第21話 妹を名乗る君は何者だ?


 後宮に入れる人材を全国から集めるのは、何も「美人がどこかに隠れていないか」という浮ついた理由ばかりではない。納税の義務と同じで、すべての地域にそれを守らせることで、中央集権を徹底させる目的がある。「この地域はごねてきて面倒だから、まあいいや……今回は見逃そう」ということをやり出すと、統治力が弱まる。国の崩壊の始まりだ。それを避けるため、為政者は決まりを一律で守らせる必要がある。

 ところが韋節度使はこれに真っ向から喧嘩を売ったわけだ――そして存命中はそれで押し通した。

 しかし彼の卒去により、烏解の特別扱いは終わりを迎える。とはいえ今後も安全は保障されるので、後ろ盾となるのが韋節度使であるのか、朝廷であるのかの違いだが、後者に変わることで、この村に住む娘は後宮入りの義務を負う。

 確か後宮に入る妃の条件は、『異民族ではない中陽ちゅうよう族の娘で、年齢は十三歳から十八歳まで』――つまり姐姐ジェジェは中陽族の十八歳であるから、条件に当てはまっている。さらに細かく言えば、容姿や健康状態、生年月日の吉凶も勘案されて最終的な判断が下されるが、それはまたあとの話だ。

 ――目の前が暗くなる。

 隣家の豆妹は早朝、失踪前の姐姐を見ている。かなり離れた場所に、姐姐の連れらしき若い男性がいたと語っていた――こうなると――駆け落ちだったのか。

 ……私は気持ちをどう整理したらよいのだろう?

 血の繋がりがないとはいえ姉妹なのだから、好きな人と結ばれた姐姐を祝福すべき? あるいは――……挨拶もなしで故郷を、そして家族である自分を捨てたのはひどいと怒るべきなのか。

 けれど雪華が今感じているのは、そのどちらでもなかった――祝福でも怒りでもない、複雑な感情が胸に渦巻いている。

 雪華は打ちのめされていた。

 話してほしかった。何よりもまず、相談してほしかったし、顔を見てお別れしたかった。

 このような形で義務を放棄した姐姐は、後宮入りはまぬかれても、二度と故郷の土を踏めまい――たぶん彼女はもう戻るつもりがないのだ。

 姐姐ジェジェは義妹である雪華との縁を切ったばかりでなく、同郷の仲間との繋がりも捨てた。すべてを断ち切り、雪華が知らない『誰か』を選んだ。

 ――雪華が崩れ落ちそうなほど弱り切っていることに、対面席の朱翠影も気づいたのだろう――彼の透き通った瞳がわずかに曇る。

 けれど過剰な同情は見せなかった。それが雪華はありがたかった。淡々と進めてくれたほうが助かる。

 朱翠影が告げる。


「半月前、地主のゆう家から名簿の提出がされた。抽出ちゅうしゅつの条件は、烏解に住む十三歳から十八歳までの中陽族の娘――該当者は五名いた。うち未婚は一名のみで、自動的にその人物が後宮入りすることに決まった」


「その名簿に書かれていた一名が……」


「君の姉、『こう燕珠えんじゅ』だ」


 定期的に後宮から使者が来ていたなら、年頃の娘が自由に結婚できる環境にはなっていなかっただろう。まず後宮入りの審査を受けて、選外だった場合に初めて結婚できるという決まりになっていたはず。ところがここ烏解は長いこと後宮入りの義務を免れてきたので、国の決まりが無視され、五名中四名はすでに結婚していた。



「ところで奇妙な点がある」


 朱翠影が静かに続けた。心なしか視線が鋭くなったようだ。


「熊家から提出された名簿には、向燕珠の身辺情報も記されていた。それによると彼女は『家族なし、ひとり暮らし』となっていたのだが――妹を名乗る君は何者だ?」


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