立ちしている。彼らに、軽くボディーチェックをされて、私は入り口を通された。
店内は、絢爛豪華な内装の、男に夢を見せるための世界が詰め込まれていた。
黒服に案内され、席に着く。店内をそれとなく見渡すと、タクト君と同一人物を探すが、ぱっとは見つからなかった。
私は、しょうがなく、綺麗な姉ちゃんと酒を飲んだ。がぶがぶと酒を飲んだ。
腹が、腹が痛くなってきてしまった。
私は急いで、便所へ駆けこみ、個室へ入り、ズボンを下ろして、便座の上にケツを落ち着けた。
ケツを踏ん張っていると、酔っ払い、高揚した笑い声と、革靴の音が、トイレへ入って来た。便器にしょんべんが直撃する音が聞こえた。
「おい、タクト、献上する女の準備は大丈夫だろうな」
「任せてくださいよ、ちゃんと準備できてますって、今回のはサキュバス族ですよ、俺すごくないっすか」
「おう、なるべく弱らせておけよ」
「わかってますよ、バッチリっすよ。、もう一ヶ月も精を食らわせてませんからね、弱り切ってますよ、へへへ」
しょんべんの音が止み、革靴の音が便所の扉を開けて出ていく。
私はクソをひりだした。
「あーー。クソッたれめ」
私は、ケツを拭いてから、ズボンを履きなおし、便所を出て、タクト君を追った。
いた。店内で一番いい席に座っていた。他にも何人か仲間がいる。
私は、タクト君の動向を観察することにした。
タクト君は、閉店まで飲み騒ぎ、仲間と一緒にキャバクラを後にした。
私は、タクト君を尾行し、彼の住処を突き止めた。タクト君は仲間達と一緒に、雑居ビルへ入っていった。
私は、そこで尾行を止めた。
今夜わかったことは、リリーが言うような、お花屋さんのタクト君なんていなかったってことだけだった。糞みたいな夜だ。百年の酔いも醒めてしまう。
私は、ホテルへと帰った。ベッドには、キキとリリーが仲良く寝息をたてていた。
私は、安酒を呑みなおしてから、眠った。
翌朝、すがすがしい晴日和だった、空気がうまいね。私達は、リリーの職場の喫茶店で、モーニングを食べることとなった。リリーが、厨房から直接ホットミルクティーとサンドイッチを運んできてくれるのを大人しく、キキと二人で待っている。
私が、タクト君を発見したことを、黙ってやり過ごそうとしていると、キキに勘繰られた。
「ねえ、グラド、なんか隠している、ことあるでしょ」
「そんなこと、なにも、ねえよ」
キキめ、私が隠し事をしているのに勘好きやがった。
キキは、ジーっと、私の顔を覗き見た。
「眼を合わせようとしない、挙動が怪しいぞ、グラド」
妙に勘のいいガキだ。クソッたれめ。
「グラド、なにを隠しているの?」
「説明する必要はねえだろ」
キキは、私を睨みつける、勘弁してくれ。
そこへ、リリーがモーニングセットを二人分、運んできてくれた。
「なになに、二人でなんの話してるのー わたしもまぜてよ」
本当に、勘弁して欲しい。
「グラドね、なんか隠し事しているの」
「グラドが、キキちゃんに? なんで?」
これ以上、厄介ごとを背負いこみたくはないんだよ。
「あ、今、リリーちゃんから眼をそらした。グラド」
「え、わたし?」
「ん~、まさかグラド、タクト君を見つけたんじゃないの?」
「え、そうなのグラド?」
なんなんだ、キキ、お前は名探偵か?
「あー、タクト君な、いたというか、いなかったというか」
「グラド」
キキが、ガンギマッタ眼で私を睨む。親の仇か私は。
「いたよ、見つけた、居場所もな……けど本人かどうかは、直接確認してみない事には何とも言えないからな」
「隠すなよ」
キキが机の下で、私の膝をつま先で蹴った。クソ餓鬼め。
「居場所が分かったんでしょ、なら、わたしを連れて行ってよ、お願い」
リリーが、希望を見つけた少女のように、私に詰め寄り、両肩を鷲掴みにされ、ぐわんぐわんと揺さぶられた。
やめておけよ、あれは女を殴って、楽しむタイプだぞ。
といっても、リリーは私なんかの説得に、応じるわけがない。
「わかった、ただ、今夜、私が本人確認をしてからだ、それでも遅くはないだろう?」
「そうよね、ごめんなさい、わたし、焦っちゃって」
リリーは、私の言葉に、一旦、勢いを納めてくれた。
夜になり、私は、キキに早く確認して来いと、急かされ、ホテルから追い出された。
「ちゃんと確認して来いよ」
なぜ私が、キキに詰められなければならんのだ。
私は、しぶしぶ、夜の街へ足を運んだ。生暖かい夜風が、肌に汗を湿らせる。
タクト君を発見したキャバクラ前で、煙草を吸って待つことにした。さほど待つことなく、タクト君は姿を現した。集団だ、十人ばかしの集団で、その中の一人が、タクト君だ。
集団が、キャバクラに入って行ったのを見計らって、私も入店しようとした。そこで、屈強なセキュリティに止められた。私の胴体ほどもある腕で通せんぼをされ止められた。
「通すなと言われております」
セキュリティの耳には、白い有線のインカムが装着されていた。
私は、背筋がきゅうと、冷たくなるのを感じた。
「連れてこいとも、指示を受けています。ご同行を」
なんだか分からないが、最悪だ。最悪な夜になる。それだけは確信できる。
私は、屈強なセキュリティ二人に、連れられ、キャバクラの、ちょうど裏側にある路地へ連れていかれた。男に夢を見せるための店内とは反対に、夢も希望もない、室外機の汚ねえ空気が渦巻いている。
「シメとけとの、命令だ」
二人は、めんどくさそうに、今夜の夜食、中華にでもしようかな~みたいな、そんなことを考えながら、私を殴る。
ものの数分で、私は屈強な、セキュリティ二人にぼこぼこにされて、地べたに転がった。仰向けに、大の字に転がった。
かつかつ、と革靴の音が聞こえて来た。
「おいジジイ、お前どこの回し者だ?」
腫れあがった瞼を痛めながら、眼球を動かし、見上げると、タクト君がいた。白いスーツに、鰐革靴。赤いネクタイ。
「アンタ、タクト本人か?」
喋ると、血の味がした。喉で絡まる、不快だクソめ。
「あ? そうだよ、なんか俺の事を探し回っているジジイがいるって、風俗に沈 めた女どもがチクってきてな、で、ジジイお前はなんなんだよ」
「リリーって女、知っているか」
「リリー? なんだ、ジジイあの女に使われてるのか? そろそろ出荷予定なんだよあの女」
殴られすぎて、耳鳴りがする。甲高い音がずっと鳴り響いている。
「お前は、お花屋さんで働いていて、リリーを愛いるのだろ?」
タクト君は、ぽかんと、口をアホみたいに開けて、黙った。それから、口を歪めて笑った。
「あーははははっーー、うるせえジジイだな! 女なんて金を造るための道具だろ! 愛だなんだって、そんなもん、あるわけねえだろうが、ははっ頭イカレちまってんのか!?」
タクト君は、自分の頭に指を指して、身体をのけぞらせて、高らかに笑う。
一通り、笑い転げ終わったタクト君は、はーっと息を整え、屈強なセキュリティに命令を下す。
「殺せ」
セキュリティはめんどくさそうに答える。
「殺しは、別料金ですよ」
「分かってる、この仕事が終わったら、金はいくらでも手に入るんだ、いいから殺せよ!」
「前払いです」
セキュリティも商売だ、助かった。
タクト君は、舌打ちをした。私の身体は自動式自然治癒魔法でだいぶ回復した。骨折も完治だ。つくづく、回復魔法使いでよかったと、そう思う。
「お前、どうしてここにいるんだ?」
タクト君が、間抜け面をしていた。なんだ? タクト君の視線の先を追うと、そこにはリリーの姿があった。ついて来るなと、あれほど、忠告したのに。若い奴はジジイ言うことを聞かないもんだ。まいったね。
リリーは、息が詰まったかのように、苦しそうだ。
「ねえ、タクト君、うそだよね、お花屋さんを始めるために、仕方なく働いているだけだもんね。ね、そうでしょ?」
タクト君は動揺したように見えたが、すぐに、平然をとりつくろった。
「ああ、そうだよリリー、俺が、お前を騙すわけないだろ、な」
「そ、そうだよね、タクト君がそんなんことするわけ、ないもんね」
リリーはタクト君へ駆け寄り、両手で抱き着いた。地べたから見るそれは、まるで、映画のワンシーンだ。ドラマチックだね。糞みたいに。
リリーは、夢を、見ていたい。辛い、現実を見ていたくない。耐えられないから夢を見る。そんな、弱い女の顔をしている。
タクト君は、ケツポケットからナイフを手に取り、殺意を乗せて、リリーの横腹へ突き刺した。
「頭に花畑でも咲いてんのか、腐れアマが!!」
リリーは、アッと、短い声を漏らし。タクト君が、リリーの横腹からナイフを抜いた。横腹から水鉄砲のように鮮血が吹き出し、タクト君の白スーツを汚した。
リリーは、一歩、二歩、後退り、最愛のタクト君を見つめ、そして、後頭部から倒れた。出血多量だ。
「ち、スーツにかけやがって、汚ねえな、クソアマがよ」
「リリー!」
物陰から、もう一人の小さな影が姿を現した、キキだ。キキがリリーに駆け寄り、リリーの頭を抱きかかえる。
リリーは呼吸が、おぼつかないでいた。キキになんの反応も示さない。
「お前、リリーを愛していたんじゃないのか」
キキの声は無機質だった。
タクト君は、キキを見て、ははっと、馬鹿にするために笑った。
「はぁ、商売に決まってんだろ、皆、そうやって金稼いでるんだよ。餓鬼、お前も、刺されたくなかったらな、とっとと失せろよ」
タクト君は、血で汚れたナイフを、ちらつかせる。
セキュリティ二人が、どこかへ、通信で会話をしている、死体の処理が面倒だと、愚痴をこぼしている。
しかし、セキュリティの二人が突然、血飛沫をまき散らして倒れた。即死だ。
「あ? なに寝てんだ? おい、起きろよ!」
タクト君は、突然のことにパニックを起こした。
私は、だいぶ回復した体を、起こして、状況を確認した。
見ると、キキの周囲だけ、突風が吹き荒れているかのように、長髪や衣服がはためきだしていた。コイツの仕業だな。私は、キキの暴発した風邪魔法で、すっぱりと切られた手を思い出した。
「な、なんだこの餓鬼ッ」
キキはブチキレている。魔力の流れを観なくともわかる。ただ、なにが起こるかが分からない、正規の魔法教練を受けたわけでもない、剝き出しの魔力。最悪、ここら一帯が吹き飛ぶかもしれない量の魔力。今日、キキに殺されるかもしれない。
キキが両手の平をかざし、握りしめた。
「――潰れろーー」
「がぁぁああああッ、なにをしやがった餓鬼!?」
タクト君は、足をばたつかせながら、空中へ浮いた。
魔力だ。手の形をした、膨大で硬質な魔力の塊が、タクト君を握りこんでいる。それにしても、なんだこの魔力色は、黒色と赤色の魔力が、暴風のようにうねりながら手の形を模っている。
「風属性をアーキタイプにした闇魔法か」
「放せヨぉぉおおおガキィイイイイ」
タクト君は炎魔法をキキヘ放った。しかし、炎は蝋燭の火を吹き消すかのように掻き消えた。
「テメェ――」
もう一度、タクト君は炎を放つ、けれども、キキの鼻先へ到達することはなく、炎が発現した瞬間、その場で掻き消える。
無駄だ。タクト君は、体を握られている痛みと焦りで、見えていないようだが、魔力視で観れば、キキの背後に出現した、巨大な上半身だけのエルフ族の女神が、嫌でも観えるはずだ。黒色と赤色の、おぞましく眼を背けたくなる。手の 震えが収まらない。魔法史を探しても、同じ風魔法は見つからないであろう、キキのオリジナル魔法。
「お前は――」
キキが握った両手で、弓を引き絞る真似をする。はたから見れば、子供のごっこ遊びにしか見えないその動作は、半身の女神と連動していた。女神は弓を構え、真赤な矢をつがえた。
「ひぃぃぃいいいいいいいいよせ、やめてくれぇえええええッッッ」
「―――――消え失せろーーーーー」
キキは矢を引き絞った右手をぱっと開く。
女神が真赤な矢を放った。
暴風が吹き荒れ、地獄の叫びのような轟音が耳をかき乱し、私は眼を細め、倒れないよう足をふんばった。それでも、暴風で身体ごと地面を引きずられ、尻餅をついてしまった。尾骶骨に激痛が走る。痛みに耐えているとすぐに静寂が訪れた。
そこにタクト君の姿はなく、壁に大きな丸い穴が、穿たれていた。
恐ろしい威力だ。肉片さえ残らないとは。
キキを見ると、ぼうっと立ち尽くしている。
「おい、キキ?」
話しかけても返事がない、意識が混濁しているようだ。なにか、ぶつぶつと言葉にならない音を吐き出している。
巨大な女神を見ると、嗤っていやがった。そして、次の矢を構え、私を狙いだした。
まずい。私はダメ元で、キキヘ強制睡眠魔法をかけた。
かっくん。と、キキはうなだれ、ついで顔面から地面へ突っ伏した。
巨大な女神は私を一瞥しながら、風へと掻き消えた。
「恐ろしい魔法だ、まったく」
私は、リリーの横腹に回復魔法を施し、安定化させ、尻餅で痛めたケツをさすりながら、キキとリリーを両脇に担いで、ホテルへと戻った。
意識を失った二人を、ベッドへ放り込み。私は煙草にひをつけた。久しぶりに本気で死ぬかと思った。煙草がうまい。冷蔵庫に残っていた安酒を飲み干して、私は眠った。
翌朝。眼が覚め、ベッドと見ると、リリーの姿はなかった。私は一応、ホテルの窓から、下を覗いてみたが、死体はなかった。まあ、大丈夫だろう。体の方は、完全に治癒している。
「ううんーー、グラド、じゃま」
キキは、ムカつく寝言を言ってやがる。
「起きろ、出発するぞ」
私は、キキのほっぺたをペチペチとビンタした。
「あん?――」
キキは、眠気眼のまま、起きた。
それから、ばっと、ベッドから飛び起きて、部屋を見回した。
「グラド、リリーは!?」
「さあな、あんなことがあったんだ、顔を合わせたくないのかもな……。長居はもうできない、早いとこ街を出るぞ」
「嫌だ! リリーも一緒じゃなきゃイヤダ!!」
キキは、私の脛を蹴る。何度も何度も何度も、蹴りやがる。
キキが、私を蹴る革靴に、ぽたぽたと、水滴がおちる。泣いているのだ。キキは、リリーのために泣いていた。
私は、荷物をまとめて、キキの手を無理やり引っ張り、ホテルをチェックアウトした。
ヤマタ山脈のふもとまで行くため、私は、街道を走ることを生業とする、馬車乗り場で、口の堅そうな運転手を探した。途中で、キキが無言で、私の脛を蹴り続け、お腹が空いたから、街を出るのを待てと、文句を言ってきたが、今はそんな時間はなかった。馬車の運転手達が、煙草をふかしながら、昨日の騒動の話をしていやがった。そのうえ、明らかにガラの悪い、マフィア共に雇われたごろつきの姿が、多く目についた。
私は、今にも死にそうな、よぼよぼな爺さんの運転手を見つけた。この爺さん なら、証言も当てにならないだろう。
「あの馬車に乗るぞ」
キキは、無言で、私を睨みつける。
私は、無理やりリリーの手を引っ張り、馬車へ乗り込む。
「ヤマタ山脈まで頼む」
「ほいよー」
けだるげな、しかし、慣れた手つきで馬を操り、馬車が、走り出した。と、そこへ、走り出した馬車に、キキと同じように、顔を隠すように、外套のフードを深くかぶった奴が、乗り込んできた。相乗りをするつもりはないぞ。いや、マフィア共の鉄砲玉か?
「わたしも、この街でるから、途中まで、一緒にいくわよ」
フードをめくると、ピンク色の長髪を雑に切りそろえた短髪の少女だった。
リリーだ。
「リリー?」
「そうよ、はいこれ、モーニングセット、朝ご飯まだでしょ」
そう言って、キキに手渡したバスケットには、サンドイッチとホットのロイヤルミルクティーが収まっていた。
私と、キキは、お互い顔を見合わせた。
「ほら、早く街を出ないと、マフィア共に見つかっちゃうわよ」
私と、キキはなんとなく笑いあった。
「リリーよかった」
「運賃も半分出せよ」
「あら、こういうのは男が払うものよ」
「なんとでも言え、悪いな、三人だ。出してくれ」
「はいよー」
けだるげな運転手が馬車を走らせる。
早朝の空気は新鮮で、肌を撫でる風も心地がいい。今日も晴れ日和になりそうだ。
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