探偵とエルフ

@a2025a

第1話 ―探偵と人魚とエルフと・・・

1―探偵と人魚とエルフと・・・


 くそ暑い八月の真昼間、私が、一人で営む探偵事務所で、風鈴の甲高い音に、若干の苛立ちを覚えながら、ぬるくなった安酒を飲み、煙草をふかしていると、白いワンピースに赤いハイヒールを履いて、小さい鰐皮の鞄を手に下げた女が、訪ねてきた。

 私は、飲み始めたばかりの安酒をテーブルに置き、対応した。

「ご用件は?」

「探してほしいの」

 女は鰐皮の小さいハンドバックから、一枚の写真を差し出した。

「この子達」

 受取った写真には色とりどりな水着姿の若い女が数十人ほど映っていた、真夏のビーチでとったのだろう皆、溢れんばかりの笑顔が可愛らしい。

「どの子だ?」

「全員」

「聞き間違いかな? 全員?」

「全員」

 女は、ぱっちりとした目で私を見た、断るのを許さない目だ。

「わかった、何か心当たりは?」

「海で泳いでいたら、いなくなっていたの」

 そりゃ遭難じゃないのか?

「それで?」

「汽笛の音がしたわ」

 それがどうしたっていうんだ、海なら船なんて、いくらでもいるだろう。

「ほかには?」

「この町から声が聞こえたの」

「声って?」

「この子達の声」

 どうやら暑さで頭をやられちまった哀れな女らしい。

 さて、この女をどう言いくるめて穏便に回れ右させようかと考えていると、女はハンドバックから札束を鷲掴みにしてテーブルへ置いた。

 女は、それを三度繰り返した。札束の山ができた。

「わかった、探そう」

「三日後にまた来な」

 私が言うと、女は電話番号の書かれた紙を置いて帰っていった。

 さて、事務所を畳んで、この金をもって、どこか違う街へとんずらしてしまおうかと思ったが、手にしていた写真の中の娘たちと目が合った。

 止めておけ、どうせみつかりゃしない、それに見つかったとしても、もう、普通には生きることのできない存在になっちまっている。

「一日は探すか……」

 一人蒸し暑い事務所でつぶやいた。

 私は早速積みあがった札束からひとつまみしてレストラン街で豪華な昼食を食べることにした。

 ウエイトレスが注文を取りに来た際に写真を見せてどの子かでも知らないかと聞くとウエイトレスは興味なさげに知らないと答えて、注文は? と疲れた様子で接客を始めた。

 オレンジジュースとミートスパゲティのオーダーを撮ると厨房に戻っていった。

 食事を終えて私は暇つぶしのために漫画喫茶にはいった。

 よれよれの服を着た受付の店員はガムを噛んでいた。

 私が写真を見せて知っているかと聞くと、店員は、業務外なんで、といってガムを噛んだ。

 私は漫画喫茶で7時間過ごした、空調が聞いていて極楽だった。

 夜になって外に出ると蒸し暑さが増していた。

 喉が渇いたので立ち飲みバーに入り、ビールを一杯ひっかけることにした。

 私は、グラスを拭いているスキンヘッドの店主に写真を見せて知らないかと聞いた。

 店主は酒を乱暴に置いて他の客のために酒を注ぎに戻った。

 泡がグラスから垂れた。

 私はビールを飲み干し、店を出た。

 女でも抱いて帰るかと橋向の風俗街に入った。

 新店割引ありますよ、とキャッチがピンク色の割引券を差し出してきた。

 その店に入ることにした。

 店の前には『ピチピチ娘』と、ピンク色の蛍光灯が輝く、頭の悪い看板が、置いてあった。

 入店して黒服の店員に、誰でもいいからすぐにOKな子を頼むと、奥の部屋に通された。

 青い髪の、赤い首輪をつけた女が、白く薄いドレスを纏い、ベッドの上に寝そべっていた。

 写真の女だ。

「これはお前だな」

 私は写真を女に見せた。

 女はコクリとうなずいた。

「他の女は知っているか?」

 私が聞くと女は首を振った。

「喋れないのか?」

 女は赤い首輪に触れながらコクリとうなずいた。

「ともかくここを出るぞ」

 私が女の腕を引っ張って部屋のドアを開けると、巨漢が二人立っていた。どこか遠くから鈍い音が聞こえてきた。

 朝、カラスの鳴き声と生ごみのすえた匂いで目が覚めた。

 口を動かすと血の味がして頭が傷んだ。

 朝日が目に染みる。

 私はよろよろと立ち上がり、ふらふらとした足取りで事務所に帰った。

 椅子に背中を預け、引き出しの中にしまっておいた紙煙草を口にくわえ火をつけた。

 ふーっと、煙を吐いて天井をあおいでから黒電話を回した。

「もしもし」

「見つかった?」

「そうなんだがちょっと厄介な場所でな」

「どこ?」

「橋向こうのピチピチ娘って風俗店だ」

「わかったわ」

 そう言って電話が切られた。

 わかったわって、一人で行ったら売り物にされるぞと思いながら受話器を置いた。

「まあいいか」

 売り物にされたらされたで女からもらった金は俺のものになるしな。

 ゆっくりと深く煙を肺に染み込ませた。

「――見物するか――」

 そうつぶやいてピチピチ娘店へと向かうことにした。立ちあがると傷が痛んだ。

 私は橋を渡ってピチピチ娘店の向かいにある飲み屋に腰を落ち着けた。

「はい、ビールおまちどうさま」

 注文してすぐに金髪の兄ちゃんが泡立つビールを卓に置いた。

 私はすぐさま乾いた喉にビールを流し込み、煙草に火をつけいっぷくし落ち着いた。

 ピチピチ娘の電子看板が眩しく点滅している。

 女が来たのは三杯目のビールを半分飲み、四本目の煙草に火をつけた時だ。

 女は、点滅するピチピチ娘の看板を確認すると、なんの迷いもなく店に入っていく。

 私は、残り半分のビールを飲みほし、それから煙草を一本、根本まで吸ってからピチピチ娘店へ向かった。

 自動ドアを通り、赤い絨毯と豪華な椅子が並んではいたが、肝心のボーイが見あたらなかった。

 仕方なく受付カウンターを覗き込むとボーイの男が倒れていた。

 男は呼吸が荒く、膝を抱えて悶絶していた。

 よく見ると、赤い絨毯が、黒く変色している。

 血だ。

 男の呼吸が、小さく小刻みになってきた。

 私は、男に回復魔法ヒールをかけて、傷をふさいでやった。

 後は男の生きる気力次第だ。

 私はゆっくりと、耳を澄ませながら二階に上がった。

「なんだ貴様!!」

 扉の開いている部屋から、抑揚のない叫び声が聞こえた。

 私は声が聞こえた部屋を覗き込むと女の後ろ姿が見えた。

「追加の女を頼んだ覚えはないぞ!」

 声の方を見ると、鉄製の、目がピカピカ光っているロボットが、機械的に腰を前後運動させ、青髪の女とヤッていた。

 青髪の女は、縛られて身動きできないでいた。

 よく見るとロボットのそいつの陰部には、生身のチンコが生えていた。

 女は、人差し指を、腰を振り続けるロボットへ向けた。

「なんだと聞いてるだろ貴様、答えろ!!」

 ロボットは前後運動を休むことなく叫んだ。

 女がクスリと笑った気がしたときにはロボットは上半身と下半身が分かれて床にガッシャンと散らばり、ピカピカしていた目の光がすっと消えた。

 女はそのまま指先を娘へと向けると娘の首輪が鋭利な刃物に切断されたかのように娘の首から落ちた。

「お姉さま!!」

 娘が涙を流しながら女に抱きついた。

 女は娘の頭をゆっくりとなでた。

 私は静かに部屋に入り念のためドアを閉めた。

 何て声を掛けようかとためらっているとドアが勢いよく開いた。

 振り返ると巨漢二人が怖い顔で立っていた、女を取り押さえようと入ってきたのだ。

 何かが私の両側を通過したような気がしたと思ったら巨漢二人はすぐに床に倒れ込んだ。

 二人の巨漢は慌てて立ち上がろうとしたが、足が動いていない。

 よく見ると、足から出血して床を汚していた。

 女はまたクスリと笑い、巨漢の一人に人差し指を向けた。

 注意して女の指先を観察すると水滴が落ちた。

 巨漢の一人は頭から床に倒れた。

 もう一人の巨漢は慌てて逃げ出そうとしたが、立つことができない足では何処へも逃げられず、女の指先が男に向けられ同じように倒れた。

 どうやら女は、水を自由に操れるようだ。

 巨漢二人の頭から流れ出した血が床に広がった。

「みんなは?」

 女は青髪の娘にやさしく聞いた。

「他の部屋にいるわ」

 それから女は一部屋一部屋回った。

 どの部屋も客はロボットで娘は写真の子達だった。

 写真の娘全員が女に助け出され同じ数の鉄屑が転がった。

 娘達は女との再会を喜んでいた。

 と、まだ一番奥の部屋から反復音が聞こえてきた。

 女は娘たちに待つように言うと奥の部屋に向かった。私も続いた。

 同じようにロボットが前後運動をしていた、ただ、相手は金髪で耳の尖ったまだ幼いエルフだった。目を見開いてはいるが意識がないようで身体はだらりとして口からよだれを垂らしている。

 女は一瞬でロボットを鉄屑にした。

 しかし生身のチンコが突き刺さったままだ。

 私がそれを抜いた。

 ベットのシートには血が染み込んでいた。

 私はエルフにヒールを唱えた。

 身体の傷はすぐに治った。

 女は少女をゆっくりと抱き上げると私によこした。

 私は断れずに少女を両腕で抱いた。

 女はクスリと微笑んだ。

 その後、女と娘達は夜の海に帰っていった。

 別れ際、娘一人一人にハグされて、お礼を言われたが、とくに何もしていないので久しぶりに罪悪感をおぼえた。ただ、胸の感触は心地よかった。

 女には一緒にくるかと聞かれたが、海の中では呼吸ができないと断った。

 そうだったわねと、女は笑い、それから私が抱いているエルフの少女を指差し。

「故郷に返してあげなさいね」

 私が、なぜそこまでしなければならないのかと、げんなりとしていると人魚の女は口の中でかすかに歌をうたった。

 頭の中に靄がかかり、私は一瞬ぼうっとして倒れかけたのを咄嗟に足を踏ん張り支えた、まるで身体から魂が抜けたような体験だった。

「返さなかったら脳みそボンよ」

 女は握った手のひらをゆっくり広げながらクスリと笑いやがった。

 どうやら私はこの人魚の魔法にハメられてしまったようだ。くそったれめ、事務所に残った金を持ってどことへでも行こうとしていたのに、これではそうもいかなくなった。

 いや、しかし幸いにもエルフの里なら場所と旅の道のりを知っているのだからともかくこのエルフを里の前にでもほっぽってそれからどこへとでも行けばいいだけだ、それにこれは依頼だ、そういうことなら仕事代を支払ってもらわねばなるまい、よし。

「それならば私が確実にエルフの里までこの少女を連れて行く保障として仕事代をいただこう、なにせエルフの里までは人食い蜘蛛が住まう山を越え龍がひしめく海を渡り人を惑わす妖精どもの森を抜けなければならない、そのうえ私は自分の命よりも金が好きだ、ん? どうするね」

 女はまた笑った、今回は高笑いだ。なにがおかしいいのか腹を抱えて苦しそうにしてまでしばらく笑いやがった。

「ふー、いいわ、はい。これで足りるかしら」

 女は笑い終えると、ハンドバックから札束を三つ取り出し、私の胸ポケットに詰め込んだ。

「なに仕事代としては少ないが今回は特別に割引しておくとしよう」

 女は小さくクスリと笑い、別れの挨拶をすると、海に帰っていった。

 私は娘を抱えて、事務所に帰った。事務所に帰ると、寝室にある自分のベッドに娘を寝かして、胸ポケットに詰め込まれた札束をテーブルに積み重ね、それから、椅子にふかぶかと座り、札束を眺めながら、煙草に火をつけ一服する。

 夏の夜風が、風鈴を優しくなでるように鳴らした。

 私はゆっくりと眠りについた。




 蒸し暑さで目が覚めた。

 喉が渇いて貼りついている。

 私は台所に行って、蛇口を捻り水をコップに注ぎ、喉を潤した。

 生き返った。

 ベッドの方を見ると目が合った。エルフの少女だ。

 連れてきたのをすっかり忘れていた。

 私を警戒しているのか、ベッドの隅っこで膝を抱えて座り込んでいる。

 目つきが鋭くなっちまっている。私に恨みを向けるなよとは思ったが、まあ、仕方ない子共なのだから。

「水飲むか?」

 エルフ少女はコクリとうなずいた。

 エルフ少女は身長が低いので蛇口まで届かないだろうと、水を入れたコップをテーブルにおいて、事務所の椅子へと座りなおした。

 台所から椅子を引く音がした。

 水を飲んだようだ。

 私は机に置いたままだった札束一つをポケットに押し込み、残りを机の引き出しに放り込んだ。

「メシ食いに行くぞ」

 エルフ少女はコクリとうなずいて私の後をついて歩いた。

「おい、何が食いたいんだ?」

 エルフ少女は何も答えない。

「何でもいいか」

 昨日はパスタを食ったから、今日は、そばを食おう。

 私達二人は蕎麦屋ののれんをくぐった。

 席について狐顔の店員にそばを二つ、注文した。

 私は煙草に火をつけていっぷくした。

 エルフ少女が、煙に目が染みたのか私をにらんだ。

 私は煙を吐く方向を変えた。

 一本吸い終わる頃にそばが運ばれてきた。

 エルフ少女は食べ方が分からないのか箸を持とおとしない。

 私は箸の持ち方をレクチャーした。

 エルフ少女は私の真似をして、そばを食べ始めた。

 私がそばを汁に浸してすするとぶきっちょながらに真似をしている。

 私が緑色のわさびを汁に溶かしてそばをすする。

 うまい。

「ゴホッ、ゴホゴホゥッ」

 エルフ少女がむせかえっていた。

 涙目で私を睨んでいる。

 まだ、わさびは早かったようだ。

 エルフ少女の汁を新しく頼んで、蕎麦を食べ終えて店を出ると爆破した。

 爆発音が、轟いた。

 街の全員が足を止め、音のした方に顔を向けた。

 私達も顔を向けた、我が家の方へ。

 私は金が燃えちまったなと落胆した。

 マフィア共の抗争だという人の声が聞こえた。

 なんでも、子供のエルフを連れた奴を探しているらしいと、話が駆け巡った。

 人々の視線が私達に向けられた。

 昨日助けた風俗店の受付の兄ちゃんが、元締めのマフィアに報告したのだろう、まあ、当然こうなる。

「おい、お前の故郷まで行くぞ」

 エルフ少女にそういうと、何かを察したのだろう、コクリとうなずいた。

 私はすぐさま馬車を拾った。

「お客さん、追われていますね」

 馬車の運転者が静かにだが、はっきりと聞こえる声で私を脅した。

 ポケットから札束をいくらか引っこ抜いて渡した。

「まいど」

 そう言って馬車は走りだした。

 しばらくして街を出て、街道に乗ると私は窓を開けて煙草を吸った。森の木々と地面の土が馬車のスピードで過ぎ去り、視界が緑と土色の落着きある景色に包まれる。

 エルフの住処である世界樹の根本へ行くには、山を一つ越えて、海を一つ渡って、もう一度山を越えなければならない、そのうえマフィア共の追手を退けなければならない。

 長い旅になるなと煙を吐いた。

「クズだな」

 エルフ少女がぽつりとつぶやいた。

 おいおい、初めて口を開いたかと思えば、何を言うんだこの餓鬼は。

「ひどい口をきくな」

「助けてもらったことには礼を言う」

「あのな、礼だけ並べられてもうれしくともなんともないんだよ、せめてエルフの里についたら、エルフ族の秘宝とまではいわんが、俺が^持ち運べる量の宝をくれたりしないと、うれしくとも何ともないんだ」

「そうゆうものか人間は」

「そうだな大体は、それよりお前、里から出たのは初めてだろう」

 エルフ少女の眉がピクリと動いた。

「図星か」

「なぜわかった」

「普通のエルフ族は人間に礼など言わん」

 エルフ少女は押し黙た。

「礼を言っちまうのはまだ子供のエルフ、それに、まだ魔法を操れていない年頃っていうと、そうだな百歳から百五十歳ぐらいだろう」

「まだ九十歳だ、百歳じゃない」

 エルフ少女は、機嫌を損ねたのか、すねたようにそういった。エルフの寿命は千年ほどだ、この先、この娘っ子はこの前のようなクソッたれな出来事と付き合っていかなければならなくなった。

「若いな」

「そういうお前は何歳なんだ」

「五十歳だ、お前らの感覚だと、五百歳だな」

「なんだ、子供じゃん」

「お前な、年齢で人を見るのはよくないぞ」

「お前じゃない」

「あ?」

「キキだ。私の名前」

 エルフ少女はキキと名乗った。短く、呼びやすい名前だ。

「良い名前だ。短くって呼びやすい」

 キキは私を非難する目色で睨みつける。

「人間。お前の名前は?」

 そう言えばまだ一度も名乗っていなかった。

「俺か、俺の名前はグラドだ」

「グラド……」

 キキは、新しい単語を覚えるために私の名前を復唱した。

「グラド」

「なんだキキ」

「呼びづらい名前だな」

「お前な……」

「キキだ。お前じゃない」

 キキは私を親の仇でも見るかのようにねめつけやがる。

 キキとの会話に疲れて、私は荷台から景色を眺めることにした。めんどくさい旅になりそうだ。私は新しく煙草を胸ポケットから取り出し、火を点けて肺に染み込ませた。

 紫煙が、緑と土色の景色へ溶けてゆく。

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