2_僕の総合れべーる

「誰にフラれたん? 言うてみなよ、正時君」


 光海さんは、図書室の机のとなりの席に座って。僕に聞いてくる。


「なんで……。云わなきゃいけないんですか?」

「云わなくてもいいけどさ。自分一人で攻略できるならだけど」

「……」

「できないっしょ? だからそんなに傷付いた顔してる」

「だけど、さ。なんで女の子って。好きって言うだけじゃダメなのかな? なんで男を振るんだろ?」


 僕は光海さんに尋ねてみた。

 光海さんは指をくるくる回して、ビタッと僕の顔を指す。


「魅力が弱い、知力が弱い、腕力が弱い。あとは、財力だけど。女の子は相手の心の前に、まず外側を見る」


 光海さんシビアー!! そんなに僕って魅力ないかな?


「はい、君には魅力がない!! ……ってわけじゃないから安心して。それから知力だけど。偏差値60を軽くオーバーするこの高校の生徒って時点で、そこもクリア。そうねー、後は。腕力だけど、そんなに弱そうでもない。中学の時に何か部活やってた?」

「うん。バド部。バドミントン」

「へえ。面白そうなのやってたんだ」

「うん。実際あれって、けっこう筋トレするんだよ」

「ふむふむ。んで、財力の点だけど」

「うん」

「着てる服、まあ制服の下に着るアンダーだけど。一応ブランドのパーカーみたいだから。そこもクリア」

「? 全部クリアしてるんですか?」

「うん、そういうこと」

「じゃあ、僕なんでフラれたんですか?」


 光海さんは、僕より背が低い。当然座高も低い。そんなわけで、座ったらその茶髪のおかっぱ頭が僕の顎あたりに来る。

 その姿勢で、ぐっと顔を近づけて来て。眼鏡越しに僕の瞳に視線を射込んできた。


「わかんないの? 簡単な理由よ」

「……んー? なんでかな……」

「答え云うわよ、最初だから教えてあげる」


 光海さんはそういうと、椅子から立ち上がって。

 右手の人差し指と中指を揃えて立てて、僕をびしっと指す。


「簡単なこと。総合レベルが君より高い相手だったからよ!!」


 ウガァアアアアアア!!


「がふっ……! タイヘンヨクワカリマシタ……!!」


 そう。簡単な理屈だ。

 それはわかった。


「いわゆるね。『負けない条件』は君は持っているけれど。『勝てる条件』が無ければ、女の子というお城は落ちないの。ユー・アンダスタン?」

「イェス……。よくわかりました……」


 まあ、そうだよね。ちょっと齧ってる程度のゲームでも。

 レベルが敵より低いと、苦戦からの逃走か、負けて敗北しちゃうもん。


「で、どうするの? 正時君? まだ挑みたいなら……」

「え?」

「ん? まさか君、一回フラれたくらいで女の子諦めるの?」

「だって、断ったよ? 蔵山さんは。僕の告白をさ?」


 それを聞いた光海さんは。お腹抱えて爆笑を始めた。


「はあ? あんた、まさかだけど⁈ あの蔵山水樹に告白したの⁈ そりゃフラれるわよ!!」


 涙流して爆笑を続ける光海さん。なんだよもう!! なんでそんなに笑うんだよう!!


「笑いすぎだよ、光海さん!! ちょっと酷くないか⁈」

「いや、笑うって!! 絶対笑うって!! アンタ情弱なの⁈」

「じょ? 情弱ってどういうことだよ!!」

「あ~……」


 お洒落なハンカチを取り出して、涙を拭く光海さん。

 それから、急に顔の表情を引き締めて。


「敵を知り己を知らば百戦危うからず。敵を知らず己を知らざれば百戦百敗す。孫氏そんしの言葉よ」


 そんな事を言い始めた。なんだ? そんし? なんのことだ?


「孫氏ってね。古代中華の思想家で軍略家なんだけど。思想も軍略も、要するに人間の心が産む物でさ。私は心理研究が好きなんだけど、その際にこの孫氏って人が面白いなって思ってて。為になる言葉をいっぱい遺してるのよ」


 ? 何言ってんだろ光海さんは?


「コラ鈍ちん。意味わかんない? ラヴ・イズ・ウォー。恋愛は戦いよ? だとしたら、作戦や情報が非常に大切になる。そうねー……」

「えっと? つまり。光海さんって、僕の片思いを両想いにするのに力を貸してくれるの?」


 僕がそう言うと、光海さんは。


「う~ん……。どうしよっかなぁ。自分の『心理研究で得た技術』を実戦で使ってみたい気持ちはあるんだけど……」


 腕を組んで、目をつむり。考え込む光海さん。

 でも、僕にはあるタイミングだと感じられた。

 そう、今だ。今なんだ。

 僕は今まで人生でずっと、勝負を避けてきた。受験勉強やスポーツの勝負はしてきたけれど。

 いわゆる人格や存在の勝負。そういうモノはしてこなかった。


 でも、この光海さんは。そういう事についていろいろ知っている。

 言っていることの端を聞くだけでも、それは僕には感じられた。


「光海さん、いや、浅見先輩!!」


 僕は光海さんに頭を下げた。そして、懇願した。


「僕に!! あの蔵山さんを彼女にできる攻略法を仕込んで下さい!!」


 と。

 光海さんは少し考えこんで。


「週に一回。私にトリーズコーヒーのブラッドオレンジジュース。しかもグランデサイズを奢れる? だったら引き受けるわよ?」


 というのだった!!

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